年金時代

香取 照幸(かとり てるゆき)/駐アゼルバイジャン日本国特命全権大使

第33回 私の教養主義復権論(その1)「正解」を教える教育って…

本稿は外務省とも在アゼルバイジャン日本国大使館とも一切関係がありません。全て筆者個人の意見を筆者個人の責任で書いているものです。内容についてのご意見・照会等は全て編集部経由で筆者個人にお寄せ下さい。どうぞよろしくお願いします。

ロシアで支給開始年齢引き上げの抗議運動が勃発

みなさんこんにちは。
早速ですが、この夏、とても興味深い報道に接しました。
ロシアで公的年金の支給開始年齢引き上げが提案され、それが市民の大きな反発を呼び全土に抗議運動(デモ・集会)が広がっている、というものです。

https://www.usnews.com/news/best-countries/articles/2018-08-27/in-russia-raising-retirement-age-proves-unpopular-and-may-not-address-economic-woes
https://www.bbc.com/news/world-europe-45389797

7月28日に行われたモスクワでのデモの様子(AFP通信)

ロシアの公的年金制度に関する詳細な解説は専門家に譲りますが、ロシアの年金支給開始年齢は世界でも例外的に低く、男性は60歳、女性は55歳です。6月、ワールドカップの最中に発表された改革案は支給開始年齢を男女それぞれ65歳と63歳に段階的に引き上げる、というものでした。ロシア全土での抗議デモ続発を受け、8月になってプーチン大統領は自ら記者会見を行って女性の支給開始年齢を63歳から60歳にする修正案を発表しましたが、一度火がついた抗議運動は一向に収まりを見せていません。

https://www.euronews.com/2018/09/22/new-moscow-protests-against-russian-pension-reform-bill

この春に圧倒的大差で再選され、80%近い支持率を誇った「絶対的指導者」プーチン大統領ですが、そんな「強い指導者」にとっても「年金の支給開始年齢引き上げ」は鬼門だったようです。

ロシア政府がこの不人気極まりない政策を取らざるを得ないのは、諸外国同様ロシアにあっても人口構成の変化、高齢化の急速な進行があるからですが、ロシアの場合、日本や西欧諸国とは少し異なる事情もあります。ロシアの平均寿命の短さです。

ロシアの平均寿命は男性で67歳、生命表を見ると3割以上の人は65歳以前に亡くなってます。女性の平均寿命は77歳と長いですが、多くの女性は早期の退職を迫られて中高年になると雇ってもらえなくなるそうです(女性の支給開始年齢が55歳、と非常に早いのはこれと表裏の関係にあります)。

デモの映像を見ていると、高齢者だけではなく若者や女性も多く参加していて、抗議運動は全世代的な広がりを見せていますし、地方都市にも波及しています。デモ参加者たちはインタビューに答えて「65歳まで年金を出さないなんて、政府は我々に『死ぬまで働け』というのか」と言っていましたが、ロシアの平均寿命を考えると確かに政府の提案は「死ぬまで働け、年金をあてにするな」というメッセージに聞こえてもおかしくありません。

モスクワの某独立系調査機関が行った世論調査によれば、有権者の約90%が年金改革に反対、改革撤回を求め抗議デモを起こすことも辞さないという人は40%近くに達しました。
デモの参加者の多くが経済の停滞やプーチン政権側近の汚職などについての抗議もあわせて訴えていることを考え合わせれば、年金改革問題が政府に対する様々な潜在的不満の発火点になりかねないという指摘もあります。

ともあれ、いずこの国にあっても年金問題はかくも扱いの難しい非常にデリケートな政治問題、政権の躓きの石になりかねない「超リスク案件」ということを改めて実感しました。
「マクロ経済スライド」の導入によって公的年金財政の長期安定を実現し、支給開始年齢論議をのりこえた日本の公的年金改革の経験を、ロシア政府のみなさんに是非教えてあげたいと真面目に思います。

注:ロシア議会は9月26日、この年金改革案を議決しました。

さて、次の話題。本日の本題です。
拙著『教養としての社会保障』でも述べましたが、最近、「反知性主義」の流れが世界中でどんどん大きくなっているようです。
狭量で他罰的・排他的な言説、真実よりもフェイクニュースを好み、意見の異なるものに容赦ない罵声を浴びせる不寛容、そんな風潮が世界中でどんどん強まっています。

そんな中で私が最近感じていることを書きたいと思います。

次ページ:日本の学生と日本以外の学生とで一番印象的だった違いは…

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香取 照幸(かとり てるゆき)/駐アゼルバイジャン日本国特命全権大使
東京都出身。1980年東京大学法学部卒業後、厚生省入省。年金局年金課課長補佐、埼玉県生活福祉部老人福祉課長、厚生省大臣官房政策課企画官(高齢者介護対策本部事務局次長)、厚生労働省政策統括官(社会保障担当)・内閣官房内閣審議官(内閣官房副長官補付)併任、年金局長、雇用均等・児童家庭局長などを経て2016年6月辞職。2017年3月より現職。著書に『教養としての社会保障』(東洋経済新報社)
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