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岡田 誠(おかだ まこと)

『旅のことば:認知症とともによりよく生きるヒント』―さまざまな立場の人が認知症の課題に取り組む意味―

認知症の課題を地域で考えていくためには、医療やケアの専門家だけでなく、地域を形作るさまざまな人たちが関わっていくことが不可欠です。けれども、ただ「考えましょう」というだけでは人の気持ちは動きません。認知症に関するネガティブなイメージは人々の関心を引くかもしれませんが、本当の意味での認知症にやさしいまちを育てていくことにはつながりません。
今回は、さまざまな場所で使われはじめた『旅のことば:認知症とともによりよく生きるヒント』を例に、これまで認知症という課題に携わっていない人たちが関わっていく意味について考えます。

認知症の本人や家族、周囲の人たちがともに前向きに暮らすため
知恵や工夫を整理して生まれた『旅のことば』

『旅のことば:認知症とともによりよく生きるヒント』は、認知症の本人や家族、周囲の人たちが実際に行っている「認知症であっても、よりよく前向きに暮らしていくための知恵や工夫」を整理して構成した40の“ことば”からできています。慶應義塾大学の井庭崇研究室のメンバーと認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ(DFJI)が協働して、2014年に作成しました。

井庭研のメンバーは医療・福祉の専門家というわけではありません。
けれども、インタビューからエピソードを抽出して整理し、それを抽象化することに優れています。
そんな井庭研のメンバーたちがDFJIと協力して、認知症の本人や家族、その人たちを支えている人たちの思いや知恵のエピソードを聞き、整理し、その意味について何度も話し合い、より多くの人に適合するように丁寧に抽象化してまとめたのが、『旅のことば』なのです。

 

井庭研とDFJIの協働作業の様子

ことばの余白こそ、心を通わせ合うための会話を紡ぐきっかけに

『旅のことば』にはたくさんの余白があります。ここでいう余白とは、語り尽くされていない”ことば”です。余白は、エピソードを抽象化することで生まれました。その余白が、それぞれの人がひとりの人として感じている多様な声や思いを、解釈のゆらぎを、受け入れてくれるスペース(空間)となるのです。井庭研の学生のメンバー自身が描いた可愛いイラストもそんな余白やゆらぎに満ち溢れています。
『旅のことば』がもし専門家によって作られたものであるならば、余白やゆらぎは許されなかったでしょう。そこに書かれている”ことば”が、【正解】であることが求められるからです。

【正解】は本当に必要なのでしょうか。
むしろ、大切なのはひとつのことばをきっかけに、いままでとは違うコミュニケーションが生まれることです。誰かのエピソードから生まれたことば、そこから本人や家族や周囲の人たち自身のことばが引き出され、思いが語り始められる。
「ああ、この人はこんなふうに感じたり思ったりしていたんだ」ということに気づく。その人自身も気づく。
必要なのは正解ではなく、お互いが心を通わすためにことばが紡がれるということなのです。

『旅のことば』に抽出された40のことばの一例

 

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岡田 誠(おかだ まこと)
一般社団法人認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ共同代表理事
富士通研究所R&D戦略本部所属エキスパート・リサーチャー、実践知研究センター研究員。
国際大学GLOCOM客員研究員、慶應SFC研究所上席所員。

1986年、富士通研究所入社。2011年に認知症フレンドリージャパン・イニシアチブの前身となる認知症プロジェクトを企画。以降、認知症に関わる社会的な課題や状況に対して、企業・NPO・大学・自治体・コミュニティといった異なるセクターに属するメンバーがそれぞれのリソースを持ちよりながら、これまでとは視点やアプローチの異なる取り組みを創り出していく活動を推進している。本稿に述べた「旅のことば」(共同編者)は、建築の分野などで使われていたパターンランゲージを世界で初めて福祉の分野に応用したものであり、2015年グッドデザイン賞も受賞している。
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