年金時代

第5夜 第7回年金部会「今後の財政検証の進め方について」の議論を巡って その2

「居酒屋ねんきん談義 第5夜 その2」は、その1のご談義終了後、Web年金時代編集部がある社会保険研究所の会議室から、ほんとうの居酒屋に場所を移して、引き続き、第7回社会保障審議会年金部会(1月30日開催)で議題となった「今後の財政検証の進め方について」を巡って、談義を交わしていただきました。移動に要した時間は15分程度でしたが、ウェブでの公開には、読者の皆さまをだいぶお待たせすることになってしまいました。お詫び申し上げます。【編集部】

店主:権丈善一(けんじょう・よしかず)慶應義塾大学商学部教授。社会保障審議会年金部会委員、同部会年金財政における経済前提に関する専門委員会委員なども務める。

常連客:坂本純一(さかもと・じゅんいち)JSアクチュアリー事務所代表。厚生労働省年金局数理課長として2004年(平成16年)年金制度改正を担当する。

来店客:小野正昭(おの・まさあき)みずほ信託銀行フィデューシャリーマネジメント部主席年金研究員。社会保障審議会年金部会委員、同部会年金財政における経済前提に関する専門委員会委員なども務める。

店員:年金時代編集部

 

「保守的」っていう言葉の使い方が気になるんだよね

編集部:さて、場所をほんとうの居酒屋に移してのねんきん談義(第5夜その2)ですが、「第5夜その1」の最後で、権丈さんが発言されていますが、財政検証の経済前提は①質的・量的金融緩和(QQE:Quantitative-Qualitative Easing)②内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2019年1月30日公表、以下「内閣府試算」と略)――等々とどう整合性をもたせていくのか、ということについて、ご談義を進めていただければと思います

「居酒屋ねんきん談義 第5夜」は2019年2月26日に開催しましたが、その後、社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員会は第8回年金部会(3月13日)に資料2「年金財政における経済前提について(検討結果の報告)」(https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000487879.pdf)を提出しています。併せてご覧いただければ、幸いです。【編集部】

権丈:経済前提専門委員会での議論を聞いていて、気になっているのが、「保守的」という言い方なんですけど。

坂本:ただ、アクチュアリーは「保守的」という言葉を使いますし、英語でも「コンサーバティブ(conservative)」と言っていますね。

権丈:これだけ世間から注目されている年金に関して、経済前提専門委員会の中で保守的とは逆の甘い前提を置きましょうという話が出るはずがないですね。保守的に設定すべきだ、いや、そうすべきではないなんて議論をしていたら炎上でしょう。
経済前提専門委員会で、「前提は保守的にしよう」という言葉が飛び交っていたとき、「保守的とは、GPIFの実質運用利回りの平均値ではなくて、(それよりも低い前提を置くために)移動平均をしっかりとり、その移動平均を活用するときに、上位90%をカバーできる10%タイル値をとるか、20%タイル値をとるか、25%タイル値をとるかということで、この%タイルの数字が低ければ低いほど保守的になるというような理解ですよね」と確認したら、数理課長から「その理解でいい」ということだったので、「保守的という言葉は、技術的にはそういうことを意味しますよということを共通にみんなが理解しておいたほうがいい」と話していますね。
これは、「保守的に設定するのが望ましい」と書かれていた経済前提専門委員会の報告書の(案)などを議論したときに発言したので、最終的な報告書には、次のように具体的に書かれました。

「年金積立金の市場運用開始後17年間の平均値を活用するのでなく、実績の過去10年移動平均の変動の幅を踏まえ保守的に平均値より低めの値を用いることとする。具体的には、それぞれのケースの全要素生産性(TFP)上昇率の前提が過去の実績をどの程度カバーするか(※)を参考に、内閣府試算の成長実現ケースに接続するケースⅠ~Ⅲは、過去 10 年移動平均の 30%タイル値(上位 70%カバー)の 2.3%、ベースラインケースと接続するケースⅣ、Ⅴは、20%タイル値(上位 80%カバー)の 1.8%を用いることとする。
(※) 過去30 年(1988~2017 年度)の実績で、TFP 上昇率0.9%(ケースⅢ)を下回るのは 37%(上位63%カバー)、TFP 上昇率0.8%(ケースⅣ)を下回るのは同じく 33%(上位67%カバー)、TFP 上昇率 0.6%(ケースⅤ)を下回るのは約17%(上位83%カバー) 」

