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吉村仁さんの時代 「医療費亡国論」と昭和59年の医療保険改革 Ⅴ

昭和59〈1984〉年の医療保険の大改革(健保改正)は、「医療費の増加の抑制」が正面から目的として掲げられ、被用者本人定率負担が導入されるなど、その後の医療保険改革の枠組みをつくったものともいわれています。
改革を厚生省保険局長として牽引した吉村仁氏(昭和5〈1930〉~61〈1986〉年)の、いわゆる「医療費亡国論」をはじめとした言説の今日的な意義を考えていくために、社会保険旬報のバックナンバーで当時をふりかえります。

 

Ⅴ 健保改正後の課題(昭和59年9月~昭和61年6月)

ここでは、吉村氏が厚生事務次官に就任(昭和59年8月28日)してからの発言と動向をまとめました。

吉村氏は次官としての自身の役割を、就任後の記者会見で、次のように語っています。
「人生80年型社会に向かうには、老齢化対策、とくに高齢者福祉の充実が重要だ。生きがいのある、長生きしてよかったという人生を送れるような諸施策を考えていきたい」。
「年金、医療、広い意味での福祉対策が厚生省の今後進めていく課題だ。21世紀の高齢化社会にソフトランディングできるようにしなければならない。これには数代の次官が必要で、その一コマを担当するのが私だ」。

医療・保健・年金・福祉行政を総合的に展開していくための検討の場として、敬老の日を意識して昭和60年9月14日、吉村氏が本部長となり「高齢者対策企画推進本部」が発足、同年12月の報告案を経て、61年4月8日に最終報告が発表されます。

報告は、21世紀初頭までを「本格的な長寿社会へ移行する過渡期」ととらえ、「活力ある長寿社会」を実現するための社会保障のあり方について、その課題・問題点をすべて盛り込んだものです。吉村氏は、「政策課題について、こうしてはどうかという試作品であり、今後具体化していく」と説明しています。

 1  吉村厚生事務次官の第一声  №1481(59.10.1)P5座標
 2  “ポスト健保”の厚生行政-吉村厚生事務次官が初の記者会見で語る  №1481(59.10.1)
P12~P13レコーダ
 3  編集後記  №1486(59.11.21)P42
 4  医療費の負担の問題は一応解決  №1491(60.1.11)
P23年頭所感
 5  編集後記  №1491(60.1.11)P42
 6 日本の医療・私はこうしたい-吉村厚生次官らが発言(日本病院学会シンポジウム) №1518(60.10.1)
P14~P15レコーダ
 7  高齢者対策本部報告の意味 高齢者対策本部報告にみる医療保険と医療費の今後  №1539(61.5.1)
P3視点/P6~P9動向
 8  高齢者対策企画推進本部報告 全文  №1539(61.5.1)P31資料
 9  セミしぐれの次にくるものは?  №1545(61.6.21)P4座標
 10  吉村研究基金が発足  №1576(62.5.1)P5座標

なお、吉村氏の次官時代のインタビューは「Ⅰ 足跡・論文・インタビュー」に掲載しています。

 

日米MOSS協議への取組み

同時期(昭和60年)の吉村氏の功績として知られているのが、日米貿易摩擦下に行われた日米MOSS(モス)協議:Market-Oriented Sector-Selective talksで、医薬品・医療機器の市場開放問題の方向性を画したことです。

1985(昭和60)年1月、中曽根首相・レーガン大統領の日米首脳会談において、アメリカ側から日本において市場開放が期待される分野として、①電気通信、②エレクトロニクス、③医薬品・医療機器、④林産物の4分野が指摘されました。これを受けて、各省の次官による日米2国間協議が進められます。

吉村氏が担当した医薬品・医療機器分野は、6回の協議を経て、1985(昭和60)年12月11日に基本的合意が達成されました。この合意により、医薬品・医療機器の承認審査手続の簡素化・迅速化が実施されるとともに、「健康保険の診療報酬設定に関し透明性を一層確保し、また、新製品をより高い頻度で、定期的に収載するための手続の設定」が検討されていきます。

