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『平成の社会保障』を刊行して(中村秀一)

今月から、医療介護福祉政策研究フォーラムの中村秀一理事長の連載がスタートします。
テーマは、「霞が関と現場の間で」。40年にわたる公務員生活の中で、現場から多くのことを教えられながら、制度改正に取り組んできたという中村理事長。
第1回では、連載テーマに込めた思いを語っています。(本コラムは、社会保険旬報2020年3月1日号に掲載されました)

中村秀一|医療介護福祉政策研究フォーラム理事長


オーラルヒストリーに臨んで

近年、オーラルヒストリーというものが盛んだとは聞いていたが、自分が関係することになるとは思わなかった。それが土田武史・早稲田大学名誉教授からお話があり、菅沼隆・立教大学教授を研究代表者とする科学研究費調査『厚生行政のオーラルヒストリー』の一環としてインタビューを受けることとなった。

研究者の方々(計8人)から4回にわたって、1973年に厚生省に入省してから支払基金を経て2014年に内閣官房社会保障改革担当室を退くまでのことを尋ねられた。その報告書が昨年夏にまとまったので、それを補完するいくつかの文章を集めて、昨年の年末に『平成の社会保障―ある厚生官僚の証言』として単行本にした(社会保険出版社刊)。

官庁の仕事は組織としてチームで担われる。その成果は個人の功績ではなく、一緒に仕事したメンバーに帰属する。また、官僚は匿名の存在であるべきだとも教えられてきた。そのような組織文化の下で仕事してきた人間としてオーラスヒストリーを引き受けることには大いにためらうものがあった。戸惑いつつ臨んだヒアリングではあったが、個人としてはこの間の自分を振り返り、反省する良い機会となった。

現場から学ぶことの重要性

ほぼ40年にわたる公務員生活で長く携わったのは、医療、高齢者介護、福祉の分野である。改めて、現場から多くを教えられながら制度改正に取り組んできたことを確認させられた。拙著にはコラムも含め8人の「忘れえぬ人々」について思い出をつづった文章が入っている。そのほとんどが現場の人であることも、このような私の仕事のスタイルが反映しているのではなかろうか。

私たちの時代と比べて今日の現役諸君が置かれている状況は、現場に行ったり、業界の人々と意見交換することが困難になっているようだ。政策づくりの危機である。
私が2012年に医療介護福祉政策研究フォーラムを立ち上げ、毎月「月例社会保障研究会」を開催しているのは、及ばずながら政策を形成する霞が関と現場を繋ぐパイプ役を果たしたいという思いからである。

霞が関と現場の間で

30年以上の前のことであるが、保険局医療課で診療報酬の改定に従事した。寺松尚医療課長の時代である。当時の中医協は非公開であり、毎回終了後に課長が省内の記者クラブで審議の状況を説明した。全国紙のクラブである厚生記者会と専門誌のクラブである日比谷クラブの2か所を廻るのだが、課長の説明は明らかに後者に対し懇切丁寧であった。そこには寺松さんの現場重視の姿勢があった。その精神を継いで、本コラムが少しでも現場と政策をつなぐ役割を果たせたらと思う。

中村秀一(なかむら・しゅういち)
医療介護福祉政策研究フォーラム理事長
国際医療福祉大学大学院教授

 
1973年、厚生省(当時)入省。 老人福祉課長、年金課長、保険局企画課長、大臣官房政策課長、厚生労働省大臣官房審議官(医療保険、医政担当)、老健局長、社会・援護局長を経て、2008年から2010年まで社会保険診療報酬支払基金理事長。2010年10月から2014年2月まで内閣官房社会保障改革担当室長として「社会保障と税の一体改革」の事務局を務める。この間、1981年から84年まで在スウェーデン日本国大使館、1987年から89年まで北海道庁に勤務。
著書は『平成の社会保障』(社会保険出版社)など。

  

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