年金時代

第5夜 第7回年金部会「今後の財政検証の進め方について」の議論を巡って その1

店主:権丈善一(けんじょう・よしかず)慶應義塾大学商学部教授。社会保障審議会年金部会委員、同部会年金財政における経済前提に関する専門委員会委員なども務める。

常連客:坂本純一(さかもと・じゅんいち)JSアクチュアリー事務所代表。厚生労働省年金局数理課長として2004年(平成16年)年金制度改正を担当する。

新規来店客:小野正昭(おの・まさあき)みずほ信託銀行フィデューシャリーマネジメント部主席年金研究員。社会保障審議会年金部会委員、同部会年金財政における経済前提に関する専門委員会委員なども務める。

店員:年金時代編集部

今回の「居酒屋ねんきん談義」は、第7回社会保障審議会年金部会(1月30日開催)の議論(談義の主要テーマは「今後の財政検証の進め方について」)を巡って、店主の権丈善一氏、常連客の坂本純一氏に加え、今宵は、あるときは年金部会委員、あるときは同部会年金財政における経済前提に関する専門委員会委員、あるときは同専門委員会検討作業班メンバー、またあるときは同審議会年金数理部会委員、しかしてその実体は日本年金学会代表幹事・みずほ信託銀行フィデューシャリーマネジメント部主席年金研究員の小野正昭氏をお招きし、おおいにねんきん談義を交わしていただきました。

 第5夜「居酒屋ねんきん談義」にご参集いただいた、左から権丈善一氏、坂本純一氏、小野正昭氏。

年金制度改正に最初から最後まで関わる小野さんがご来店!

権丈:お忙しいところ、居酒屋ねんきんにご足労いただきましてありがとうございます。本日のお客さんの小野さんは、坂本さんも私も所属して幹事を務めています日本年金学会のトップ、代表幹事でいらっしゃいます。店長として最高のおもてなしをと考えておりまして、今回は第7回年金部会と、これと同時並行して議論が進められている経済前提専門委員会について明るく愉快な談義を楽しんでもらえればと思っています。そこで、年金部会ですが、この日の議事には次の4つが用意されていました。

⑴「医療保険制度の適正かつ効率的な運営を図るための健康保険法等の一部を改正する法律案(仮称)」における国民年金法の改正について
⑵今後の財政検証の進め方について
⑶働き方の多様化を踏まえた社会保険の対応に関する懇談会の開催について(報告)
⑷私的年金に関する検討について(社会保障審議会企業年金・個人年金部会の開催)(報告)

このなかから、きょうは「⑵今後の財政検証の進め方について」を中心にご談義いただこうかと思っています。
また、議事⑵について当日の年金部会では以下の「配付資料」がありました。

●資料2-1 年金財政における経済前提のあり方について(専門委員会における議論の経過報告)⇒https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000475089.pdf
●資料2-2 年金財政における経済前提のあり方について(専門委員会における議論の経過報告)―参考資料集―⇒https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000475090.pdf
●資料2-3 第78回社会保障審議会年金数理部会(2018年11月30日)における議論について⇒https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000475091.pdf
●資料2-4 今後の財政検証の進め方について⇒https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000475206.pdf

資料2-1と資料2-2は、経済前提専門委員会についての議論ですが、小野さんは経済前提専門委員にも参加されています。また、資料2-3は社会保障審議会年金数理部会の議論で、年金数理部会にも小野さんは委員として参加されています。ということで、小野さんは、きょうの「居酒屋ねんきん談義」のテーマに関わる、年金部会、年金の経済前提専門委員会、年金数理部会の3つの部会(委員会)に参加されているんですよね。

編集部:さらに付け加えますと、以前、この居酒屋ねんきん談義にご参加いただいた玉木伸介さんが座長を務める経済前提専門委員会の検討作業班のメンバーでもあります。

権丈:年金数理部会は財政検証に対するピアレビューを行うことを一つの役割としていますが、資料2-3にある第78回年金数理部会(2018年11月30日)では財政検証とピアレビューが議題となり、当日の数理部会では、坂本さんが、「社会保障アクチュアリーの実務に関する国際動向」と題した講演をされています。
きょうは、坂本さんと、年金関係会議でグランドスラムを達成されている小野さんが参加され、たいへん興味深い談義が展開されるものと期待しています。
そこで、まずは小野さんから、今回の平成31年財政検証に向けてのご意見、ご感想などをお話しいただき、談義の口火を切っていただきたいと思います。

 第78回社会保障審議会年金数理部会2018年11月30日資料1「社会保障アクチュアリーの実務に関する国際動向」JSアクチュアリー事務所 坂本純一」⇒https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000415603.pdf

小野:きょうはお招きいただきましてありがとうございます。はじめに型どおりのディスクレーマーで恐縮です。ご紹介いただいたような立場はありますが、きょうは所属会社の職員とか、日本年金学会の代表幹事とかいった立場ではなく、公的年金に関する政府の部会や委員会に関わらせていただいている立場からお話をさせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします。実は、経済前提の専門委員会には平成26年財政検証における「年金財政における経済前提と積立金運用のあり方に関する専門委員会」から関わらせていただいておりまして、公式に公的年金に関わるのはそのときが最初ではなかったかと思います。それから5年がたち、実は、このたびは社会保障審議会人口部会の委員も仰せつかりました。その意味では、人口動向と経済前提、そして年金制度のあり方を議論する年金部会、さらには財政検証結果を受けて実施するピアレビューと財政状況報告とを公表する年金数理部会と、公的年金の運営における一連の議論の流れのすべてに属しておりまして、今回の平成31年財政検証を、Plan(計画)→Do(実施)→Check(検証)→Action(改革)のPDCAサイクルを、最初から最後まで関わらせていただくことになっています。
とはいえ、坂本さんの資料にもありますが、年金数理部会の委員は財政検証をチェック、つまりピアレビューする立場にあるので、そもそも財政検証に関わった専門家がなるべきではない、という指摘もされています。その意味では微妙な感じもするのですが、そのような立場の委員が年金数理部会には私を含めて3名います。そういう立場をわきまえながらも、経済前提専門委員会で検討したことを年金数理部会で説明することも重要と思いますし、結果的には健全なというか適正な財政運営なり、制度運営なりがなされることに貢献することが私の役目ではないかと整理しまして、いくつもの会議に関わっています。
経済前提の専門委員会では、日頃、権丈先生が指摘されています「将来は不確実(uncertain)である」ということと、その不確実な将来を「投影(projection)」するという、一見矛盾した作業において経済前提を設定することの意義を考えながら参加させていただいています。専門委員会に参加して強く思うのは、たとえば、企業年金の世界では積立金の運用収益率を確率モデルとして設定したうえで積立金の運用戦略を検討する年金ALMという業務が1990年代の半ばに始まりました。また近年では、保険会社の経営等を中心にERM(Enterprise Risk Management)が導入され、この分野の国際的な資格であるCERA(Chartered Enterprise Risk Actuary)の資格を保有するアクチュアリーが求められています。実際の金融資本市場を相手に運営することを余儀なくされている主体にとって、このような業務や知識が必須であることは言うまでもありません。しかし、公的年金の財政検証というのは、それらとはすこし異なる枠組みだろうと感じています。大切なことは、専門委員会は不確実な将来を投影するための前提を設定しているのであり、けっして将来をあてにいったり、将来を予測する確率モデルを構築したりしているわけではないということだと思います。

小野氏。

「財政検証の検証」ってへんな言い方? そこで「ピアレビュー」と言うことに!?