吉村氏の追悼集「吉村仁さん」(1988年10月発行:追悼集刊行会/ぎょうせい)には、講演録「MOSS協議に関する感想(昭和61年8月20日・医薬品企業法務研究会)」が収載されていますが、1年間の折衝を通して感じた問題として次の2点をあげています。

1)行政の役割を見直す時期がきているのではないか。企業と行政の関係は今後大きく変化し、日本の行政の伝統であり、国民生活をおおう原則みたいなものとしての「官治主義」は崩壊してきている。民間は民間の立場で、自らの意見を持ち実施していく体制を整えておかないと時代に遅れるのではないか。

2)大国意識を吹聴するつもりはないが、大国としての役割とは、今までの日本の役割とは違った役割ではないか。大国としての「損」がさけられないのが日本の国の役割と、考え方の転換を必要とするのではないか。

 

吉村記念基金と吉村賞の17年間

公益信託「吉村記念厚生政策研究助成基金」は、吉村氏の遺族が、葬儀の際に寄せられた香典500万円を提供し設定されました(昭和62年4月1日に厚生大臣の認可を得て発足)。

目的は「医療保障政策その他厚生行政に関する研究等に対する助成を行うことにより、21世紀の高齢化社会に備えた社会保障政策の新たな展開に資すること」。運営委員会が、募集または推薦により受け付けた調査研究から、毎年10月頃に、原則2名の「吉村賞」を決定し、助成金を交付しました。なお、交付時期の「10月」は、吉村氏の命日(10月23日)にあわせたものとされます。

発足時の運営委員会は、伊藤善市(東京女子大学教授)、塩見 戎三(サンケイ新聞論説委員)、下村健(厚生省保険局長)、竹中浩治(厚生省健康政策局長)、山本正淑(日本赤十字社社長)の各氏。その後、西村周三(京都大学大学院教授)、田中滋(慶応大学大学院教授)、加藤智章(新潟大学教授)、岡部陽二(医療経済研究機構専務理事)らの各氏も運営委員をつとめています。

吉村賞の受賞論文は、昭和62年(第1回)から平成15年(第17回)までの17年間で計31件。助成金額は第4回までは30万円、第5回からは50万円、最終回は100万円で、合計1,470万円にのぼります。500万円で始まった基金でしたが、その趣旨に賛同した同目的の基金の合同、寄付があったため、長期の事業継続が可能となったものです。

※吉村記念厚生政策研究助成基金については、健康保険組合連合会「健康保険」2004年3月号が【特集:「吉村基金」閉幕】において、その歴史をまとめています。
※発足後の基金についての記述は、同誌・同特集の塩見 戎三氏「吉村賞の17年間を振り返る」を参照しました。
※下掲「吉村賞受賞者および受賞論文」も、同誌・同特集により作成しました。