小野:いま、ちょっと気になったのは、このへんの設定経緯に「保守的」という言葉を使うと、さきほど(第5夜その1)、私が指摘した「あてにいく議論はすべきでない」ということとの関係が微妙になってくる可能性があるということです。やはり、「予想」があるから予想よりも「保守的」に、低めに設定したという受け取られ方をされかねないですね。当時はそこまで思い至りませんでしたが、「投影」であることを再認識したいと思います。

労働者への分配が下がってきている、これをどうするか

権丈:さて、量的・質的金融緩和と財政検証との整合性という話になると、今回は2014年の財政検証のときよりも、金利を下げるところには効き始めたということですね。

小野:金利と利潤率の関係ですが、やはり弾性値が下がっているということ、つまり、ゼロ金利政策導入以降、利潤率が上昇するほどには以前ほど金利が上昇しないという分析結果は前回の財政検証でも確認されていました。しかし、異次元の金融緩和以降は相関すら確認できない状況になってしまったことが重要なのかなという気がします。一方で、利潤率と総資産収益率(ROA)、自己資本収益率(ROE)との指標をグラフにしてみると、近年は弾性値が上がっていることが確認できます。

出典:第9回社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員2019(平成31)年2月21日「資料1 経済前提の設定に用いる経済モデル等について」

坂本:内部留保が増えているということですか。

小野:総資産利益率(ROA)も自己資本利益率(ROE)も分子は「当期利益」ですよね。つまり、主に配当や資本準備金への積み増しを通じた株主への還元のための原資ですよね。私が気になるのは、結局、労働者への分配がだんだん減っているということが反映した結果なのではないかということです。やはり、株式とか株価というのは結局のところ投資家と経営者との間の対話のツールだと思います。そこに労働者が入り込む余地が少ないので、生産した者への付加価値の分配ということを考えると、労働者の取り分が少なくなる、そういう力が働きがちですね。そこを資本主義社会としてはどういうふうにしていくか、ということなんだろうと思いますね。
分配問題は、非正規雇用者の増加だけではなく、正規雇用者の退職給付の水準の低下としても現れているように思います。私は企業年金で育ってきましたので、年金資産の運用を考えてしまいます。最近思うのですが、企業年金が株式投資を通じて投資先企業の収益向上、企業価値の向上、結果としての積立金の運用収益の向上ばかりを追求すると、経営者は近視眼的対応を選択して分配に介入することもある。結果として企業年金は、マクロでみると分配問題を通じて自分で自分の首を絞める結果になる(給付水準を下げざるを得ない)という考えも捨てきれていません。最近はやりのスチュワードシップコードの中に、投資先企業との会話のなかに人的資本への配慮を強調する文言を追加していただきたいという思いもあります。

坂本:そこなんですが、結局、コブ・ダグラス型生産関数を持ってきますが、あのモデルがどうも気になるのです。わたしが数理課長であったときもコブ・ダクラス生産関数を使っているんですが。

権丈:坂本さんのときに使い始めたのですか。

坂本:実は、そうなんです。ただ、忸怩たるものがあるんです。

坂本さんのこの発言に関連して、参考までに、第8回社会保障審議年金部会に提出された資料2「経済財政における経済前提について(検討結果の報告)」を掲載しておきます。【編集部】

出典:第8回社会保障審議会年金部会2019(平成31)年3月13日資料2「年金財政における経済前提について(検討結果の報告)」

権丈:コブ・ダグラス生産関数が採用されたのは、さきほど(第5夜その1)、当時の年金審議会にいらっしゃった吉富勝先生のご発言がきっかけだったということですが。

コブ・ダグラス型生産関数について、年金部会への提出資料を基に整理しました。【編集部】

「財政検証に用いる経済前提の基本的な考え方」(第8回社会保障審議会年金部会2019(平成31)年3月13日参考資料)では、次のように説明しています。

○財政検証の結果は、人口や経済を含めた将来の状況を見通す予測(forecast)というよりも、人口や経済等 に関して現時点で得られるデータを一定のシナリオに基づき将来の年金財政へ投影(projection)するもの。

○このため、財政検証に当たっては、

⑴長期的に妥当と考えられる複数のシナリオを幅広く想定
⇒その場合、足下の一時的な変動にとらわれず超長期の視点に立ち妥当と考えられる範囲において設定

⑵長期の平均的な姿として複数ケースの経済前提を設定
⇒このとき用いるのがマクロ経済に基づく設定方法

○長期の設定に用いるマクロ経済に基づく設定方法
⇒成長経済学の分野で20~30年の長期の期間における一国経済の成長の見込み等について推計を行う際に用いられる新古典派経済学の標準的な生産関数であるコブ・ダグラス型生産関数に基づいて経済成長率等の推計を行う