権丈:たしかにそのとおりだと思います。将来は不確実なんだから予測はなかなかできませんよぉと、本当のことを言っていてはビジネスにはなりませんけど、公的年金の世界はビジネスではないですし、視野に入れている期間がはるかに長いですからね。
ところで、ピアレビューは年金数理部会の役割ということですが、昨年11月30日に開催された部会で、坂本さんが国際標準的にピアレビューとはいったい何なのかというお話をされました。その内容のエッセンスをここでご紹介いただけますか。

坂本:わたしの資料「社会保障アクチュアリーの実務に関する国際動向」の最後のほうに、「第3部 わが国における数理レポートを巡る課題について」のなかにまとめているのですが、一つは、これまで年金数理部会は被用者年金の一元化をめざし、被用者年金を統合する方向を徐々に進めてきました。

坂本氏。

権丈:それが年金数理部会の大きな仕事だったわけですね。平成16年改革前の年金審議会が支給開始年齢の引き上げを目的としてきたように。

坂本:はい、そうです。そこで、被用者年金一元化を進めていく際に、それは制度の公平性と同時に公的年金制度に対する信任を確保していくことにつながる重要な意義をもつことが明らかになってきたのです。というのも、世の中には、共済は自分たちだけで勝手なことをしているんじゃないかという疑念がありまして、たとえば国鉄共済が自分勝手なことをして、財政が悪化したのに、なぜ厚生年金に統合して助けてやらなければならないのかという感覚があったのです。それに対して、年金数理部会としては客観的な、数理的な判断を下し説明していく立場にあり、共済の財政運営の悪いところは指摘し、そうでないところの共済の言い分を世の中にお伝えしていったのです。

編集部:被用者年金の一元化の妥当性を数理的に検証していく作業をされていたということですか。

坂本:そうですね。国鉄共済が放漫な給付を行ったために財政が悪化したというのではなく、高速道路網が整備されて、陸上輸送の主力が鉄道輸送からトラック輸送に移行していったことで、当時の国鉄が非常に多くの余剰人員を抱えてしまったことが財政悪化の原因なわけです。それにより新規の採用人数を急激に減らしていく、もしくはゼロにする一方で、定年退職を迎えた人が辞めていき、共済組合員が1970年の47万人ほどから1990年の20万人くらいまで急激に減った時期もあり、非常に年金財政が悪化していったのです。それは、職域ごとに年金制度を設けていると、つまり制度が分立していると産業構造・就業構造の変化でそういう問題が出てきます。それを同じ被用者ということで厚生年金に統合し、財政単位を大きくすることで対応していくことにしたのです。その統合にあたっては、お互いに信頼感を得るためのジャッジをしていくことが年金数理部会の役割でした。

権丈:なるほどぉ。時代時代に、年金数理部会の時代の役割があったということですか。

坂本:そうです。そして、その次に統合された後の年金数理部会の役目は何かと言うと、厚生年金に一つになったとはいえ、実施機関と厚生年金勘定とに分かれている状態にありますから、財政単位はいっしょになりましたが、保険料の徴収、給付の裁定は共済組合に委ねられています。積立金の運用についても運用方針は合わせるけれど、運用自体は各共済に任せられています。
そうなると、一元化後に厚生年金全体の財政検証をやっていかなければならないのに、そのデータの整合性をどこがどのようにとるのか、また、キャッシュフローが円滑にうまく回るかどうかをちゃんと観察しておくことが必要になってきます。そこで、財政状況を外部から見る機関として、年金数理部会がその役割を果たすことになったのです。極端なことを言えば、いっしょになったのに積立金運用についてその責任を十分に果たさないような共済もしくは厚生年金勘定があったとしたら、厚生年金保険制度全体の足を引っ張ることになってしまいます。そういう事態に陥らないように年金数理部会がチェックをする必要が出てきたのです。

権丈:年金数理部会という組織が、時代時代の年金問題を見て対応していく遊軍のような役割を果たしていたわけだ。

坂本:そうとも言えますね。もう一つは、財政検証という数理的な原則にのっとったチェックをやっておく必要があるということです。それは公的年金として、国民を強制加入させている制度ですから、制度に対する信頼を国民にもっていただくようにしないと、強制に対する反発が起こります。そうならないように、年金の財政運営が納得できるものとなっていることを平易に説明するのが、年金数理部会の役割ではないかと思います。いわばお墨付きを与える役割ですね。

権丈:平成13年の被用者年金一元化の閣議決定のときに年金数理部会が設置され、平成27年10月に一元化が実現されるわけですが、平成13年に年金数理部会が生まれたときから、年金数理部会には公的年金財政状況報告とピアレビューの2つの役割があったのですか。

坂本:その閣議決定の文面には、一元化後の年金数理部会の役割については言及していないのですが、わたしはその2つの役割を当初から年金数理部会が担うのが適当と理解しています。また、現在においては年金数理部会にその役割の根拠を与える必要があるのではないかと思います。

編集部:いつからピアレビューという言い方をするようになったのですか。

坂本:財政再計算であった時代は、財政再計算に対する検証と言っていましたが、現在は財政検証となり、以前のような使い方をそのまましますと、財政検証に対する検証となります。そこで、財政検証を検証することをピアレビューと言うようにしたのだと思います。
平成13年12月の閣議決定「公的年金制度の一元化の推進について」では、年金数理部会の設置と役割が次のように規定されています。

 「社会保障審議会に年金数理に関する専門的な知識、経験を有する者等から構成される部会を設け、当該部会において被用者年金制度の安定性、公平性の確保に関し、財政再計算時における検証のほか、毎年度の報告を求めることを要請するものとする。
あわせて、同部会において、被用者年金制度の一元化の具体的な措置が講じられる際の具体的な費用負担の在り方等について、年金数理的な観点からの所要の検討、検証がなされるよう要請するものとする。」
https://www.mhlw.go.jp/shingi/0112/s1225-1b.html

権丈:よくわかりました。年金数理部会が生まれたのが平成13年の閣議決定で、そのころは「財政再計算の検証」と言っていた。ところが、平成16年年金改革で財政再計算という言葉がなくなって財政検証になり、以降は「財政検証の検証」というおかしな表現になるから、そこで、誰かが「財政検証のピアレビュー」と呼ぼうよと言い始めたわけですね。なるほどねぇ。おもしろいです。

ピアレビューに加えオプション試算も検証する役割を年金数理部会には期待

坂本:そして、いまの年金数理部会にはピアレビューとともに、オプション試算に対する検証も求めていいのではないかと考えます。

権丈:オプション試算が出てくるのは平成26年財政検証のときですよね。

坂本:そうです。オプション試算というのは財政検証に必然的に備わっているものではないのですが、社会保障制度改革国民会議の報告書には、財政検証においては年金制度の課題の検討に資するような検証作業を行うべきとされています。そこで、オプション試算というのは結局、制度改正そのものにつながっていきますから、オプションについての財政の見通しに対して、正当性が与えられていないと制度改革の方向そのものに信任が得られないことになってしまいます。その意味でこのオプション試算に対する検証も年金数理部会の大きな役割になってくるのではないかと思います。財政再計算の時代に、保険料率を決めたときに、事後的ではありますがこれが年金数理的に正当なものであるとか、財政の安定に配慮が必要というようなコメントを出していたのが年金数理部会だったわけです。それが財政検証となって、財政検証に伴う制度改正を行うときには、オプション試算とされた制度改正案の財政効果の測定にお墨付きを与えるということも方向性としてあるのではないでしょうか。そうすることで、年金制度および制度改正案に対する国民の信任を得ていくという意味では、年金数理部会のピアレビューは非常に重要な役割を果たしていくことになると思います。わたしは、そのことを第78回年金数理部会で申し上げました。

編集部:オプション試算を検討した年金部会の事務局である年金局がそれを財政検証するのではなく、制度改正の議論には直接関わっていない年金数理部会がオプション試算を財政検証することに意味があるということですね。

権丈:だから、以前からあるピアレビューの役割を再認識し、年金部会においてもピアレビューの役割を再評価、PDCAサイクルに組み込んでいかなければならない段階にあるということなのでしょう。

諸外国の事例から日本の年金数理を見ると…

坂本:このときのわたしの報告では、年金数理についての諸外国の事例について紹介したのですが、いまの日本の財政検証のしくみは、アメリカに近いのではないかという気がします。ただ、アメリカは制度改正の議論があまり起こってこないのです。実施がむずかしいからだと思うのですが、その点は、日本はアメリカよりも進んでいると思います。

権丈:そこで一点よろしいですか。よく日本もアメリカのように何年もかけて年金制度の改革をやるべきだという話があったりするのですが、それについてはどう思いますか。

坂本:逆ですね。単発的にシンクタンク、大学の先生、エコノミスト等が改革案を提示するのですが、なかなか形にならないですね。何人かの議員も改革法案を議会に提出していますが、審議はされていません。1983年のレーガン政権時代の大改革は、数年後に積立金が枯渇して、保険料を上げないと給付が支払えなくなるという事態を迎えていたので、超党派の委員会がつくられ、改革が可能となったといういきさつでした。事態が切迫しないとなかなか動かないという側面があるようです。