吉村賞受賞者および受賞論文

第1回 昭和62年10月

高木安雄 株式会社社会保険研究所・社会保険旬報編集部
老人医療の総合的研究~北海道における老人医療と老人病院の実証分析

第2回 昭和63年10月

入道秀栄 石川県国民健康保険団体連合会・前事務局長
国保連の実践から~再保険制度の充実と在宅医療の可能性を求めて

堀勝洋 社会保障研究所調査部長
社会福祉改革の長期的課題と政策の提言

西元慶治 東京海上メディカルサービス株式会社・医療部長
HMO:その概念と日本への示唆

第3回 平成元年10月

岡本悦司 大阪大学医学部公衆衛生学教室
国民健康保険の現状分析と改善に関する研究

池上直己 慶應義塾大学医学部病院管理学教室助教授
専門職と資格職~日本における社会保障マンパワーのあり方

第4回 平成2年10月

京極高宣 日本社会事業大学教授
社会福祉政策及び老人保健福祉計画論、国際社会開発論等

児玉桂子 財団法人東京都老人総合研究所・生活環境部門研究員
高齢者居住施設建築環境評価法の開発に関する研究

第5回 平成3年10月

榎本和子 追手門学院大学文学部教授
高齢者の家庭的居住に対する福祉サービス

第6回 平成4年10月

二木立 日本福祉大学社会福祉学部教授
現代日本医療の実証分析

印南一路 シカゴ大学経営大学院
日本の医療費の支払い方式

真屋尚生 日本大学商学部教授
保険理論と自由平等

第7回 平成5年10月

白澤政和 大阪市立大学生活科学部助教授
ケースマネージメントの理論と実際

廣井良典 環境庁大気保全局交通公害対策室・室長補佐
アメリカの医療政策と日本

【特別賞】
マイケル・R・ライシュ ハーバード大学公衆衛生大学院
米国市場に進出した日本起源の新薬

第8回 平成6年10月

久繁哲徳 徳島大学医学部衛生学講座教授
高度医療技術のテクノロジー・アセスメント

矢野栄二 帝京大学医学部衛生学公衆衛生学教室教授
卒後臨床研修の改善を通した医療の質の改善

第9回 平成7年10月

加藤智章 新潟大学法学部教授
医療保険と年金保険~フランス社会保障制度における自律と平等

筒井孝子 国立医療・病院管理研究所・リサーチレジデント
福祉機器導入・住宅改造実施が要介護高齢者世帯に及ぼす影響

第10回 平成9年3月 該当者なし

第11回 平成9年10月

川渕孝一 国立医療・病院管理研究所・医療経済研究部主任研究官
医療保険改革と日本の選択~ヘルスケア・リフォームの処方せん

倉田聡 北星学園大学社会福祉学部専任講師
医療保険の基本構造~ドイツ疾病保険制度史研究

第12回 平成10年12月

菊池馨実 大阪大学法学部助教授
年金保険の基本構造~アメリカ社会保障制度の展開と自由の理念

辻一郎 東北大学医学部公衆衛生学教室助教授
健康寿命の延長に向けた保険医療サービスのあり方に関する研究

第13回 平成11年11月

田村誠 国際医療福祉大学医療経営管理学科助教授
マネジドケアで医療はどう変わるのか~その問題点と潜在力

濃沼信夫 東北大学大学院医学系研究科医療管理学教室教授
医療のグローバル・スタンダード

第14回 平成12年11月

尾形裕也 国立社会保障・人口問題研究所・社会保障応用分析研究部長
医療制度改革及び病院経営論

第15回 平成13年10月

駒村康平 東洋大学経済学部助教授
年金と家計の経済分析

第16回 平成14年11月

西田在賢 国際医療福祉大学・国際医療福祉総合研究所教授
医療経営学の体系化

三宅康博 社会福祉法人日本ライトハウス職業訓練部長
変革期にある社会福祉法人の経営課題~組織的特徴と管理者行動からの考察

第17回 平成15年10月

河口洋行 国際医療福祉大学大学院助教授
持続可能性を強化する統合リスク管理の導入

関ふ佐子 横浜国立大学大学院国際社会科学研究科助教授
米国にみる高齢者関連施策の新機軸

 

吉村仁さんの時代
「医療費亡国論」と昭和59年の医療保険改革    全体構成

解題 「医療費亡国論」を提唱し
医療保険の大改革をなしとげた
吉村仁さんの時代

「社会保険旬報」前編集長  笹川浩一
社会保険旬報No.2687(平成29年9月11日号)
掲載 【一部補正】

 1 「医療費亡国論」の発表まで
【10月25日掲載】
 2 昭和59年改革をめぐる「攻防」
【11月1日掲載】
 3 医療提供体制の改革に向けて
【平成29年11月8日掲載】
足跡・論文・インタビュー 【平成29年9月11日掲載】
 健保改正前夜の動向
(昭和58年)
【平成29年9月19日掲載】
健保改正はこう行われた
(昭和59年)
【平成29年9月27日掲載】
健保改正をめぐる国会審議
(昭和58~59年)
 【平成29年10月4日掲載】
健保改正後の課題
(昭和59年~63年)
【平成29年10月11日掲載】
医業問題研究会論文
(昭和52~55年)
【平成29年11月16日掲載】

アナザーストーリー

幸田次官と国民医療総合対策本部
平成29年11月22日掲載

※平成29年11月25日:一部補正

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