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奥村 圭子(おくむら・けいこ)

一人ひとりの栄養課題を明らかにして、地域全体のフレイルを防ぐ(奥村圭子)#5

栄養パトロールの対象者には、行政の手が届いていない高齢者が多い。地域住民の通報などから地域包括支援センターが医療や介護の手を差し伸べた際には拒否する人でも、栄養パトロールという言葉には門戸を開き、閉ざした口を開くケースもあるという。今回は、栄養パトロールで医療と介護の適切な支援につながった正一さんのケースを紹介する。※文中の写真はイメージです。

いずれ誰かの世話になる時期がきたら信頼する人に助けてもらいたい

私は仕事柄、地域の高齢者の方と出会う機会がたくさんありますが、多くの人々が「誰かの世話になりながら生きたくない」と言いながらも、いずれ誰かのお世話になる時期がきたら信頼している人に助けてもらいたいと、心のどこかで思っている現実に遭遇します。
それが、不老不死ではない私たち人間の“お互いさま”という「宿命」なのでしょう。

今回ご紹介する正一さん(仮名)も、不老不死ではないその「宿命」に立ち向かっている一人です。

正一さんは15年ほど前に妻に先立たれ、1人で暮らしています。住まいは、1人では広すぎるくらいの一軒家。部屋は荒れていますが、勝手がわかる心地の良い空間だと、本人は笑って言っています。
年は、83歳。
正一さんが歩いて行ける場所にお店はなく、食事は近所に暮らす娘が作ったお惣菜や買ってきたパン、1日1回の配食サービスを利用しています。

栄養士の突然の訪問に「どこも悪くないから、病院にも行っていないよ」

私が初めて正一さんにお逢いしたのは、初夏で汗ばむ13時も過ぎたころのことでした。訪問したときは、雨戸が締め切られ、冷房もなく、玄関の鍵もかけずに少々厚着で正一さんはソファーに座っていました。

目の前にはパンやジュースが置いてありましたが、食べた様子はありません。

ボーとしていて、すぐに脱水の危険性があることがわかりました。

正一さん:「あんた誰?」
私:「保健センターからきた栄養士の奥村といいます。このあたりの75歳以上の方全員に訪問し、皆さんの体重測定に回っています」
正一さん:「そうなのか。大変だなぁ。保健センターは、元気な人の家にまで来てくれるようになったのか。自分はどこも悪くないから、病院にも行ってないよ」
私:「75歳も過ぎて病院に行かないなんてすごいですね。ところでお食事は終わりましたか?」
正一さん:「もちろん終わったよ。お腹がいっぱいで眠くなっていたところだ」
私:「お昼寝の時間でしたか。それはすみませんでした」
正一さん:「いいよいいよ、今寝ると夜眠れないから。ところであんた誰? どこから来たの?」
私:「保健センターからきた栄養士の奥村といいます。このあたりの人全員の体重測定に回っています。」
正一さん:「そうなのか。自分はどこも悪くないから、病院にも行かないんだ。」

約束もなく突然お邪魔をしたにもかかわらず、このような挨拶を交わしていきます。

1、2分の挨拶の短い間に、訪問相手の健康状態・食生活環境などを細かく観察

私たち訪問栄養士は、この1、2分の挨拶の間に、身体の傾き、相手への気づかい、警戒心、痰のからみ、呂律、会話の成り立ち、皮膚の状態や目の動き、呼吸状態や椅子からの立ち上がり、体重計までの歩行状態、自宅の中で転倒しやすい場所など、栄養状態と共に生活環境からフレイルの可能性までをつぶさに確認していきます。
不在の場合は、電気メーターなどを見て、そこに住んでいるのかも確認します。

もちろん、訪問を拒否する人もなかにはいますが、そのような人でも、拒否する態度や言葉の背景に何があるのかを探るため、訪問栄養士は1、2分の会話が成り立つように工夫をしています。
高齢者が、人を拒絶する言葉を発する背景には、不信感だけではなく、自らのもっている疾患や心の問題が隠れている可能性もあると考えるからです。
このような訪問を3年も続けているうちに、会話を通じて、その人の食生活環境を察することができるようになってきました。「ちょっとした職人技だね」と訪問栄養士同士で話をしています。

正一さんとの、この短い挨拶のなかで「1人で暮らすには難しいかもしれない」という状態がすぐに見て取れました。
正一さんは、私が栄養士だとわかると、毎日畑に行って草引きをしていること、食事は自分で買い物に行って作っていることなど、食生活に関わるさまざまな事柄を自分から話題にしてくれました。

そして、正一さんには、「栄養士はご飯に関係する人である」と判断できる能力があり、相手に気づかう会話ができるやさしい人だ、ということがわかりました。しかも健康的な暮らしを続けるために、毎日畑を頑張っているのだということも……。一方で、同じ話を繰り返す状況もあり、それが認知症のせいなのか脱水に起因する脳梗塞やせん妄状態なのか、見極めが難しいと心配になりました。

訪問栄養士は、このように初回訪問の際に何気ない日常会話を続けながら、身長や体重測定や握力測定などを行い、栄養状態をひととおり評価していきます。
正一さんは、測定の結果、握力がほとんどないことがわかりました。また、BMIは肥満を示し足は太いのですが、足の甲が浮腫んでいて腕が細い印象から、たんぱく質の不足の可能性が考えられました。畑仕事を本当に毎日しているのか、疑問も残ります。さらに、2cmほどの高さのある体重計に上がるときにはふらつき、支える必要がありました。

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著者近影
奥村 圭子(おくむら・けいこ)
杉浦医院地域ケアステーション「はらぺこスパイス」(栄養ケアステーション)室長
管理栄養士
ケアマネジャー

短大で栄養学を修め、食品会社の研究所に10年勤務。患者の血液分析などに携わった後「人と直接会って健康づくりのために役立ちたい」と、管理栄養士に。
病院、特別養護老人ホーム、デイサービス、有料老人ホーム、歯科クリニック、在宅医療、訪問介護の現場を経験し、「将来自分たちが高齢になったときに自分が暮らしたいと思う環境を自分たちでつくり、居場所をしたい」と思うようになり、医療や介護が届きにくい在宅での栄養支援に力を注ぐことを決意。ケアマネジャーの資格を取得する。
2012年より「在宅栄養支援の和・あいち」(現:在宅栄養支援の和)に参加。
2013年4月から名古屋学芸大学大学院(栄養学修士)。
2015年から三重大学大学院医学系研究科にて博士課程で研究。
2016年より杉浦医院地域ケアステーション「はらぺこスパイス」を拠点に在宅栄養支援や訪問栄養士の育成に取り組む。
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