年金時代

香取 照幸(かとり てるゆき)/駐アゼルバイジャン日本国特命全権大使

第20回 歴史から何を学ぶのか【後編】私たちは自分の歴史とどう向き合うのか

みなさんこんにちは。
本稿は外務省ともアゼルバイジャン大使館とも一切関係がありません。全て筆者個人の意見を筆者個人の責任で書いているものです。内容についてのご意見・照会等は全て編集部経由で筆者個人にお寄せ下さい。どうぞよろしくお願いします。

歴史は「通時」と「共時」の双方の視点で見ることが必要

前回、国際ホロコースト記念日に際してここバクーで開催された、「Beyond Duty -Diplomats recognized as Righteous of the Nations」と題したシンポジウムに参加した話を書きました。

お話ししたように、第二次大戦下にあって、外交官としての職責を超えて人道的な行動を行い、「正義の人」として表彰された外交官たちを題材に、外交官としての職責と人道的行為との間の葛藤にどう向き合うべきか、を議論するというシンポジウムでした。

今回は、このシンポジウムに参加し、議論を終えた後の私の率直な感想について書きたいと思います。
私たちは自分たちの歴史とどう向き合っていくべきなのか、という話です。
重ねて記しますが、私自身の経験を踏まえた全くの個人的な感想です。どうかその前提でお読み下さい。

私たちは、日本の近現代史、特に昭和初期から終戦に至るまでの時代の全体像、特に世界史的視点から見た日本の近現代史の全体像をあまりきちんと学べていないように感じます。

私自身、高校時代は一端の「歴史少年」だったので、学校であまり教えてくれないマイナーな東洋史とか中央アジア史とか日本を含む帝国主義時代以降の近現代史とかは随分自分で勉強していたつもりでしたが、この地に赴任してからというもの、ここコーカサスの歴史にしても旧ソ連圏の歴史にしても、今回のシンポジウムで改めて勉強した戦間期以降のヨーロッパ政治史(いかにしてファシズムがヨーロッパの政治を飲み込んでいったか)にしても、実は全く勉強不足であったことを正直痛感しています。

どうして私たちは自分の国の近現代史(日本と当時の世界との関わりも含めて)について、きちんと体系的に学べていないのでしょう?

例えば、「満州事変」、って言われて、いつどこで起きたどんな事件だか、みなさんちゃんと言えますか? その事件の前に何があって、その事件の後に何が起こって、でどうなったか、系統立ててきちんと説明できる人は私たちの中にどれ位いるでしょうか?
800年以上前の元寇や400年以上前の関ヶ原の戦いのこと、明治維新のことはみんなとっても詳しいのに、まだその時代を生きた人が生き残っている、100年も経ってない日中戦争のことは、そもそも中国と戦争してたっていう事実(その戦争が正しかったのか間違っていたのかとかいう以前に、事実としてそういうことがあったということ)だってあんまりよく分かってない、ぼんやりとしか理解していない人がもしかしたら多いんじゃないでしょうか。

半ば冗談ですが、日本の歴史はあまりにも長いので、中学でも高校でも、近現代史までたどり着く前に三学期が終わってしまい、あまりちゃんと勉強する時間がない、ということもあるのかもしれませんし、あまりにも現代に近く、かつ、1945年の敗戦―無条件降伏という終わりを迎えた「戦争の時代」の話で、この時代のことは大学入試でもあんまり出題されないから、なんてこともあるのかもしれません。

ですが、2度の世界大戦、特に第二次世界大戦があって今の世界がある。あのような世界規模の戦争を起こさないための仕組みとして国際連合がある。自由と民主主義、諸国民の平等と共存、といった価値が普遍的なものとして国際的に認知されたのは、まさにこの時代に世界中の国が――戦勝国も敗戦国も、戦場となった旧植民地も――戦争で傷つき、それぞれに多くの犠牲を出したからです。

我が日本国憲法の前文にだって、「諸国民との協和による成果」「人間相互の関係を支配する崇高な理想」「平和を愛する諸国民の公正と信義」「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会」といった言葉が並んでいます。
なんでこんな言葉が書かれているのかと言えば、日本も時代の渦中にいて、当事者として戦争をした、という事実の重みがあったからではないでしょうか。

とするならば、やはり私たちは近現代の歴史にきちんと正面から向き合ってその全体像を学び、理解しておく必要があるように思います。

歴史を学ぶ、というのは、過去を断罪したり、称揚したりすることではありません。人間は正しい行いもしますし、過ちも犯します。歴史の中で起こっている様々な出来事は因果律で繋がっています。その歴史を紡いでいるタテ糸とヨコ糸、つまり「通時」と「共時」の双方の視点から物事を見ることが必要なのだと思います。
今回のシンポジウムに参加して、そのことを改めて痛感しました。

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香取 照幸(かとり てるゆき)/駐アゼルバイジャン日本国特命全権大使
東京都出身。1980年東京大学法学部卒業後、厚生省入省。年金局年金課課長補佐、埼玉県生活福祉部老人福祉課長、厚生省大臣官房政策課企画官(高齢者介護対策本部事務局次長)、厚生労働省政策統括官(社会保障担当)・内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)併任、年金局長、雇用均等・児童家庭局長などを経て2016年6月辞職。2017年3月より現職。
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