○コブ・ダグラス型生産関数
経済成長率(実質GDP成長率)=資本成長率×資本分配率+労働成長率×労働分配率+全要素生産性(TFP)上昇率
資本成長率=総投資率×GDP/資本ストック-資本減耗率
利潤率=資本分配率×GDP/資本ストック-資本減耗率


権丈:
経済モデルについて、人口を外生変数として組み込み、分配率も考えていくことになっていく。そこが、財政検証が「世界標準」から離れて行ったきっかけだったわけですね。

坂本:人口なんですね。人口減少が反映される生産関数は結局、コブ・ダグラス型生産関数しかないのではないかということになりまして。平成11年の財政再計算のときは、ちょうど生産年齢人口が減少し始めた時期で、人口推計にはもちろんそれは反映されているのですが、経済前提については過去の実績を基に決めていた。それは、人口が減少していない時期の経済前提の実績だから経済前提と人口に関する前提が整合していないのではないかという指摘がありました。

編集部:出口治明委員(立命館アジア太平洋大学学長)が第2回年金部会で「(財政検証の結果が)プロジェクションであれば大体の枠さえわかればいいわけですから、ぜひ今回の財政検証に当たっては、諸外国と同じレベルの経済前提で私は十分だと思います。逆に言えば、前回に比べて何でこんなに経済前提が簡単になったのですか、それは予測ではなくプロジェクションだからですという説明にも使えると思いますので、ぜひ世界標準の経済前提をつくっていただきたい」という発言に対して、コブ・ダグラス型生産関数を用いた経済前提の設定方法で、今回の財政検証も行うというのが、経済前提専門委員会の回答なわけですね。

権丈:そのぶん世界標準から離れて、年金に関する経済前提の設定がどんどん、複雑化、精緻化されていくことになったわけだ。年金局数理課の人たちは、交易条件なんかにむちゃくちゃ詳しいですからね。

小野:専門委員会の終盤でデフレータの調整の項を入れるという提案がありました。たしかに、GDPを実質化するのはGDPデフレータ、賃金上昇率を実質化するのはCPI上昇率で、この2つは違う。違いの中身のうち交易条件のように一方方向が継続するという仮定が適当でないために無視したほうがよいと思われる要素はあります。しかし、デフレータの計測の基準の違い、つまりパーシェ式とラスパイレス式の違いを無視するのは、必ずしも適切ではない。これを考慮するという説明を聞いたときには、確かにそうだと思う一方で、ここまで追求するという姿勢はすごいものだと思っていました。

編集部:なるほど、財政検証結果は、予測ではなく、投影(プロジェクション)であるとはいえ、正確に投影するには、経済前提の設定も精緻化しておくということが重要なんですね。そして、数理課の人たちの地道な分析が、第8回経済前提専門委員会に提出された資料(「財政検証に用いる経済前提の基本的な考え方」)に反映されているのですね。

坂本:経済前提の設定のためにこのような経済モデルを用いることについて、自分自身の中での吟味が不十分なまま時間が過ぎてしまいました。当時、内閣府が今後10年間の経済見通しを作成するのに、このコブ・ダグラス生産関数を用いて作成していたということもあり、その手法を取り入れたということがあるのですが、たとえば労働投入量が増加するとき、一人ひとりの生産性は変化しないのか、もし変化するとしたら全要素生産性の上昇率は労働投入量と独立ではなくなり、コブ・ダグラスのような分解でいいのか、同様の疑問は資本投入量についても言えるのではないかと思います。経済現象は複雑なので、一つ一つこのような疑問を解決していく必要があると思うのですが、ある種の割り切りで提示したという経緯があります。これからも議論しながらより精度の高いモデルを構築していく必要があるのでしょうね。

権丈:さきほど(第5夜その1)、直近では全要素生産性は0.3にまで下がっている間、就業率の高まりがあり、Lは想定外に増えていると話しましたけど、これをコブ・ダグラス生産関数が示唆する因果関係で読み取ってよいのかどうか、むずかしいですね。

社会保障はGDP比で語ることが重要

権丈:年金部会では、財政検証の作業が終わったら、その次はオプション試算の結果も含め、財政検証結果を所得代替率で議論することになります。その所得代替率に影響する変数は、スプレッド(賃金上昇率を上回る実質的な運用利回り)です。社会保障給付費や医療費を議論する際にGDP比が重要であるようにですね。