権丈:僕たちから見れば逆なのですが、結構これは世の中に流布している都市伝説なんですよね。

坂本:アメリカの場合、一つは出生率が高いから、わりと財政がもつのです。そういう事情もあって、改革についての真剣さが日本に比べてわりと少ないのだろうと思います。もう一つは医療制度改革が社会保障改革の最大の目玉で、こちらを多くの人が優先して議論しているようにも感じます。日本は5年に一度ですが、アメリカは毎年財政検証を行っています。そして毎年の報告書で、75年間の財政均衡のためには、あるいは永久均衡方式のためにはこれだけ保険料率が足らないといった報告がなされているのですが、制度改正には動こうとはしません。2019年について言えば、給付額が保険料収入よりも大きく、運用収入を使わなければなりません。運用収入を使うということは、アメリカの場合、一般会計からお金を戻してもらうことになるのです。

小野:日本の厚生年金の積立金は厚生年金勘定となっているのに対して、アメリカの場合、年金の積立金は最終的に借り入れ証書を残して一般会計に入っています。この違いは非常に重要なことだと言っておきたいです。日本は年金としての財政バランスがとれるような形で設計しているわけです。

権丈:ですよね。では、ピアレビューに話を戻しますが、年金数理部会ではピアレビューの役割をこれまでずっと意識して長らく運営されてきたのですか。つまり、ピアレビューを意識して、年金数理部会の委員は経済前提専門委員会や年金部会の議論、さらには年金制度の動きとかを眺めていたのでしょうか。

小野:わたしは新任なので、過去のことはつぶさにわからないのですが、一元化の閣議決定の文章を見ますと、「被用者年金制度の安定性、公平性の確保」と書いてありますが、この公平性とは何を意味するのかと言うと、坂本さんのお話では実施機関が残っているから、その実施機関の運営をウオッチするということもあるということです。就任後に開催された年金数理部会の議論は平成29年度の財政状況報告に関するものですので、そのあたりの議論はあまり出ていないというのがわたしの正直な印象です。ただ、2016年2月に公表されたピアレビューの報告書は、被用者年金の一元化を踏まえて、2階部分に関する被用者年金の実施機関間の財政調整が適切に機能するかの確認の観点から、それぞれの財政見通しを示すことについて期待が示されています。2019年の財政検証後のピアレビューがどのように進められるかは、先ほど指摘いただいたオプション試算等との関連もありますので現時点では見通せないのですが、実施機関ごとの分析・評価というのも論点になると感じました。
財政状況報告に関して言えば、2004年改正で保険料水準固定方式が導入されまして、その後の財政検証ではスライド調整期間が延び、特に基礎年金の給付水準の低下が指摘されるようになりました。やや極端ですが、年金制度の運営の課題が財政の適正性から分配の適正性にシフトしたとも言え、それによって国民の関心はスライド調整期間の変動や将来の給付水準に移っているのではないかと感じています。委員に就任したわたしの当初の印象は、年金数理部会の財政状況報告はこの点についてもうすこし踏み込んでほしいというものでした。

権丈:いまの「年金制度の運営の課題が財政の適正性から分配の適正性にシフト」というのは大切な話ですね。

坂本:制度が分立していたころの公平性というのは、「同一給付・同一負担」と言う言葉で表されていますように、制度間の公平性、いわゆる官民格差のない公的年金制度を意味していました。この頃は共済年金の給付水準が、負担は厚生年金より少し高いくらいで、給付が非常に高いように見えていました。加入期間が共済年金のほうが圧倒的に長かったためにこのようなことが起こっていた面があるのですが、強い感情論の下に議論が行われていたように思います。このような感情論では建設的な議論ができませんので、年金数理部会が情報開示を行い、冷静な議論の素材を提供する工夫をしていった努力があったと思います。いま、毎年度、各制度から決算の数理ヒアリングを行っていますが、これはそのために行われてきた情報収集の集大成です。最初は応じてくれない制度もあり、少しずつ前進してきた結果だと思います。いま、世界のなかでいちばん官民格差の少ない公的年金制度になっているのも、このような努力も貢献していると思います。そのような努力のおかげで、徐々に、制度が分立していると、産業構造・就業構造の変化が制度の財政基盤を脅かすのだという認識が高まっていったのだと思います。先ほど述べました国鉄共済年金の場合と同様、たばこ産業もたばこ自動巻き機の発達で余剰人員を抱え、日本電信電話公社も電話接続の自動化により、余剰人員を抱えたというのは同じ構造だったわけです。もっとも、国鉄共済の場合は、退職時に2階級特進させて年金額を高くするなどの行動があったため、強く非難されたりはしていましたが、中心的な要因は高速道路網の発達に伴う、陸上輸送の主流が鉄道からトラックに移ったことによる余剰人員の発生でした。

権丈:僕は1985年に大学を卒業するのですが、当時の学生の卒論なんかでは、社会保障では官民格差が盛んに取り上げられていました。そして、それが、国鉄共済などが行き詰まっていくことから表に出てくるのですが、その意味では、当時の公平性とか安定性というのは官民格差のことを指していたんでしょうね。

坂本:ええ。ここの公平性は官民格差そのものです。公平性が得られないと国民の信頼を得られないというところに力点が置かれていたと思います。被用者年金の一元化が完了したいまは、その財政構造を明確にするとともに、その運営がフェアに行われているということを世のなかに示していくことが数理部会の役割の一つになるのでしょうね。安定性については、国民年金のことも意識されていると思います。農業人口が急減して多くの農家出身者が被用者になった。この現象を踏まえて国民年金制度を全国民に適用拡大し、産業構造・就業構造の変化に影響されない財政基盤をつくったのが1985年の基礎年金の導入であったわけですが、これは安定性をめざした考え方でした。

権丈:だから、被用者年金一元化も終えているいま、各制度の毎年度の財政状況報告というのが、年金数理部会のメインの仕事だと思っていたら、資料2-3の「社会保障審議会年金数理部会の役割について」を見ると、左側のほうに任務の一つの柱としてピアレビューというのがあったので、へ~っと思ったんですけど。

 出所:第7回社会保障審議会年金部会2019年1月30日資料2-3「第78回社会保障審議会年金数理部会(2018年11月30日)における議論について(厚生労働省年金局2019年1月30日)」1頁

小野:先ほどの坂本さんのお話だと、ピアレビューにお墨付きとか、制度変更のオプション試算のあり方とか、ある程度の意見を申し上げるということになると、スケジュール的に財政検証やオプション試算が示されてから1年くらい遅くなってしまいます。

坂本:そうなんですね。出てきた結果にしか言えないということがあるので。そこでの指摘事項を次の財政検証のときに生かしていく、あるいは、毎年度の運営に生かしていくということになるのでしょうね。緊急事態を除いては、アメリカでもカナダでもそれは同じだと思います。

権丈:だけど、これはよくあることで、既存の制度・法律を活用しながら、運用面で質的に向上させていくことをいま年金制度はやろうとしている。それをどのようにやっていけばいいか、知恵を借りているところで、坂本さんが年金数理部会で講演をされ、いまの年金数理部会やピアレビューの役割を、いま新たな形をつくろうとしている。
先ほど話があったように平成16年の年金改革の法律だけだったら、実はPDCAサイクル(計画‐実施‐検証-改革)としてはまだ形としては完成していませんでした。P(計画)とD(実施)とC(検証)までしかない。そして平成21年に第1回目のC(検証)をやるわけです。Cをやって問題点が目の前にあることがわかったのですが、A(改革)の動きがとれない。そのときに超法規的な存在として社会保障制度改革国民会議が口を出すことによって、CとAをリンクさせて、PDCAサイクルの形を完成させていく。
世のなかってそういうものだと思うんですよ。将来のことはよくわからないという意味で、将来は不確実なんだから。こんなにデフレが続くとはわかっていなかったから、そういうことに完全に対応した法律はなかなかつくれなかった。だけどいま、年金制度を運用していく制度そのものが進化してきているんですよね。

