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幸田次官と国民医療総合対策本部(昭和59~63年)【アナザーストーリー】

幸田正孝氏は、吉村仁氏の後任として保険局長・厚生事務次官をつとめ、昭和59年の医療保険改革を受けた「国民皆保険体制の検証」と、「良質な医療を効率的に供給する観点からの医療システムの合理化・効率化の推進(医療構造の改革)」に取り組みます。

ここでは、幸田氏が保険局長・厚生事務次官として打ち出した厚生行政の方向を、昭和62(1987)年6月の国民医療総合対策本部の中間報告を中心にみていきます。

 

幸田保険局長・事務次官時代の厚生行政の動向

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昭和59年(1984年)
2月:公的年金制度の改革について閣議決定(基礎年金導入)
3月:診療報酬点数表改正(診察料関係・入院料の適正化と引上げ、救命救急入院料・手術レーザーメス加算の新設、医科3.0%・歯科1.1%・調剤1.0%・平均2.8%の引上げ)
3月:薬価基準改正(薬価16.6%・総医療費ベース5.1%の引下げ)
6月:簡易生命表で日本人が男女とも世界一に
8月:健保法改正の公布(14日、10月施行)
8月:厚生事務次官に吉村仁氏、保険局長に幸田正孝氏(28日)
10月:厚生省が初の健康マップを作成
12月:国年法等改正の公布(特例スライド2.0%)
 1 これからの医療問題(12月1日・日医医政シンポ)【幸田保険局長分を抄録】 №1488(59.12.11)P18レコーダ/P42編集後記

昭和60年(1985年)
1月:社会福祉・医療事業団が発足
1月:レセプト処理システム施行実施の見送り
3月:診療報酬点数表改正(技術料の評価・プライマリケア推進・在宅医療促進の観点からの改正、診療情報提供料の新設、手術の再評価、医科3.5%・歯科2.5%・調剤0.2%・平均3.3%の引上げ)/薬価基準改正(薬価6.0%・総医療費ベース1.9%の引下げ)
3月:厚生省が国立病院・療養所再編の基本指針
→ 2 幸田保険局長が医療保険の目標示す(3月28日・全国総合健康保険組合協議会総会) №1502(60.4.21)P4座標
4月:政管健保の高額医療費貸付事業が開始
5月:国年法等改正の公布(年金大改正、基礎年金導入)
6月:国年法等改正の公布(特例スライド3.4%)
9月:厚生省に高齢者対策企画推進本部を設置(吉村本部長、幸田副本部長)
→ 3 医療保険の現状と展望-保険局長・幸田正孝氏にきく №1517(60.9.21)P6移動マイク/P42編集室
12月:医療法改正(都道府県の医療計画策定、1人医師医療法人の設立認可)

昭和61年(1986年)
1月:国立病院・療養所の再編10年計画
→ 4 幸田保険局長が中長期政策目標示す(1月20日・〈朝日新聞社主催〉医療経営セミナー) №1530(61.2.1)P5座標
2月:日米MOSS協議が共同報告書
2月:社会保険庁がオンラインによる適用・徴収業務開始
4月:診療報酬点数表改正(在宅医療の推進・入院の適正化・技術料重視の観点からの改正、病院・診療所間の機能別評価と紹介型病院加算の新設等の連携強化、在宅指導雨量の評価、医科2.5%・歯科1.5%・調剤0.3%・平均2.3%の引上げ)/薬価基準改正(薬価5.1%・総医療費ベース1.5%の引下げ、収載品目数15,166)
4月:健保・厚年の適用拡大(非適用業種、5人未満法人事業所)
5月:高額療養費の自己負担限度額54,000円に引上げ
6月:長寿社会対策大綱が閣議決定
6月:幸田正孝氏が厚生事務次官、下村健氏が保険局長に就任
→ 5 これからの厚生行政-幸田事務次官が初の記者会見(7月1日) No.1547(61.7.11)P6レコーダ
9月:総務庁、65歳以上人口が10.5%になったと発表
12月:老人保健法改正の公布(一部負担金の引上げ、加入者按分率の段階的引上げ、老人保健施設の創設)

 昭和62年(1987年)
1月:厚生省に国民医療総合対策本部を設置(幸田本部長)
→ 6 厚生省に発足した国民医療総合対策本部/今年の厚生行政の課題-幸田事務次官が記者会見で語る(1月13日) No.1566(62.1.21)P6動向/レコーダ
→ 7 医療問題についての考え方 幸田事務次官が講演(1月22日・自治体病院長セミナー) No.1567(62.2.1)P18レコーダ
2月:厚生省に年金資金運用検討会を設置(5月に中間報告)
6月:国年法等改正の公布(特例スライド0.6%)
6月:国民医療総合対策本部が中間報告を発表
→ 8 医療の供給管理政策打ち出す 国民医療総合対策本部が中間報告(6月26日) No.1582(62.7.1)P4動向
→ 9 国民医療総合対策本部の中間報告(6月26日)No.1582(62.7.1)P39資料
→ 10 国民医療総合対策本部・中間報告がめざすもの-厚生事務次官・幸田正孝氏にきく №1583(62.7.11)P6移動マイク/P42編集室
→ 11 幸田事務次官の講演と当局側の見解(11月10~11日・医療動向国際シンポジウム) №1598(62.12.1)P15レコーダ

