Web医療と介護

河野 禎之(かわの よしゆき)

「認知症にやさしいまち」を実現するために――未来にどんな風景があるのか?

町田市の「評価」の取り組みから見えてきた示唆

上記の町田市の「評価」に関連する一連の取り組みからは、いくつかの重要な示唆が得られています。それらは、主に 地域の評価は地域で行う 認知症の本人の声を反映する 多様な人が自分事(じぶんごと)として参画する とまとめることができます。

地域の評価は地域で行う

これは、ボトムアップ型アプローチの基本的な考えと一致します。
「認知症にやさしいまち」とは、トップダウン型(ボトムアップ型との比較は前回を参照してください)によって評価することのできる、ある一定の枠組みを有している一方で、地域の実情に応じて本来的には、地域ごとに異なるものです。
町田市のような首都圏にある都市と、地方にある小さな市町村とでは、人口規模もインフラも異なることから、目ざす「認知症にやさしいまち」は異なってくるはずです。

また、「認知症にやさしいまち」をつくるのは、その地域に住む人です。
自分たちのまちがどうあるとよいのか、今はどうなっているのか、次に何をするとよいのか、そうした目ざすビジョンと現状の把握が共有されていなければ、地域に住む人が主体的にまちづくりに関わることを後押しすることは難しいでしょう。町田市が施策ビジョンをボトムアップ型でつくり上げた理由も、施策を行政からの一方的なものではなく、人々とともに進めていきたいという思いがあったからです。

「認知症にやさしいまち」を自分たちで描き、その実現に向けて自分たちで評価を行う。町田市の一連の取り組みは、そこに住む人の「『認知症にやさしいまち』は与えられるものではなく自分たちでつくり上げるものだ」という思いを強く感じるものでした。

認知症の本人の声を反映する

町田市の取り組みでは、認知症の本人からの意見も反映しています。認知症の本人がワークショップに直接参加される場合もありましたが、本人会議という町田市で活動が展開されている認知症の人が参加する懇談会の場でも、機会を得るたびに意見交換を行いました。
なぜ認知症の本人の声が重要なのか。それは、「今」の認知症本人の声は、「今」は認知症ではない人(しかし、これから認知症になりうる人)にとって多くの気づきを与えてくれる豊かな言葉であるからです。

もちろん、その言葉は認知症の人が直面している困難を表現していることもあります(身の回りの困り事や、嫌な思いをした体験等)。一方で、周りの人や地域に「こうあってほしい」「一緒に考えてほしい」という、困難に立ち向かう希望を表現していることもあります。
そもそも、「認知症にやさしいまち」を考えるうえで、当事者の声を反映するということは仕組みとして当たり前のことかもしれません。しかし現状では、この仕組みが多くの地域にないこと自体が問題です。
一方で私は、単に仕組みとしてだけではなく、それ以上に認知症の本人の声がもたらしてくれる豊かな言葉に耳を傾け、気づきを共有し、その気づきを行動につなげることこそが、認知症の本人の声を反映することの本来的な意義だと町田市の取り組みから学びました。

多様な人が自分事(じぶんごと)として参画する

町田市の取り組みの中で、認知症の本人の声とともに重要であった点が、地域の多様な属性の人が参加したこと、その人々が認知症のことを自分事として考えた点だと言えます。
「認知症にやさしいまち まちだビジョン」の16のメッセージでは、「私」を「現在、認知症である私と、そして、これから認知症になりうる私」と定義しています。
また、上述したとおり、「認知症にやさしいまち」をつくるのは、その地域に住む人です。つまり、「認知症にやさしいまち」をつくるのは、現在の認知症の「私」と、認知症になりうる未来の「私」であるわけです。
16のメッセージの最後のメッセージの主語が「私たちも」と変化しているのは、地域を構成する一人ひとりがまちづくりの担い手であるという認識を共有しようというメッセージでもあるからです。

地域にはさまざまな人がいます。
認知症の本人、その家族、医療・介護に関わる人をはじめ、例えば行政の人、企業の人、学校の先生、生徒、商店街の店主、スーパーのレジを担当している人、その他、多くの人の営みが地域を形づくっています。その営みの中で、認知症を他人事ではなく自分事として捉え直したとき、特別な何かではなく、日常の延長として「認知症にやさしいまち」に役立つ小さな一歩を踏み出すことができるはずです。
それは、認知症サポーター養成講座を受けた学校の先生が、子どもたちに認知症をテーマにした授業をしてみる、商店街の店主が顧客として認知症の人が来たときに、買い物をサポートするサービスを考えてみる、スーパーのレジで認知症の人が小銭を出すのに手間取っていてもせかさずにゆっくりと待つ雰囲気を作る等、それぞれの立場や属性の人が自分事として考えた瞬間に、アイデアが溢れ出てくるかもしれません。

町田市の16のメッセージは、地域の多様な人が自分事として参画したからこそ、生まれたものだと言えるでしょう。

「認知症にやさしいまち」の先にある未来の風景

ここまで考えを進めたうえで、もう一度、町田市の16のメッセージを眺めてみます。
「認知症にやさしいまち」は誰のためのものであるのか、それは「今」の認知症の人のためでもあり、認知症になりうる未来の「私」のためでもあります。
では、16のメッセージが達成された風景はどのようなものでしょう。それは、認知症の人も今はそうでない人も、あるいは例えば障害のある人も、高齢になって何らかのサポートが必要な人も、さらに言えば地域で何らかの「生きづらさ」を感じている人も、多くの人を包み込んでいる地域の風景ではないでしょうか。
評価指標として作成した16のメッセージには、それだけ普遍的なメッセージが込められていると思います。

最後に、「認知症にやさしいまち」が何のためのものなのかを考えてみます。
それは「認知症のためだけ」のものではありません。「認知症にやさしいまち」の先にある未来は、「認知症を超えて」さまざまな多様性(ダイバーシティ)を認める未来であり、そこに住む誰にとっても意味のある未来だと思います。
そうであるならば、「私たち」はもっと希望を持って、未来をつくるために動き出せるはずです。

DFJI(Dementia Friendly Japan Initiative:認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ)は企業・自治体・NPOなどのセクターを越えて、 認知症の課題を起点に、未来を考え、 アクションを起こしていくネットワークです。

1)英国では、2009年に発表された認知症国家戦略において、「認知症の人の視点に立った9つのアウトカム」によって成果を確認することが示されています。また、京都の認知症総合対策推進計画「京都式オレンジプラン」にある「10のアイメッセージ」も参考にしました。

2)「英語版も作成!認知症ケアパスを盛り込んだパンフレット『知って安心認知症』」

 

(了。感想をお聞かせください

 

  • 1
  • 2
河野 禎之(かわの よしゆき)
筑波大学ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリアセンター助教/臨床心理士。研究領域は認知症の認知機能障害や行動・心理症状、QOLのアセスメント、非薬物的アプローチの開発・実践と効果測定、認知症の人と家族のソーシャル・インクルージョン、認知症フレンドリー・コミュニティの評価等にまたがる。近年では、ダイバーシティの観点から従来の認知症ケアの概念を拡張させ、さまざまな属性の人々の存在が尊重される「多様性社会」の実現に向けた新たな研究領域(ダイバーシティ・サイエンス)としての再定義を試みている。

認知症フレンドリージャパン・イニシアチブ(Dementia Friendly Japan Initiative)、世界認知症若手専門家グループ(World Young Leaders in Dementia)の一員。平成23年度日本老年精神医学会奨励賞、平成28年度日本認知症ケア学会石崎賞を受賞、平成29年度筑波大学BEST FACULTY MEMBER 2017を受賞。
Web医療と介護