編集部:平成16年改正では、財政検証の結果、所得代替率が50%を割り込むようなことになったら、制度改正を検討するとしています。そうすると、財政検証結果を見て50%を割り込むことを確認してから、制度改正を検討するという立て付けなんですね。しかし、権丈さんは「超法規的」という言い方をされましたが、改正事項を入れたオプション試算も財政検証といっしょにやり、制度改正を議論しようということですね。

権丈:だから、国民会議の報告書で、「単に財政の現況と見通しを示すだけでなく、上記に示した課題の検討に資するような検証作業を行い、その結果を踏まえて遅滞なくその後の制度改正につなげていくべきである」という文言が入ってきて、その言葉が年金部会でも継承されていくわけです。それによって、PDCAサイクルが完結する。

小野:先ほどの事後的になるという話ですが、たしかに財政検証後のピアレビューには一定の期間を要します。しかし、2016年のピアレビュー報告書における指摘や提案は、平成31年財政検証の在り方を検討する際には考慮されると思いますね。ただ、年金数理部会は、特にA(改革)の議論にはなじみませんので、問題点の共有とオプション試算の企画は年金部会の所管になるでしょうね。
わたしが平成26年の財政検証に関わっていて、もちろんオプション試算が重要だというのはそのとおりなんですが、もう一つ言えるのは、平成26年財政検証では8つのケースが出ていましたが、それに関して、年金局には濃淡をつけずにすべて平等に出してくれと申し上げたんです。そのときはそのようになりましたが、その前の平成21年の財政検証のときにはメインシナリオ(基本ケース)というのがありました。平成26年財政検証では、当局はどのケースが中心となるかということを示していませんし、ケースの1つを取り上げて評価する人は、自らの判断で取り上げていることになります。
そこで、何が重要かと言うと、いろいろなケースがありますが、そのケースにどう対処しようか、政策の当局者もそうですし、専門家もそうなんですが、それに対処する目利きの力を養う、そこが重要であって、その流れの中で政策決定につながるんじゃないかなと思います。

権丈:平成21年財政検証は人口前提が3つ、経済前提が3つで、3×3で9とおりあって、そのうちの4つが50%を切っています。ところがそれを言っていたのは僕くらいしかいなかった(笑)。3×3であれば、図(下図参照)に描くと真んなかが基本ケースになります。だからそこがフォーカルポイントになってしまった。
平成26年の財政検証のときには、小野さんが言ったように、基本ケースというような位置づけはありませんでした。ケースも8つでしたし。
ケースが9つの奇数だろうが8つの偶数だろうが、これらはみんな等価の可能性で起こってくると考えるのが将来は不確実であるという話なわけですから。その意味で、小野さんはご自身の論文「将来に向けて検討すべき課題の整理」(日本年金学会誌 第36巻、2017年)の中で、たとえば、基礎年金は相当下がるわけですが、これを3つのオプション(下図参照)を同時にやっていくと、Eケースであれば1.52倍、ケースGであれば1.91倍になるということを示されています。
だから、現在の給付水準よりも高くなるというような絵柄を可視化して、将来はオプション試算を反映した未来しか存在しないように、改革を進めていこう、みんなで改革のためのエネルギーを結集しようということが大切なんです。

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し―平成21年財政検証結果―」(平成21年2月23日)

 

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し―平成26年財政検証結果―」(平成26年6月3日)

 

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し―オプション試算結果―」(平成26年6月3日)

 

注)平成26年財政検証のオプション試算の結果を踏まえ、3つのオプションに共通部分がないと看做し、3つのオプションをすべて実施した場合の改善効果を各オプションの改善効果を単純に掛け算することにより求めた。
出所:小野正昭「将来に向けて検討すべき課題の整理」、日本年金学会誌 第36巻、(2017年4月)

間違いを指摘するだけの仕事はむなしい、しかし、いまは年金はやりがいのある仕事

権丈:この前、あるところで、「権丈さんは、以前は年金制度に関わることは嫌いだと言っていましたが、いまはどうなんですか」という質問を受けました。以前は、年金では、間違えている人に間違えているよという仕事ばかりで、そういう仕事は実にむなしいんですよね。しかし、社会保障制度改革国民会議の報告書が出されて以降は、将来の給付水準を上げるためにこの改革案を理解してもらって政治的障壁を乗り越えて行き、実現していきましょうという前向きな仕事に変わるわけです。そこで、年金の世界が、すこしおもしろい仕事になってきた感じですね。
平成26年財政検証結果が同年6月3日に公表されます。その年10月の日本年金学会では財政検証がテーマでした。そのときの様子を雑誌で見ると、坂本さんが一人、スプレッドの重要性を説明されていましたが、学会全体の雰囲気はマクロ経済スライドによりこんなに給付が下がるということばかりに関心があるみたいで、オプション試算の重要性は議論されていなかった。こりゃダメだと思って、僕は翌年、皆さんの日本年金学会に入会させてもらいました(笑)。A4で1枚、年金学会に入る理由とあったので、「時々仕事で年金と関わるから」と書いたのですけど、ありがとうございます、落とされずに入会させていただきました(笑)。
財政検証は投影(プロジェクション)であるということの意味がある程度理解されるようになってきたことにより、将来の事態を改善するためにはどうすればいいかという作戦を考え、そしていろいろな立場にある人を説得していき、将来、いまの若い世代から大量の貧困層が発生しないよう、防貧機能をしっかりと備えた年金制度をどう築き上げていくかということがいまの課題です。
その意味で、平成28年年金改革では、オプションⅠ(マクロ経済スライドの仕組みの見直し)に対して完全とは言えないまでも改革が行われました。次の年金改革では、オプションⅡ(被用者保険の更なる適用拡大)、オプションⅢ(保険料拠出期間と受給開始年齢の選択制)が山場になるでしょう。

権丈氏。

小野:そうですね。財政検証というのは、経済前提を立てますが、いまのこの制度がこの制度のまま運営していったら将来はこうなりますよという結果をシナリオごとに作って見せるだけのことです。先ほどもお話ししましたが、いまの財政フレームというのは保険料水準固定方式なので、結局、財政がどうなるかということではなく、分配をどうするかということになってくるわけです。そこをいじるという話を、オプション試算ではやっているわけです。そちらに議論の焦点をもっていかなければいけないのだと思います。

編集部:財政検証は投影ですから、いくつかの経済前提に基づいて、こうなるよということを示し、では何をすべきかを考えるということですね。

権丈:財政検証が投影であるということと、平成16年の年金改革を正確に世の中に伝えるという仕事も相当に重要になりました。いま、小野さんが言ったように、年金問題とは、世代間の分配の問題、世代内の分配の問題なんだということを説いていかなければなりません。いまの受給世代には、孫、ひ孫さんたちが、将来、貧困に陥ることのないように協力してくださいと訴え続けていかなければいけません。筋の通った制度は説得力をもっているわけですから、みんな自信をもってやらないと。
適用拡大については、世界でも良質と見なされている日本人の労働力をそこまで安く使わないでください、それこそ日本の生産性、日本全体の豊かさに対して悪影響を与えますということを、雇用主、経営者たちに訴え続けていかなければなりません。僕は年金部会で、「適用拡大は絶対正義である」と言ったわけですけど、なぜ適用拡大は絶対正義なのかを説明する際には、次のようなレーン=メイドナー・モデルを使っています。

 

出所:Hedborg, A., R. Meidner, Folkhemsmodellen, Raben & Sjogren, 1984を元に権丈氏作成。
注:レーン=メイドナー・モデルは、1951年にLO(全国労働組合連合)の方針として採択。1950年代から1970年代にかけて、社民党政権下でのスウェーデン・モデルの中核を成す。

権丈:いま、年金局が「働き方の多様化を踏まえた社会保険の対応に関する懇談会」を開いていまして、そこに参加している自治体は、「結果的に医療や介護が必要になったときに生活保護に移っていく高齢者もふえてきている状況」であり、そうしたことを考えると適用拡大には賛成と論じています。適用拡大は、そういう話なんですね。適用拡大に反対する経営者たちを大目に見ていたら、結局は将来、みんなで生活保護という形で負担することになる。それは4分の1を負担する自治体から見ればたまったものではないし、もちろん国も同様です。

編集部:さて、2月21日の第9回経済前提専門委員会で、小野さんがご発言されていますが、玉木さんも同じようなことを発言されていました。投影ということを認識しながら、経済前提のあり方を考えましょうとおっしゃっていたわけですよね。