昭和63年(1988年)
→ 12 幸田事務次官が今年の厚生行政語る-自由な競争で質を問う時代(1月19日)№1603(63.1.21)P15ニュース
4月:診療報酬点数表改正(長期入院是正・在宅医療の推進・検査の適正化を図る観点からの改正、診療所のプライマリケア機能・病院の高次機能に応じた評価、医科3.8%・調剤1.7%・平均3.4%の引上げ)/薬価基準改正(薬価10.2%・総医療費ベース2.9%の引下げ、収載品目数13,636)
5月:厚年法改正の公布(厚生年金基金制度の改善)
6月:歯科の診療報酬点数表改正(歯科1.0%の引上げ、歯科材料0.3%の引下げ、実質0.6%の引上げ)
6月:国保法改正の公布(保険基盤安定のための補助金制度創設)
6月:幸田正孝氏が厚生事務次官を退任、吉原健二氏が厚生事務次官、坂本龍彦氏が保険局長に就任
→ 13 厚生省トップの交代(6月7日)№1619(63.6.21)P3視点
7月:厚生省大臣官房に老人保健福祉部を設置
8月:厚生省に長寿社会対策本部を設置
10月:国保施行50周年記念式典
12月:ミドリ十字医薬品不正請求事件で医療機関を処分

幸田次官と国民医療総合対策本部 構成

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1 これからの医療問題(日医・医政シンポ)【幸田保険局長分を抄録】 №1488(59.12.11)
P18レコーダ/P42編集後記
 2  幸田保険局長が医療保険の目標示す  №1502(60.4.21)P4座標
 3  医療保険の現状と展望-保険局長・幸田正孝氏にきく  №1517(60.9.21)
P6移動マイク/P42編集室
 4  幸田保険局長が中長期政策目標示す  №1530(61.2.1)P5座標
 5  これからの厚生行政-幸田事務次官が初の記者会見  No.1547(61.7.11)
P6レコーダ
 6  厚生省に発足した国民医療総合対策本部/今年の厚生行政の課題-幸田事務次官が記者会見で語る  No.1566(62.1.21)
P6動向/レコーダ
 7  医療問題についての考え方-幸田事務次官が講演  No.1567(62.2.1)
P18レコーダ
 8  医療の供給管理政策打ち出す-国民医療総合対策本部が中間報告  No.1582(62.7.1)P4動向
 9  国民医療総合対策本部の中間報告  No.1582(62.7.1)P39資料
 10 国民医療総合対策本部・中間報告がめざすもの 厚生事務次官・幸田正孝氏にきく  №1583(62.7.11)
P6移動マイク/P42編集室
 11  幸田事務次官の講演と当局側の見解-初の医療動向国際シンポジウムから  №1598(62.12.1)
P15レコーダ
 12  幸田事務次官が今年の厚生行政語る-自由な競争で質を問う時代  №1603(63.1.21)
P15ニュース
13  厚生省トップの交代  №1619(63.6.21)P3視点

幸田正孝氏は、昭和7(1932)年1月、名古屋市に生まれ、日比谷高校から東京大学法学部を卒業、昭和29(1954)年に厚生省に入省しました。

昭和37(1962)年から北海道の国民年金課長、農政課長、昭和42(1967)年に厚生省に戻り(環境衛生局公害課)、その後、医務局指導課長、年金局年金課長、社会保険庁健康保険課長、医務局総務課長、大臣官房総務課長を歴任しています。

昭和55(1980)年からは大臣官房審議官(医療保険担当)、昭和57(1982)年からは大臣官房長をつとめ、吉村氏の後任として、昭和59(1984)年8月に保険局長、昭和61(1986)年6月に厚生事務次官に就任しました(退官後は、年金福祉事業団理事長、全国社会保険協会連合会理事長、済生会理事長などを経て、現在は医療経済研究・社会保険福祉協会顧問)。

なお、幸田氏は、「国民皆保険オーラルヒストリーⅠ 幸田正孝〔元厚生事務次官〕」幸田正孝(述)、印南一路〈研究者代表〉、中静未知、清水唯一郎(平成23年3月/一般財団法人 医療経済研究・社会保険福祉協会 医療経済研究機構 発行)【平成21・22年医療経済研究機構自主研究事業】において、厚生省退官までの期間について包括的に証言されています。

 

吉村仁さんの時代
「医療費亡国論」と昭和59年の医療保険改革    全体構成

解題 「医療費亡国論」を提唱し
医療保険の大改革をなしとげた
吉村仁さんの時代

「社会保険旬報」前編集長  笹川浩一
社会保険旬報No.2687(平成29年9月11日号)
掲載 【一部補正】

 1 「医療費亡国論」の発表まで
【平成29年10月25日掲載】
 2 昭和59年改革をめぐる「攻防」
【平成29年11月1日掲載】
 3 医療提供体制の改革に向けて
【平成29年11月8日掲載】
足跡・論文・インタビュー 【平成29年9月11日掲載】
 健保改正前夜の動向
(昭和58年)
【平成29年9月19日掲載】
健保改正はこう行われた
(昭和59年)
【平成29年9月27日掲載】
健保改正をめぐる国会審議
(昭和58~59年)
 【平成29年10月4日掲載】
健保改正後の課題
(昭和59年~63年)
【平成29年10月11日掲載】
医業問題研究会論文
(昭和52~55年)
【平成29年11月16日掲載】

アナザーストーリー

幸田次官と国民医療総合対策本部
平成29年11月22日掲載

※平成29年11月25日:一部補正

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