小野:年金財政における経済前提に関する専門委員会のもとに玉木先生を座長とする検討作業班を作りましたが、私も参加させていただきました。あのとき私は、年金制度や社会保障に関する将来の投影はGDP比で考えて説明がつくような結果であるべきで、それを意識しながら前提をつくるべきと思っていました。その点、コブ・ダグラス型生産関数は、GDPと年金制度が人口を通じてつながっているので、考えやすかったですね。

坂本:GDP比で考えるということでは、アメリカでも同じことを言っていまして、アメリカの1990年代のテクニカルパネルのサジェスチョンでも、そういう方向に話が進んでいたので、日本での年金数理部会での議論と似ているなあと思いました。

権丈:中長期の社会保障給付費の試算などはGDP比で見ないと意味がない。過去の試算もそうなんだけど、20年先の医療費試算などは、何兆円という名目値では大きくはずれるけど、GDP比は相当に近い値になっているんですね。それは当たり前の話で、中長期でみれば結果的に、保険料収入の伸び、つまり賃金の伸びとリンクして診療報酬改定は行われるわけですから。

坂本:先ほどのアメリカの例でも、GDP比だけだと意味がわからないから、名目値も出して欲しいということになり、年次報告書には、いまでも両方載せています。また、そういうGDPの範囲内でしか改定できないということなんですよね。

小野:そうしなければ支払いができませんからね。

権丈:あと、量的・質的金融緩和で利潤率をどうするか、金利をどうするかというところで、今回は経済前提の設定のしかたということで、小野さんはどのようなご苦労をされたのでしょうか。そして、もう一つ、内閣府試算との距離の置き方についてはどうお考えですか。

小野:まず、利潤率と金利の関係ですが、前回の経済前提では、金利と利潤率の相関性から、金利は利潤率に連動して上昇するという設定でした。利潤率の定義は「資本分配率×GDP/資本ストック(固定資産)-資本減耗率」ですね。利潤率の変動は、資本分配率、資本係数((GDP/資本ストック(固定資産))の逆数)、および資本減耗率の変動に分解されますが、モデルでは将来に向かって資本分配率と資本減耗率は一定としています。したがって、資本係数によって利潤率の趨勢が決まります。前回の設定によれば、資本係数は低下し利潤率は上昇しています。正直言いますと、結果としての将来の資本係数の動向について、私はうまく整理できませんでした。前回検証時の過去の実績をみると、資本係数は上昇傾向にあったのですが、一方では資本ストックを増加させる要素である総投資率は低下基調にありました。モデルでは、これを外挿した総投資率は低下基調となり、結果として資本係数は低下、利潤率は上昇という結果になっていました。もっとも、この結果は全要素生産性上昇率(TFP)の水準次第で変動することも、前回の経済前提で示されていました。今回の特徴としては、国民経済計算(SNA:System of National Accounts) の基準改定もあり、試算結果における将来の利潤率の動向は、比較的モデレートな結果になったと感じています。特に総貯蓄率の外挿結果に遷移させる(投-α)という設定は、総投資率が将来にわたってほぼ一定となり、結果として利潤率は安定したものとなっています。
内閣府試算に関しては、複雑なモデルを使用していますので、私自身の理解は十分ではありません。ただ、やはり足元の実績を考慮する必要があることから、たとえばTFP上昇率を前回財政検証時と比べると、設定値は総じて下方にシフトし、かつ幅も縮小した印象があります。細かい話で恐縮ですが、2009年財政検証の際には、足元の賃金上昇率は公表されませんでした。しかし、財政検証報告書で確認すると、足元の賃金上昇率の推移は年度毎にかなりの変動があり、年金数理部会でも批判があったように記憶しています。私は前回も今回も、賃金上昇率に関して質問したのですが、それぞれの専門委員会の報告書で開示されたのがよかったと思っています。

坂本:私がいまでも疑問なのは、利潤率の定義が金利と結びついているのですが、あれは根拠がないのではないかと思っているんですが、どうなんですか。

権丈:相関があるとか、関係があるとかしか、論じてきませんでしたよね。

小野:因果関係はないかもしれないのですけれども。

権丈:今回、関係は切ったんですよね。

小野:先ほど申しましたとおり、金利との関係については、利潤率との関係で弾性値が低下していることとともに、異次元の金融緩和によって前回の財政検証以降の実績が過去の相関から大きく外れる結果となりました。つまり、このことはある意味、5年前と同じアプローチを使用することの妥当性が問われていることを意味すると思います。因果関係はもとより、相関関係すらもどうかということでしょうね。