小野:そうです。

権丈:平成21年財政検証のとき、当時の経済前提専門委員会で僕はその言葉を使い始めたんですが、平成26年財政検証当時、年金局数理課長であった山崎伸彦さんが、経済前提専門委員会に引っ張り出してくれたんです。かなり長期を視野に入れた財政検証はforecast(予測)とは違うんだということは重要な観点なのですけど、そのことを理解することは人間の認知能力としてはむずかしいようで――将来の社会保障費を対GDP比ではわからないから名目値で報道したがるのと同じように――財政検証の結果を予測として理解したがるバイアスがどうしてもかかってしまう。年金をはじめとした社会保障の仕事は、人間の認知バイアスとの戦いで、無限に続くんでしょうね。

小野:第9回の専門委員会では、TFP(全要素生産性)が高齢化に伴って低下するというような論文がいくつか出ているという話があって、わたしの印象からすると、どちらかと言うとTFPの将来の値をあてにいくみたいな、そんな議論になりかかったかなあと思っていました。やはりそうではなくて、過去を踏まえたうえで、なぜ5年ごとに財政検証をやるかと言ったら、それは過去の実績を踏まえて客観的に見て改定すべき数値は改定して、漸進的にやっていくのが財政検証だということを申し上げたつもりでした。不確実な世界に人間が対処するためには漸進的な運営を行うしかないと考えています。

権丈:僕は物心ついた頃から、将来は不確実であって、リスク分布が事前にわかっている世界ではないと考えていたようで、昔々にそうした不確実な将来に対して、制度はどのように対応していけばよいのだろうと、ボールディングという経済学の変なおじさんや、パーソンズのような社会学者の本を見たりしていました。そこでホメオスタット機構という考え方に行き着くんですね。生物が生命を維持するために、環境変化に合わせて自ら姿を変えていく。防貧機能という制度の生命を維持するために年金は環境変化のなかでその姿を柔軟に変えていく。そしてときには、自らの生命を守り維持するために働き方や子育て支援政策にシグナルを送る。それが財政検証なんだと、2004年に出した本に書いていますね。

 『年金改革と積極的社会保障政策――再分配政策の政治経済学Ⅱ』

坂本:第9回の経済前提専門委員会が開かれた朝の日経新聞の朝刊に社説が出ていましたが、ひどいものでした。楽観的な数字を置いているという書き方で、そこには経済前提を「あてにいく」という認識が一つベースにあり、もう一つは賃金上昇率を上回る実質的な運用利回りであるスプレッドが重要なのだという視点がまったく欠落しているんですよ。

権丈:財政検証と言えば、積立金に焦点をあてた議論をすること、名目運用利回りで議論すること事態が、人間の認知バイアスなんでしょうね。
積立金を向こう100年くらい考えていくと、年金給付に対する寄与率が1割を切るんですね。それを僕が指摘して、そのくらいの話なんだから、運用利回りに一所懸命時間をかけるのはどうかと思うと言ったら、小野さんが、しかもその1割弱のなかには積立金の取り崩しも入っていると言ってくれましたね。

小野:そうですね。スプレッドは運用収益の話ですし、給付原資のうち積立金が支える9%には元本の取り崩しも含まれていると思われますので、収益となるともっと寄与度が低くなると考えました。

権丈:そういうピント外れの論点でエネルギーのムダ遣いをするよりも、世代間分配に関わるマクロ経済スライドの見直しや世代内分配に関わる適用拡大というきわめて重要な議論にエネルギーを使った方が建設的なんですけどね。

編集部:そうすると、経済専門委員会の仕事というのは、スプレッドを何ケースか設定して、それに相関性がある経済変数を設定していくことが仕事ということになるんでしょうか。

権丈:だよね。前回の平成26年財政検証から、名目運用利回りは出さないで、スプレッドを議論しているよね。でも、そうしている理由が、まだまだ世の中には伝わっていないですね。

坂本:先ほどの社説ですが、マクロ経済スライドが発動されるようにするために、名目値で高めの経済前提を置いて見せかけの安心を演出していると書いていましたが、そもそもデフレ下でも孫、ひ孫のためにマクロ経済スライドを発動することにする提案を行っていますし、経済前提も一定の周期で上下するケースを設定してこのオプション試算をやろうとしているわけですから、この批判はあたらないと思います。平成26年財政検証でも一定の周期で経済前提が上下するオプション試算を示していましたよね。

居酒屋ねんきん談義がピアレビューをピアレビューする

権丈:先ほど、ピアレビューの話をしていたので、ピアレビューの中身について、お二人のご意見をお聞きしたいと思います。資料2-3「第78回社会保障審議会年金数理部会(2018年11月30日)における議論について」では、ピアレビューについてもさまざまな意見が掲載されています。

編集部:つまり、厚生労働省の財政検証を検証した年金数理部会の検証であるピアレビューを居酒屋ねんきん談義が検証、ピアレビューするということですね。

企画タイトルとは裏腹に、真剣にご議論するお三方。

坂本:カナダの財政再計算レポートを公募で選ばれたアクチュアリーがレビューして、それをさらにイギリスの政府アクチュアリー院がレビューしていますが、この居酒屋ねんきん談義がイギリスの政府アクチュアリー院の役割を演じようというわけですね(笑)。

権丈:資料2-3のなかに「第78回社会保障審議会年金数理部会(2018年11月30日)における主な意見①」とあり、「1.将来シミュレーションのあり方についての意見」のところでは、「1.1 前提条件の設定のあり方に関する意見」として、A「財政検証のように、検証に主眼が置かれる場合には、計画や目標と整合的というよりは、より現実的実現性が高いと考えられるものを設定すべき」、そして、「超長期のシミュレーションの前提条件については、全体としてリスクと不確実性をどのように織り込むのかに留意することが重要。現実的には最良推定(ベストエスティメート)とリスク・不確実性を区分けすることは難しいが、前提条件全体の組み合わせとして一定程度のリスクと不確実性が織り込まれていることが必要」との意見があります。
そして、B「エコノミストは身にしみてわかると思うが、基本的に未来は予測不可能だという立場が重要」。ここがねえ、どうも、世の中はそう思わないんですよ。続けますと、「将来推計人口も経済前提も予測や予想ではなく、投影(プロジェクション)である。国際アクチュアリー会の実務基準(ISAP2)に『推計期間を考慮して前提を設定する』とあったが、約100年のシミュレーションを行う意味を考えることが重要。例えば賃金上昇率について、近年、賃金上昇が鈍い背景には、労働分配率の低下や非正規雇用の増加、労働時間の短縮、事業主の社会負担の増加等々があるが、この傾向がこの方向で100年間継続するような設定は妥当ではなく、一定の水準に収れんすると考えることが合理的。このような考え方の中で中立的ということを議論すべき」。
そして3つ目にC「財政検証の前提条件について、国際アクチュアリー会の実務基準(ISAP2)では中立的な前提条件を置くべきとされている。一方、日本では政府の経済見通しは成長戦略の中で議論され、全要素生産性の向上やその前提に基づく成長率などは目標としての色彩が濃く、楽観的なバイアスがかかりがちとなる。財政検証の前提は過度に楽観的でもなく悲観的でもない、現実的なものとすべき」とあります。
これらのピアレビューはどうでしょうか。まず、経済前提の設定のあり方についてどのような意見がございますか。

小野:先に申し上げましたとおり、わたしは平成26年財政検証のピアレビューをつくった当時は年金数理部会の委員ではありませんでした。この資料は、平成30年11月30日の(かつて「セミナー形式」と言われていたことがある)年金数理部会の議論の抜粋ですが、年金数理部会の委員もだいぶ入れ替わりまして、このときが新体制になってから最初の部会でした。そういうわけで、新任委員の立場から申し上げると、年金数理部会の委員の皆さんがおっしゃっているのは、そのバックグラウンドを考えると、ある程度はうなずけます。冒頭に申し上げましたとおり、近年の国際アクチュアリー会の議論を踏まえますと、ERM(Enterprise Risk Management)といったリスク管理に力点が置かれ、特別な資格ができたという動きもあります。そういう目で保険会社のリスク管理とか、会社の経営とかを考えると、こういうご発言になると思います。保険会社も金融資本市場のなかで経営しているのですから当然です。しかし、それはあくまで保険会社個社の話であって、それを国全体の制度運営にまで広げるということに関しては、果たしてどうかという気はします。そうしたことから、それを受けた形で、Bの発言があったわけです。というか、こんなことを言うとBが誰だかわかってしまいますね。

