Web医療と介護

吉村仁さんの時代 「医療費亡国論」と昭和59年の医療保険改革 Ⅰ

吉村仁氏(昭和5〈1930〉~61〈1986〉年)は、昭和59〈1984〉年の医療保険の大改革(健保改正)を、厚生省保険局長として牽引したことで知られています。
昭和28年に厚生省入省、主に医療保険行政に携わり、官房長、保険局長を経て59年に厚生事務次官、61年6月に退官し、同年10月に逝去されました。

昭和59年の改革は、それまでの改革と異なり「医療費の増加の抑制」が正面から目的として掲げられ、被用者本人定率負担が導入されました。
さらに、混合診療についての特定療養費制度(後に保険外併用療養費制度に再編)や財政調整としての退職者医療制度が創設されるなど、その後の医療保険改革の枠組みをつくったものとも位置付けられています。

その過程で吉村氏が打ち出した医療費抑制・適正化論は、その後の医療費対策の基調になったともいわれています。
とりわけ、社会保険旬報(昭和58年3月11日号)に掲載された「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」(いわゆる「医療費亡国論」論文)は、吉村氏の考えを包括的に提示したものとして知られていますが、その本意の受け止め方も含めて、長い間、さまざまな立場からの議論と援用の対象とされてきました。

アーカイブ「吉村仁さんの時代 『医療費亡国論』と昭和59年の医療保険改革」は、吉村氏の言説を、改めて昭和59年の医療保険大改革を中心とする当時の文脈に再配置し、そこから今日に向けてどのような問題構制が立ちあがるのかを考えていくための企画です。

 

吉村仁さんの時代
「医療費亡国論」と昭和59年の医療保険改革    全体構成

解題 「医療費亡国論」を提唱し
医療保険の大改革をなしとげた
吉村仁さんの時代

「社会保険旬報」前編集長   笹川浩一
社会保険旬報No.2687(平成29年9月11日号)
掲載 【一部補正】

 1 「医療費亡国論」の発表まで
【10月25日掲載】
 2 昭和59年改革をめぐる「攻防」
【11月1日掲載】
 3 医療提供体制の改革に向けて
【平成29年11月8日掲載】
足跡・論文・インタビュー 【平成29年9月11日掲載】
 健保改正前夜の動向
(昭和58年)
【平成29年9月19日掲載】
健保改正はこう行われた
(昭和59年)
【平成29年9月27日掲載】
健保改正をめぐる国会審議
(昭和58~59年)
 【平成29年10月4日掲載】
健保改正後の課題
(昭和59年~63年)
【平成29年10月11日掲載】
医業問題研究会論文
(昭和52~55年)
【平成29年11月16日掲載】

アナザーストーリー

幸田次官と国民医療総合対策本部
平成29年11月22日掲載

※平成29年11月25日:一部補正

Ⅰ 足跡・論文・インタビュー

吉村氏の足跡につづけて、社会保険旬報に掲載された論文・インタビューを年次別に並べました。
インタビューは、吉村氏が保険局審議官のとき1回、保険局長のとき2回、事務次官のとき2回で、この間に論文「医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方」(いわゆる「医療費亡国論」)があります。

オレンジ色・太字のタイトルをクリック(タップ)すると、その社会保険旬報バックナンバーのPDFファイルが表示されます。

1 吉村仁・前厚生事務次官の足跡  №1559(61.11.11)
P13~15 潮流
2 健保制度改正案の基本的考え方
厚生省保険局審議官・吉村仁氏にきく
 №1251(53.5.11)
P4~10 移動マイク
3 医療費適正化対策に全力-今後の保険行政がめざすもの
厚生省の新保険局長・吉村仁氏にきく
 №1408(57.10.1)
P8~13 移動マイク
4 医療費をめぐる情勢と対応に関する私の考え方
厚生省保険局長・吉村仁
【いわゆる「医療費亡国論」】
№1424(58.3.11)
P12~14 論文(投稿)
5 医療保険がめざすべき方向
厚生省保険局長・吉村仁氏にきく
№1439(58.8.11)
P15~21 移動マイク
6 医療保険の三十年-回顧と展望(上)
厚生事務次官・吉村仁氏にきく
№1500(60.4.1)
P13~19移動マイク
7 医療保険の三十年-回顧と展望(下)
厚生事務次官・吉村仁氏にきく
№1501(60.4.11)
P14~17 移動マイク
8 高齢化社会へ向う医療政策
厚生事務次官・吉村仁氏にきく
 №1527(61.1.1)
P12~17 移動マイク
Web医療と介護