坂本:それほどはずれてきているのですか。

小野:利潤率は積立金の運用利回りを設定するために算出するものですから、従来の「長期金利+分散投資効果」というかたちで金利を介在させるアプローチよりも、運用実績を利潤率に連動させるという考え方になったことは、納得感があります。
ただ、将来に向かって、過去の実績を将来に投影するときには、前回の金利の投影の方法と同様に利潤率と連動するという方法をとっています。

坂本:ああそうですか、その意味では、過去の利回りに利潤率の比を乗じて将来の利回りを出すという構造は変わっていないということですね。

小野:確かに利潤率の計算式は、GDPに資本分配率をかけて、それを資本ストックで割っていますので、資本ストックの多寡によって利潤率が変わってきます。しかし、先ほど申し上げたとおり、結果は全要素生産性(TFP)の水準に依存します。ただ、直感的にはTFPが高い場合には総投資率も上昇するのではないかという気がする一方で、それを考え出すと当てにいく話になりかねません。その点、自分のなかではすこし消化不良でした。

坂本:資本投入量が上昇から減少に転じるときには、そこは連続的でない変化が起こり、恐らく利潤率の特異点になるのでしょうね。

小野:前回の財政検証から、総投資率の投影には過去の実績を外挿する方法に加えて、総貯蓄率の外挿結果に漸近的に移行する方法も加えられましたが、両方とも総投資率は低下傾向を示していました。一方、今回の推計では、SNAの基準改定の反映等の要因もあり、総貯蓄率に移行する方法による投影は、ほぼ横ばいになりました。そこが前回の財政検証と比べて違うところです。

そして、談義はオプション試算、すなわち制度改正の話に

編集部:第7回年金部会に年金局が提出した資料2-4「今後の財政検証に進め方について」では、オプション試算について次のように記しています。


出典:第7回社会保障審議会年金部会2019年1月30日資料2-4「今後の財政検証の進め方について」厚生労働省年金局

編集部:オプション試算というのは、社会保障制度改革国民会議の報告書において、財政検証は年金制度の課題の検討に資するような検証作業を行うべきということで、制度改正案の財政検証結果にほかならないのですが、さきほどの談義(第5夜その1)では、権丈さんは「超法規的な存在として社会保障制度改革国民会議が口を出すことによって、年金制度のPDCA(計画‐実施‐検証‐改革)サイクルを完成させていく」とのご発言があり、小野さんからは「いまの年金制度の財政フレームは保険料水準固定方式なので、結局、財政がどうなるかということではなく、分配をどうするかということになってくるから、そこに議論の焦点をもっていかなければならない」というご発言がありました。つまり、制度改正のあり方を2004年(平成16年)改正が変えてしまうのですが、改正法附則のなかには、依然として、財政のあり方を制度改正の目的、根拠としていたことの痕跡が残ってしまっていると思うのですが、そうしたことから、5年ごとの財政検証時に、その時点での給付水準および将来の給付水準を示すことになっていまして、次の5年後の財政再計算時までの間に、給付水準が50%を下回ることが見込まれる場合は、まず、マクロ経済スライドによる給付水準の調整を終了し、給付と負担のあり方について検討を行い、所要の措置を講じるものとされています(改正法附則第2条)。
つまり、2004年改正法は本則においては、年金財政における給付と負担のあり方という意味での制度改正の歴史に終止符を打ったのですが、附則においては、財政のあり方という改正の目的にとらわれていた。そのことが、「超法規的」なかたちによって、初めて、分配のあり方という年金制度が新たに向き合わなければならない課題に対して、制度を改正していくことに活路を開くことになったと言うことができると思います。

権丈:まあ、いろんな課題が数年間でたまってくるわけで、それにドーンと波動砲を打ち込むことが大切なんだよね。それに、将来の給付水準の低下を限りなく抑え、「給付の十分性」をなるべく確保していく努力を続けている人たちは、政策努力により改善される将来の給付水準を織り込んだかたちで将来の年金の姿を描き、できるだけその姿を国民に示している。今後の改革なしの本体試算について議論をしても、あまり意味がないと思うんですけどね。

編集部:名目下限維持、また既得権の主張は、将来世代への分配を拒否する、改革に対する抵抗ですから、そこはマクロ経済スライドのフル適用という波動砲をドーンと撃ち込まなければいけませんね。