店主の権丈氏の鋭いツッコミにも冷静に応える小野氏。

権丈:内閣府の中長期試算は10年先までしかやっていませんが、財政検証は100年のシミュレーションだということを考えていくと、そんなに影響は出てこないんでしょうが、先ほどの小野さんが言っていたこともそうですね。
次の「1.1 前提条件の設定のあり方に関する意見」(続き)ですが、D「経済前提やさまざまな前提について、年金数理部会としては、過度に楽観的な数字が使われていないか、大事な変化を見落としていないかを慎重にチェックすることが大事」とあります。「過度に楽観的な数字」というのを、名目値で論じていたとしたら間違えていることになりますね。
それから、E「シミュレーションを意思決定のためのツールと考えたときに、複数のシナリオでやらないとそのリスクがわからない。……経済の前提条件あるいは人口の前提条件の中でできることとできないことを客観的に見ないといけない」。まあ、そうでしょうけどね。
そして、F「国民の社会保障に対する不安感は、前回の財政検証のシナリオHよりももっと悪い状況を想定しているのではないか。内閣府の中長期試算よりももう一段低いシナリオも考えてはどうか。……年金の専門家ではない国民から見れば、悪くてもこれぐらいはもらえるのだという安心感につながる」と言っています。
僕はスウェーデンの年金財政報告書にあるオレンジレポートみたいなものを出せばいいと思っています。たとえば1940年生まれの人は65歳で受給し始めると給付水準はこのくらいですよ、1980年生まれのその息子さんの世代になってくると、同じ水準だったら、いくつから受給し始めればいいですよというように、マクロ経済スライドで給付水準が下がるけど、けし粒のように小さくなってしまうことはないんだよということを、どこかで示していったほうがいいでしょうね。

小野:そうですね。つまり、わたしはFではないということも含めて(笑)。

権丈:いまの「そうですね」はこの談義の発言として入れておいてください。僕だけがFの意見に文句を言っているわけではないですからね(笑)。

小野:Dについては、権丈さんが引用した部分(「経済前提やさまざまな前提について、年金数理部会としては、過度に楽観的な数字が使われていないか、大事な変化を見落としていないかを慎重にチェックすることが大事」)の後に、こうあるんです。「男性の壮年期の労働力率が30年にわたって連続的に全ての世代で下がっている。正社員の中核になるであろう部分の労働力率が落ちて、厚生年金の納付者ではなくなる危険性があるということも軽視せず、100年ということですからしっかり見落とさないように見ておかなければいけないというのが数理部会の役割」と、つまり、以前の経済前提の専門委員会の資料では男性の労働力率が気持ち下がっているんですよね。そのことを指摘されたようですね。

権丈:男性の壮年期って、いくつぐらいになるわけですか。

小野:30から55歳でしたよね、気持ち下がっていました。

権丈:気持ちですよね。このあたりのところは。どうなんだろう、ここは就職氷河期みたいなところの影響が出てくるのかな。

小野:かもしれないですね。しかし、労働力需給推計は、過去の実績を踏まえて将来を推計していますので、足元の実績は反映されていると思います。それに、今回は、内閣府の中長期試算に採用されていない「経済成長と労働参加が進まないケース」も組み込むことになっていますので、足元の水準のままの前提も含まれています。従いまして、このあたりもTFPの議論と同様、「あてにいく議論」のような気がします。

権丈:そのあたりは、就職氷河期の影響があるかもしれず、以前の「居酒屋ねんきん談義」で僕がこう言っています。
「この次の制度改革で間に合えば、就職氷河期を経験した彼らが65歳になるまで厚生年金に加入していくと、実は基礎年金の額を加えれば、東京都区部での高齢単身世帯の生活扶助基準額の8万円強の額を超えることができる。だから、次の制度改正で適用拡大が実現されれば、ぎりぎりのラインを確保できることになる」

 *居酒屋ねんきん談義「第4夜 第4回年金部会「被用者保険の適用拡大」、第5・6回「雇用の変容と年金」の議論を巡って その1」

権丈:次に、資料2-3の「1.シミュレーションのあり方についての意見」に戻りますが、G「前回の財政検証のような複数のシナリオを用いるというのが現実的な対応である。検証という目的からすると、足元についてもより実現性の高い複数のシナリオを設定することが考えられる」と発言されています。
H「制度運営に関する国側の裁量を疑われないよう、複数のシナリオに濃淡をつけずに並列的に示されているし、そのことが重要」。これはきわめて重要な意見なのですが。
I「並列的に並べることによって、例えば給付水準調整の終了年度の決定が見えにくくなる問題も出てきている」。それはそうだと思います。では、どうすればいいか。50%を切るときの制度設計で動かすのは次の5年ということですから。

小野:それはそうですね、権丈さんのご指摘のとおりで、別に何十年先のいつ終わるかということを議論しているわけではなくて、見直し議論というのは財政検証結果による将来の姿を踏まえて、次回の財政検証までのスパンでやるわけですからね。

権丈:J「データの精度や信頼性について何らかの形でさらなる検証が必要。また各制度の担当者が少ない中で、制度間で横串を刺すということも含めて、このあたりの体制強化が必要」。これはどういう意図で言われているんですかねえ。

小野:日本年金機構や各実施機関が適正なデータを出すことがそもそも財政検証の基礎になるということですよね。それはそのとおりだと思います。

権丈:「制度間で横串を刺す」とありますが、これはどうやって年金数理部会でやっていくのですか。あるいは年金部会でしょうか。

小野:結果的に年金数理部会で、それを検証することはできません。年金数理部会の委員として言えることは、各実施機関が出してきたデータを信頼して評価していますと、それ以上のことは言えませんが、将来的にはデータガバナンスというのも重要な論点になってくると思います。年金数理部会の議論に参加して思うのは、各実施機関が把握しているデータに関して相互の連携がないと制度の実態が見えてこないという課題もあると思います。いま議論しているのですが、給付に関して、各共済が把握しているデータはその共済における期間に対応するもののみで、たとえば、その受給者の基礎年金との対応関係がよく見えません。こうしたことも「横串」の一つだと思いますし、それが実現できればデータの信頼性も一段と高まるのではないかと思います。

権丈:次の「確率論的シミュレーションに関する意見」はおもしろいところなんですが、L「確率論的シミュレーションは、実施するにはまだまだ課題が多い」
M「確率論的シミュレーションのよいところは、複数の変数が相関を持って動くことを表現しやすい点。……確率論的なものの見方に一般の方がなれていないというところも課題」
N「ケースA~Hに8つのシナリオについての意味づけのようなものをするときに、補助的に1,000通りか1万通りかランダム発生させた確率論的シナリオの中で、それぞれA~Hがどれぐらいのところに入っているかを目安として出すような使い方はある」
O「万能ではなく限界があるのも事実だが、……一概に否定されるというものでもない……専門家に近い方には多くの示唆を与えてくれる…今後の課題としてはずっと認識をしておくことが重要」
これらに関しては、坂本さんのレビューに関してのご意見ですが、坂本さんいかがでしょうか。

坂本:国際アクチュアリー会の社会保障委員会では確率論的シミュレーションに関して議論はしたんですが、そこではこれが中心的な提示にはならないだろうと、まだまだ理論的な議論の段階にとどまっていて、それが現実からはまだかなり遠いところにあるのではないかという認識が強かったですね。だから、これを見る価値はあるんだけど、あくまでも試験的な試みであって、この報告でこれだけを提示するというものではありません。あくまで参考資料として出すということだと思います。アメリカとカナダがこれを出しているんですが、あくまで参考資料なのです。
確率分布を用いている推計というと、なんか、学問的に高度なことをやっているような表現になっているんですが、すべて正規分布だと仮定していて、現実には正規分布ではないことがいっぱいあります。中心極限定理というのがありますが、誤差をとればすべて正規分布になると、自然科学ではそうかもしれないけど、社会科学ではよくわかりません。

