年金時代

香取 照幸(かとり てるゆき)/駐アゼルバイジャン日本国特命全権大使

第36回 差別と向き合い、乗り越える勇気―LGBT・ハンセン病訴訟―

本稿は外務省とも在アゼルバイジャン日本国大使館とも一切関係がありません。全て筆者個人の意見を筆者個人の責任で書いているものです。内容についてのご意見・照会等は全て編集部経由で筆者個人にお寄せ下さい。どうぞよろしくお願いします。

みなさんこんにちは。
「寄り道」の2回目です。
「私はLGBTQ(性的少数者)の権利のための闘いを信じているし、性的指向や性に基づいた差別はどのような形でも間違っていると確信します」というテイラー・スウィフトさんの投稿に触発されたわけではありませんが、今回はLGBTに関係する話をします。

過日、休暇をいただいてCityに勤める友人に会いに週末のロンドンに行きました。彼の自宅の近所にとあるパブがあり、こんな看板が出ていました。

「1946年開業、ロンドンで、そしておそらく世界で最も古いLGBTパブ」とあります。

皆さんはアラン・チューリングという名前を聞いたことがあるでしょうか。第二次世界大戦中、解読不能と言われたナチスドイツの暗号システム「エニグマ」を解読し、第二次大戦を連合国の勝利に導いたイギリスの天才数学者であり、現代のコンピューター理論の基礎を作った人です。
日本でも人気の俳優ベネディクト・カンバーバッチが主演し、彼の生涯を描いた「イミテーションゲーム」という映画をご覧になった方も多いと思います。

チューリングは同性愛者でした。
1967年までイギリスでは同性愛は刑法犯罪(!)であり、戦後、彼はそのことで逮捕され、裁判にかけられて有罪判決を受けます。研究を続けるため、彼は収監と引き換えに化学的去勢のためのホルモン治療(女性ホルモンの投与)を受けることを選択します。

当時、女性ホルモン(エストロゲン)の投与は、同性愛者の性欲抑制のための「矯正治療」として行われていました。

過酷なホルモン治療の末、1954年、彼は自殺します。41歳でした。

戦時中の彼の国家への貢献は、暗号解読活動それ自体が機密事項であったこともあり世間の知るところではありませんでしたが、コンピュータ科学者を中心に彼の卓越した業績を讃える声が強まり、1966年にコンピュータ科学分野の最高の賞として「チューリング賞」が創設されます。また1986年にはチューリングの生涯を描いた戯曲「ブレイキング・ザ・コード」が上梓・上演されるなど、彼の名誉回復を求める声が高まりました。

この戯曲は1988年、日本でも日下武史さんの主演で劇団四季によって上演されました。「ブレイキング・ザ・コード」とは、いうまでもなく「暗号(code)の解読」と「同性愛=社会的規範(code)の侵犯」の両方の意味を込めたタイトルです。私はこの戯曲の日本公演を観てアラン・チューリングのことを知りました。

2009年になり、アラン・チューリングを同性愛で告発したことへの謝罪を求めるイギリス市民の請願を受けた政府は、正式に謝罪を表明して彼の名誉を回復します

https://www.theguardian.com/world/2009/sep/11/pm-apology-to-alan-turing

「アラン、そしてアランと同じように同性愛を罰する法律の下で有罪判決を受けた何千人ものゲイの男性に対するこの国の扱いは酷いものだった。何百年にもわたって、何百万人もの人々が自身の信念(=ゲイであるということ)ゆえの恐怖に怯えて暮らし続けてきたのだ。」
「同性愛嫌悪の最も有名な犠牲者の1人であるアランの名誉回復は、遅ればせながらではあるが、平等実現へ向けての新たな一歩となるものだ。」
(中略)
「故に、ここにイギリス政府と、アランの功績によっていま自由に生きている全ての人々を代表してこう述べることができることを、私は誇りに思う。
「我々は君に謝罪する。君ははるかに賞賛に値する人物だった」と。」

原文(ブラウン首相(当時)の声明)は以下の通り。
“Alan and the many thousands of other gay men who were convicted as he was convicted under homophobic laws were treated terribly. Over the years millions more lived in fear of conviction.”
“This recognition of Alan’s status as one of Britain’s most famous victims of homophobia is another step towards equality and long overdue.“
“But even more than that, Alan deserves recognition for his contribution to humankind … It is thanks to men and women who were totally committed to fighting fascism, people like Alan Turing, that the horrors of the Holocaust and of total war are part of Europe’s history and not Europe’s present.
“So on behalf of the British government, and all those who live freely thanks to Alan’s work I am very proud to say: we’re sorry, you deserved so much better.”

さらに2012年、英国貴族院に正式な恩赦の法案が提出され、2013年12月24日、彼はイギリス女王エリザベス2世の名の下に正式に死後恩赦されます。
恩赦に際して、当時のキャメロン首相は、彼の業績をたたえる声明の中でこのように言いました。
“Alan Turing was a remarkable man who played a key role in saving this country in World War Two by cracking the German Enigma code.
His action saved countless lives. He also left a remarkable national legacy through his substantial scientific achievements, often being referred to as the father of modern computing.(太字筆者)

彼は、短期間の婚約期間がありましたが生涯結婚することはなく、彼に子孫はいません。次の世代を残しませんでしたが、キャメロン元首相のいうように、彼は数え切れない数の市民の「命」を救い、現代のコンピュータ技術の生みの親として比類なき「人類の遺産」を残したのです。

先に紹介した映画「イミテーションゲーム」のラストシーンに流れるナレーションによれば、1885年から1967年までの間に約49000人の同性愛者が罪に問われた。また、歴史家たちは、エニグマの解読は戦争終結を2年早め、これにより1400万人の命が救われたと推計している。

彼が冒頭に写真で紹介したパブに通ったことがあったのか、もちろん私は知りません。でもあのパブは、第二次大戦直後、イギリスで同性愛が刑法犯罪とされていた時代からあったと言います。
英国でも、同性愛が犯罪でなくなったのは20世紀も半ばを過ぎてからのことです。
ブラウン元首相もいうように、法律=制度が変わっても、何百年と続いた差別の歴史は重く、人々の意識が変わるにはなお時間がかかるでしょう。
それこそlong overdueを乗り越えていかなければなりません。

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香取 照幸(かとり てるゆき)/駐アゼルバイジャン日本国特命全権大使
東京都出身。1980年東京大学法学部卒業後、厚生省入省。在フランスOECD事務局研究員、年金局年金課年金制度調整専門官、埼玉県生活福祉部老人福祉課長、厚生省大臣官房政策課企画官(高齢者介護対策本部事務局次長)、厚生労働省政策統括官(社会保障担当)・内閣官房内閣審議官(社会保障・税一体改革担当)併任、年金局長、雇用均等・児童家庭局長などを経て2016年6月辞職。2017年3月より現職。著書に『教養としての社会保障』(東洋経済新報社)
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