権丈:ただ、退職者連合は2009年1月に僕に声を掛けてくれて、どうもこいつの言っていることは本当の話じゃないかみたいなところがあって、箱根に呼ばれ話をしておじさんたちと一緒にお風呂に入って帰ってきたんだけど(笑)、その年の秋にもう一度、今度は日暮里に呼ばれて話をしたら、後で知ったけど、その日に、「マクロ経済スライド反対撤回(「名目下限堅持」つき)」の決議をされたようです。

小野:退職者連合は名目下限維持も取り下げていますよね。

権丈:そう、ユース年金学会のために学生が訪ねて行った翌年の2017年の夏に、名目下限の堅持という要望も取り下げてくれていました。理由は、「将来世代(孫・ひ孫世代)にもしっかりとした制度を引き継いでいかなければなりません」とあるのですが、うちの学生たちがよほど可愛かったのでしょうかね(笑)。退職者連合には日教組の退職者たちも所属していて、彼らは、「教え子が生活できる高齢者」になるような政策を支持しないわけにはいかないと言ってくれています。そして、退職者連合の方針のなかに「支給開始年齢の引き上げは、生涯年金額の減額であり、かつその減額影響は、すべてこれからの年金受給世代に負わされる(現受給者は逃げ切り)。既裁定年金の抑制策を持たない国では例があるが、日本には不要で合理性を欠く手法」という文章も書き込んでくれています。
年金受給者の団体に、こうした理解が得られているということは心強いですね。

坂本:権丈先生が常々言っておられますように、オプション試算がないと将来のほんとうの姿がわからないということになりますね。現行法を続けたらどうなるということがわかっても、それが給付の十分性を著しく損なうものであるならば、必ず対策が必要になるわけで、オプション試算はその対策と効果を示している。これに触れずに「いまのまま制度が推移したら…」というような議論をするのは意味がないですね。

小野:1999年の財政再計算までを見れば明確にわかると思うのですが、5年毎の財政の見直しは制度改正とセットでした。経済社会の情勢を踏まえ、必要に応じて年金制度を改定することは当然のことであり、それは2004年改正にて保険料水準固定方式という発想の転換があったとしても、つまり財政問題から分配問題に変わったとしても、制度改正しなくてもよいという結論にはならないと思います。その認識があり、また2009年の財政検証の結果を十分に検討したからこそ、社会保障制度改革国民会議がオプション試算の方向性を示したと理解しています。分配問題といっても、たとえばオプションⅡやⅢは、被用者年金の適用拡大や保険料拠出期間の伸長によって分配の元となるパイを増加させる話です。私は、本体の財政検証は現行制度の課題を認識するためのものであり、オプション試算は課題解決のための政策効果の測定結果を示すものだとさえ思っています。したがって、本体の財政検証の結果のみを取り上げて財政検証結果やいまのスキームを批判するような議論は適切でないと考えています。

権丈:この国には、オプションを実施した未来しかないんですよ。ただそのことを理解できない人や、これが厄介なんだけど、理解したくない人がたくさんいるんですよね、04年改革からオプション試算までの流れに関わってなかった、年金に文句ばっかり言っていた人たち。彼らは、財政検証の本体試算だけで公的年金保険を論じようとするから有害でさえあるわけで、いない方がましかな。それと財政検証の本体試算に関しても、たしかに将来は、年金額を現役世代との所得と比較した所得代替率では下がるんだけど、物価で平成26年度に割り戻した実質額では、8つのケースの内、A~Eの5つのケースは、厚生年金はもちろん基礎年金も長期的には増えている。つまり、今の生活水準は維持できることが示されているわけで。そこに、適用拡大をはじめとしたオプション試算の方向で改革を進めれば、「給付の十分性」はもっと高まる――だから、政治家も長い間、「給付の十分性」を高めるための手段について、労働市場のあり方にまで視野を広げて繰り返し真剣に検討してきたわけだし、来年の年金改革を実現するためにここ何年間も企画と調整で汗をかいてきた人たちを僕らは応援したいわけで。財政検証のオプション試算を無視して本体試算しか見ない昔ながらの年金論者をはじめ分かっていないのが多すぎだね。

編集部:オプション試算、つまり制度改正案についての本格的なご議論は、財政検証結果が示されてからのテーマとしてとっておくことにいたしまして、本日のところはこれをもちまして「居酒屋ねんきん談義」を閉店とさせていただきます。どうもありがとうございました。

年金時代