小野:坂本さんはいまかなり抑えてご発言されていましたが、国際アクチュアリー会の社会保障委員会の議論では確率論的なシミュレーションをしたい人たちが結構いらっしゃいました。

坂本:ええ、でも報告書はかなりネガティブになったでしょ。確率論的シミュレーションをやることは肯定され、その内容を深めることが大事だが、これが通常の決定論的シミュレーションより高度なものと考えるのは行き過ぎているという結論でした。あれは社会保障をやっていない人が来ていたんですよ。そうするとだいたいやりたがるんです。企業年金と同じような感覚なんですね。公的年金の場合、企業年金よりはきわめて多くの人口前提、経済前提を用います。それをすべて整合的な確率変数にするというのは、大胆な仮定を入れるしかないでしょうね。それからマルコフ性ですね、前に起こった事象というものが、次に影響しないという前提に立っていますが、これおそらく、すごく影響しますよ。だから、すごく現実とはかけ離れていきますから、まだまだ、中心的な議論にはできないと思います。

いつも誠実に、にこやかに受け応える坂本氏(左)

編集部:素人考えで言わせていただければ、「確率」とか「確率論」、「正規分布」という用語自体が「予測」という行為にはなじむというか、同じ議論の地平で交わされる概念のような感覚をもちますが、「投影」となると、一対一対応のような感覚で、「確率」とか「正規分布」というような概念とは無関係のような感覚をもちます。したがって、財政検証の議論に「確率論」を持ち込もうとすること自体、財政検証において「予測」という役割を頭から拭い去れていないのではないかと疑ってしまいます。

小野:そのとおりだと思います。確率論的シミュレーションは年金部会でも資料2-4の中で年金数理部会の意見として取り上げられていました。しかし、わたしはこれがよくわからない。将来の事象に対して確率モデルを設定するということは、結果の散らばり具合とともに、その設定した確率モデルに基づく期待値(平均値)とか、最頻値とか、中位数とかいうものを示すことになりますね。そうすると、政策決定者も世間も、それらの中心値しか見なくなり、結局、財政検証は「予測」と受け取られてしまうように思います。確率モデルというのは将来起こり得る事象を定義するということですから、逆に言えば、それ以外の事象の発生は無視することになりかねません。将来は不確実という立場からすると、そのことも気がかりです。坂本さんの年金数理部会でのご説明でも、「確率分布を用いた推計」は国際アクチュアリー会の実務基準であるISAP 2の事項ではなく、中心的存在ではないと指摘されていますが、このあたりの指摘も踏まえるべきと思います。

坂本:編集部から「財政検証の議論に「確率論」を持ち込もうとすること自体、財政検証において「予測」という役割を頭から拭い去れていないのではないかと疑ってしまいます」との発言がありましたが、そこは、混同されている人もいるかもしれませんが、投影のときにどの程度の濃淡でその結果が表れるかという議論になりますので、確率論的シミュレーションも投影の仲間であることは言えるかと思います。ただ、インプリケーションとしては、いまおっしゃったような感覚を誘発する可能性はありますね。

権丈:ここはもう一つの見方として、出口委員の発言が重要だと思うんですね。出口委員が第2回年金部会で、僕の発言を受けた形で、こう発言されているんですね。
「権丈委員が全て言われたと思うのですけれども、予測ではないので、今、経済前提等いろいろ議論されていると思うのですが、この前の審議会等で伺った限りでは、諸外国でこんなに細かい経済前提を設定している国はないという御指摘があったわけですから、プロジェクションであれば大体の枠さえわかればいいわけですから、ぜひ今回の財政検証に当たっては、諸外国と同じレベルの経済前提で私は十分だと思います。逆に言えば、前回に比べて何でこんなに経済前提が簡単になったのですか、それは予測ではなくプロジェクションだからですという説明にも使えると思いますので、ぜひ世界標準の経済前提をつくっていただきたい」
そこで、出口委員が、「権丈委員が全て言われた」とあるのは、財政検証はプロジェクションだからという話をしたことを指しています。そこで、予測という意味での経済学がこれまでどれだけ成功してきたかというと、結構残念な歴史でもあるわけです。これほんとうにおもしろいと思うのは1960年頃には、将来はコンピュータが発展して、データも集まれば、予測ということができるものとみんな信じていた。ところがコンピュータは発展し、データも集まるようになったのに、予測はできないことが逆にわかってくるわけです。ウィリアム・シャーデンの『予測ビジネスで儲ける人びと』とかは、このあたりをけっこうハードに調査して書いているおもしろい本ですよ。1999年ですから、もう、古典の部類ですね。

坂本:この点につきましては、平成11年財政再計算までは諸外国と同じ過去の経験データを集めて前提を置いていたのですが、そこで発せられた疑問がありました。この経済前提というのは人口前提において人口が減るということと整合的なのかという問いです。そこから、人口減少下における物価、賃金、金利の動向をどのように考えたらよいかという複雑な議論になっていくのです。

権丈:そのあたり、とても興味深いところで、そうした問いを出されたのは、たしか年金審議会にいらっしゃった経済企画庁出身の吉富勝先生だと伺ったことがあります。そういう議論の中から、減少していく労働力Lを外生変数として扱うことのできるコブダグラス型生産関数が使われるようになっていった。
あの生産関数は、一見、算出Yと労働力Lの因果を言っているように見えるのですけど、実態は、伸縮自在な全要素生産性を媒介項として、左辺の算出Yと、右辺の資本K、労働Lの恒等的関係を示しているもの。財政検証で使われている成長会計は新古典派モデルに依拠するんですけど、それを考えたのはケインジアンのソロー。ケインズの考え方はああいう試算にはなじまないから、ソローも供給サイドに特化した新古典派モデルを使ったわけです。そして成長会計の最もと言っていいくらいにおもしろいところは、成長に対する労働力の寄与率を計算すると、それがものすごく小さいことを示したことですね。ほとんどの人たちが、えっ、成長に対する労働力の寄与ってそんなに小さいのっ!?となります。
経済前提専門委員会には吉川洋先生も委員として参加されているのですけど、吉川先生の成長モデルにはLが入ってない。ポアソン過程でイノベーションが起こり、それが需要を創出し、その需要が成長を牽引するモデルです。そして過去に起こってきた歴史上の出来事への説明力は、吉川先生の「青木―吉川成長モデル」は実に高いと思います。でも、経済前提専門委員会では、吉川先生も僕も、まぁ、こういうコブダグラス型生産関数を使うしかないだろうと発言したり、考えたりしているんですよね。直近では全要素生産性は0.3にまで下がっているけど、この間、就業率の高まりがあり、Lは想定外に増えている。これをどのように解釈するかについては、なかなかむずかしいものがあります。
だいたい、平成18年頃、経済前提専門委員会に入ってほしいと言われたときに、「予測はできませんと言っている僕は委員に向かないのと思うなぁ」と言いましたら、「長期試算とは何なのか、その際の経済前提とは何なのかについて議論するのも専門委員会の役割でして」と言われて引き受けました。だって古代の昔から将来予測に対する強い需要があるのはわかりますけど、占い師のまね事はしたくないですからね。
平成21年財政検証で、年金制度をとりまく本当の不確実性、uncertaintyが可視化されるわけだけど、それに答えていくのが社会保障制度改革国民会議で、この報告書の「課題の検討に資するような検証作業を行い、その結果を踏まえて遅滞なくその後の制度改正につなげていくべき」で、PDCAサイクルのCからAがつなげられ、PDCAサイクルが完成します。

編集部:考え方としては、保険料を固定し、マクロ経済スライドを導入したことで、制度改正をしなくても、年金財政のバランスをとっていくことができると考えたかどうかわかりませんが、結果的に財政検証と制度改正を同時にやるという考え方が締め出されてしまったのではないかと思います。

権丈:一瞬、制度改正しなくて済むと思った人が大勢出てきたんじゃないかな。平成16年当時は、多くの人がこんなにデフレが続いて、例外規定として設けた名目下限がずっと影響を与えるとは思っていなかったと思います。しかし現実には、Uncertaintyな未来に年金制度が直面したことを第1回目の財政検証である平成21年に痛感した。


