年金時代

第1夜 次期年金制度改正の課題を考える その3

権丈善一(けんじょう・よしかず)慶應義塾大学商学部教授。社会保障審議会年金部会委員。平成25年8月社会保障制度改革国民会議委員として報告書の作成に関わった。
坂本純一(さかもと・じゅんいち)JSアクチュアリー事務所代表。厚生労働省年金局数理課長として平成16年の年金制度改正を担当した。
司会:年金時代編集部

権丈善一氏と坂本純一氏による、平成31年財政検証に伴う次期年金制度改正を巡る対談。第3回目は、年金制度改革はポピュリズムにどう対峙していくかで始まると、支給開始年齢の考え方の整理に及び、ついに議論はオプションⅢ(保険料拠出期間と受給開始年齢の選択制)までその射程にとらえていきます。

ポピュリズムにどう対抗していくかも政策形成の課題にほかならない

権丈:平成28年年金改革法の国会審議では、野党がまったく本筋でないところで政局をしかけていました。あれはまったくおかしな話しで、国会に提出された法案を厳しくチェックするのが野党の重要な役割なんですから、あのエネルギーを年金改革案を正論に持ち込む方向に向けて、ものが分かっている多くの人たちからの支持を得るという道もあったと思います。ところが、民進党の国対委員長は政治を情弱ビジネスとすることしか頭の中になかったから、本筋の議論が深まることになりませんでした。しかし、見ていておもしろかったのは、この10数年、年金を勉強し続けてくれたメディアが野党を総攻撃してくれたことですね。僕は、2015年に出した本に「彼ら野党の政治家が分かっていないのは、9年前の2004年頃と比べてメディアが賢くなっているということですね。9年以上も年金のことを眺めてきた記者たちは、野党の政治家たちよりも圧倒的に年金まわりのことを理解しています。この人たちの存在はこの国の立派な財産だと思います11」と書いていました。これまで年金を政争の具としてきた野党の政治家たちは、このあたりの年金リテラシーの高まりが分かってなかった。

11:権丈(2015)『年金、民主主義、経済学』75-76頁。

 坂本:「年金カット法案」と言ったときにメディアが敏感に反応し、法律の趣旨を正しく理解していない民進党のスタンスを批判していましたね。

編集部:現在の受給世代が受ける年金の一部を将来の世代に仕送りするしくみについて、現在の受給世代の給付が下がるところだけを見て、「年金カット法案」という的外れなキャンペーンを張ったわけですからね。

坂本:現役の給料が減っているときに、受給者の給付はそれほど減らしません、というアンバランスな制度を変え、給付の贅肉を落として現役のしんどさを受給者も共有した上で、将来の孫、ひ孫の給付にその財源を充てるという趣旨を覆い隠そうとする罪深いキャンペーンですよね。

権丈:まったくですね。メディアによる民進党批判には「かつて民主党政権が“嘘つきマニュフェスト”と呼ばれた時代に逆戻りしつつある」とか、それこそいろいろありましたね。
とにかく、どこをどう変えていかなければならないのか、そのポイントに焦点を定めて取り組んでいかなければなりません。退職者団体の人たちは、よく勉強しているので、そのあたりを分かってくれていますが、多くの会員の説得まではうまくいっていないと思いますし、一歩間違えれば、トップが変えられてしまうかもしれない。そうしたリスクをとってでも、彼らは、「名目下限方式を堅持」という組織方針を撤廃してくれました。そうしたリスクをとってやってくれている人たちの努力に報いるためにも、マクロ経済スライドのフル適用は、「孫、ひ孫への仕送り」というまっとうな改革であるということを広く世の中に知らしめていかなければいけません。
そして、もう一つ僕がやっている試みは、勤労世代とか高齢世代とか、「世代」という言い方で括るのではなく、「期」という言い方に替えること。勤労期とか高齢期とか、要するに僕たちの人生の延長線上の話なのに、これを高齢世代とか退職世代とか言うから、世代間の対立という構図ができあがってしまう。これで一番得するのが、勤労世代としか接点がない企業なんですよね。よく、現役世代にこんなに負担を与えていいのかという言い方がされますが、「期」にしてしまうと、一人の人間のライフステージを時間軸上で見ていくことになりますから、世代間の対立、損得という構図にはなりにくくなる。現役期、高齢期とすれば、自分の高齢期の負担を減らすために、今も負担しておくという考え方にも自然とつながっていく。

編集部:正しい情報を地道に提供していき、自分の頭でしっかり考えてもらって、協力してもらうには、正しい理解に導いていくロジックが必要なんですね。

権丈:あったりまえだよ(笑)。僕も、社会保障教育に関わるようになって強く実感するようになったわけですけどね12
また、民主主義における政策形成が今日のテーマであるとすれば、「ポピュリズム」にも触れておかないといけませんね。民主主義には、不安をあおるデマゴーグがどうしても出てきます。手っ取り早く選挙で勝つには、不安を煽っておくのは極めて合目的的手段。デマゴークが出てきてしまったら、そいつが勝ってしまい、悪貨が良貨を駆逐してしまうのが古代アテネの頃からペリクレスの後からですが、民主主義の宿命のようなもので、悲しいことに、これはもう救いようがない。デマゴーグは、政治を情弱ビジネス化することで生きているわけですから、情報弱者を少なくするために、年金制度の誤解をなくし、正しい情報提供に努めていって、国民のリテラシーを高めていくことで対抗していくことになる。どこまで成功するかどうかわからない長期戦にならざるを得ません。だから、良い社会を作っていきたいと考えてくれている退職者団体のおじさんたちや、メディアとかがネットワークを張り巡らせながら、いま、情報発信、年金教育に関して長期戦をやってくれているところですね。

12:権丈氏は、厚労省の「社会保障の教育推進に関する検討会」(2011年11月~2014年6月)の座長を務めている。

坂本:権丈先生は『「この人民ありてこの政治あるなり」の今日的な意味合い』13と題する講演の中で、「正しい政治行為というのは、何も知らない合理的無知な投票者に、正しいことを説得することによって、権力の地位を狙うことであるにもかかわらず、ポピュリズムというのは合理的無知な投票者に正しいことを説得する努力を放棄して(あるいは無知や誤解の度合いを増幅させて)、無知なままの投票者に票田を求めて、権力を追及する政治行為である」と話しておられましたが、「年金カット法案」の動きなどは、ポピュリズムの典型でしたね。

13:権丈氏が2010年4月29日の慶應義塾大学通信教育部入学式で行った特別講演。http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/tushin_nyugakushiki1.pdf

権丈:そのポピュリズムの定義そのものは、2009年の政権交代前の民主党を見ながら書いていましたね。とにかくひどかった。そして日本は今も、あのひどかった政治体験の後遺症の中にある。だからああいう手法での政権交代は、認めてはいけなかったんですけど、学者もメディアもブレーキにはなり得なかった。いやむしろ、ポピュリズムに加担していた。

 

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