出所:権丈(2017)『ちょっと気になる社会保障 増補版』200頁

権丈:それはそれでいいプロセスだと思うんですよね。とにかくいい制度をつくろうということに対して前向きな人たちが前向きに活動できるように、いまはなっている。年金論議への参加者も、かつてのようなネガティブに足を引っ張るネクラな年金学者ばかりではなく、FPや社会保険労務士の前向きなネアカな人たちに変わってきました。月日というのは大きいです。

坂本:平成16年改正までは5年に一度の財政再計算のたびに、制度の見直しを行いつつ社会経済の環境変化に制度を適応させてきました。これは非常にいい優れた慣行で、財政検証に代わってからもこの慣行は続けてほしいと祈っていました。その後もこの慣行は続いていますので、ほっとしています。将来もぜひ続けてほしいと思います。そうでないと、アメリカのように毎年財政報告書は公表されるのですが、制度改正には手をつけない状態が続いてしまうことになります。

権丈:さて、資料2-3の7頁にある「財政検証における情報提供のあり方に関する意見」ですが、R「特定のモデル世帯を使わないと、途中で尺度が変化してしまったら評価のしようがないので、それはある程度しようがない。……年金水準の将来見通しがモデル世帯だけでなく、自分に近い世帯でどうなっていくのか国民にきちんと見せて、自助に向けての準備をしてもらわなければいけない」。
T「モデル年金、すなわち専業主婦世帯で代替率5割を切らないという言葉では、一般の方にはわかりにくい。……公的年金の年金額の分布、世帯特性別の水準といった情報の提供を考えるべき。個々人の方の生活にもう少し近づけて情報を提供することは意味がある。前回のピアレビューにも年金額の分布を提供する旨が書いてあったが私も同感。……日本の1号、2号、3号とわかれた制度のお膳立ての中で、労働市場の変化を見ると、低い賃金のシングルや共働きには結構厳しい給付制度であることは明確。年金給付の分布がどのように変化する方向に向かっているかという視点で、しっかり考える必要がある。その上で、今後の方向性を財政検証とオプションの形で示せれば良い」。
とありますが、このあたりはいかがでしょうか。

坂本:年金局数理課が作成する数理レポートにはRの要求を全部満たしているかどうかは別なんですが、ある程度示しています。世帯の所得水準に対する所得代替率がどのくらいかというのは数理レポートのなかに出ていますので、それで推測するというのが一つあると思うんです。

小野:年金数理部会ないし年金数理部会の財政状況報告書にどの程度のものを期待するかという問題になるかと思います。たとえば、年金受給者の年金額別の分布を出してほしいという話があるわけですが、それは年金数理部会がやることなのか、事業報告で公表すべきものなのか、という議論はあり得ると思います。第7回年金部会で年金課長がおっしゃっていたのを聞いて、情報提供のあり方というのをすべて年金数理部会が引き受けるということではなく、いろいろなチャネルがあるので、そのなかで適正というか、その場に対応した情報提供をしていけばいいというような整理のしかたがいいと思って聞いていました。女性とか、シングルマザーとか非正規といった人たちの生活に焦点を当てるのは重要です。それはそのとおりですが、それが年金数理部会のミッションなのかなと言うと、すこし疑問に思って聞いていました。

坂本:その点については、年金数理部会はサジェスションする役割を果たしてもいいのかなという気はするんですけどね。つまり、いま実施機関と厚生年金とで分かれてデータを持っていて、それがうまく名寄せができない。それで1世帯当たりの年金額の分布が出て来ないということがあるのですが、それをワンストップサービスとか言っているのだから、名寄せをするようなデータの取り方をして、たとえば日本年金機構がそういうデータを示すべきではないかというような意見は年金数理部会が言ってもいいのではないかと思いますね。他方では国民生活基礎調査がありますが、正確性や偏りのことを考えますと、マスターデータからこのようなデータが出てくると、より実態把握が進みますね。

権丈:モデル世帯というものを平成16年の年金改革の際、この特徴をもつ世帯が65歳に受給し始めたときに50%の給付水準をというふうに定点観測の基準に決めたんですよね。これをモデル世帯と名前を付けているからみんなが勘違いする。

坂本:ええ、これはある意味、価格表みたいなものなのですから。

権丈:だから、モデル世帯という名前を変えるくらいはいいのではないかと思う。しかし、単身世帯、専業主婦がいる世帯がどうのこうのというけれども、この国の年金というのは世帯の中の1人当たりの賃金水準が同じであれば、共働きでも専業主婦世帯でも、単身などのどの世帯類型でも給付は同じという制度設計をしているんですね。その後は、2009年に年金局が作っていた次の表を利用してくださいと言えばいいのではないですかねぇ。

*試算における共働き世帯は専業主婦世帯の1.62倍の家計所得が想定されている。
*世帯合計、世帯1人当たり年金額はアップ。
出所:権丈(2015)『年金、民主主義、経済学』97頁

坂本:そうなんですね。

権丈:たとえば所得600万円の専業主婦世帯と、300万円と300万円の共働き世帯は同額の保険料を払って、同額の年金額を受給するんですよね。

坂本:そうです。同じ保険料を出して、同じ給付を受けます。遺族年金を含めると複雑になりますが、メインの老齢年金だけを考えると同じになります。

権丈:2009年に年金局が作ったこの表では、共働き女性の賃金を男性の0.62倍としていますけど、これって、同じ共働き世帯の中でもいろいろなバリエーションがあるので、そのあたりのところも考えなければならなくなります。そうした議論をする時間があるなら、僕としては、65歳を基準年齢としてモデル世帯の給付水準が所得代替率50%を判断するのはおかしい、みんなが繰下げ受給を選択するようになったら、平均受給開始年齢を基準年齢にすべきだぁというようなことにエネルギーを使いたいと思うんですけどね。

小野:どうしても財政検証における情報提供のあり方の意見ということでは、なかなか発言できないのですが、年金数理部会のミッションとして、今度、財政状況の報告書が出ますが、たしかに本文はすごく分厚い。その冒頭に要旨というのがありますが、その要旨ですらおそらく一般の方々には理解することはむずかしいと思うのです。そうしますと、年金数理部会としては財政状況報告書が公表されたときに、財政状況報告書のなかで年金数理部会として言いたいことを2枚くらいのパワポ資料を別途作って公表するということを議論していただけないか、事務局に相談しています(後日談:この件は、3月28日に公表された「公的年金財政状況報告書―平成29年度―」において、別途「報告の概要」というスライドにより、報告書の要点を可視化していただきました。スライドは実質36枚ですが、作っていただいてよかったと思っています。)

坂本:いいですね。

権丈:さすが日本年金学会代表幹事、おっしゃることが違いますねぇ。

小野:「代表幹事」は勘弁してください(^^;)ヾ。先ほどの分配の話もそうですが、平成16年改正でパラダイムシフトがあったわけですが、年金数理部会の報告書は、いままでそれに対応した分析には踏み込んでいないし、それに対するコメントもされていないという印象をもっていました。定量的な分析はなかなかむずかしいものがありますが、分配の問題にシフトしたということを踏まえて、そこも含めて年金数理部会としては継続的にウオッチしていきたいということくらいは書いたらいかがでしょうかと言っています。

権丈:僕は、パラダイムシフトは社会科学ではなかなか起こらないというような文章を書いているなかで、恥ずかしながら人生一回だけ、平成16年年金改革に関してだけ、パラダイムシフトって使ったことがあるんですよ。パラダイムシフトというのは、それまでのパラダイムで生きていた人たちの専門的知見が役に立たなくなるくらいの衝撃があってのものなんですね。その意味では日本の年金では平成16年にパラダイムシフトが起こったと言っているんです。保険料固定方式ということのそこから先はもういままでの議論とはまったく違うものになってしまいました。

編集部:さて、お時間となりました。場所をほんとうの居酒屋に移して、談義の続きをお願いしたいと思います。

権丈:もうタイムアップですか。これから、経済前提の話に入らなければいけないのに。経済前提のところでは、質的・量的緩和と経済前提はどう整合性をもたせていくか、また、1月に出た内閣府の「中長期の経済財政に関する試算」等々とどう整合性をもたせていくのか、というような議論はやっておかなければいけません。その辺の話をほんとうの居酒屋に場所を移して続けましょう。

編集部:というわけで、談義は「その2」に続きます。

その1のご談義を終え、その2の会場の居酒屋に向かうお三方。
年金時代