年金時代

第6夜 第9回年金部会「2019(令和元)年財政検証の結果について(報告)」を巡って

 

第6夜の「居酒屋ねんきん談義」では、前回2014(平成26)年財政検証のときの数理課長であった山崎伸彦さんをお招きして、今回2019(令和元)年財政検証結果が報告された8月27日の第9回年金部会を巡って、居酒屋ねんきん談義の店主で年金部会委員でもある権丈善一さんと、同居酒屋の常連客で2004(平成16)年年金制度改正のときの数理課長であった坂本純一さんとで、大いに談義を交わしていただきました。(収録:2019年8月30日金曜日)
左から山崎氏、権丈氏、坂本氏。

店主権丈善一(けんじょう・よしかず)慶應義塾大学商学部教授。社会保障審議会年金部会委員、同部会年金財政における経済前提に関する専門委員会委員なども務める。オプション試算の実施を提言した社会保障制度改革国民会議の委員も歴任。

常連客坂本純一(さかもと・じゅんいち)JSアクチュアリー事務所代表。厚生労働省年金局数理課長として、保険料固定方式とマクロ経済スライドを導入し、それまでの年金制度の給付と負担のバランスをとるしくみを見直す2004(平成16)年年金制度改正を担当した。

来店客山崎伸彦(やまざき・のぶひこ)日本コープ共済生活協同組合連合会非常勤理事。厚生労働省年金局数理課数理調整管理官として2004(平成16)年年金制度改正、さらに数理課長として2009(平成21)年と2014(平成26)年の財政検証を担当した。

店員年金時代編集部

 

前回2014(平成26)年財政検証を担当した数理課長が見る今回2019(令和元)年財政検証

 

編集部:今宵の居酒屋ねんきん談義は、山崎伸彦さんにお越しいただいています。山崎さんは坂本さんの後任の数理課長を2004(平成16)年7月から2009(平成21)年7月まで務められ、その後公益財団法人年金シニアプラン総合研究機構への休職出向を経て、2012(平成24)年9月から2014(平成26)年7月まで再び数理課長を務め、前回2014(平成26)年の財政検証をご担当されています。

権丈:山崎さん、本日はご来店ありがとうございます。数理課長として2度の財政検証を担当されるというのは珍しいと思うのですけど、いま紹介がありました、「再び、数理課長を務め」という話について、少しご説明いただけますでしょうか。

権丈氏。

 

山崎:わたしもまさかもう一度やるとは思ってもみなかったのですが、民主党への政権交代の直前に私の後任の数理課長に就任した安部泰史さんが、3年ほどの間に体調を崩してこれ以上は激務に耐えられないということだったので、ピンチヒッターのような感じで再登板することになりました。安部さんはわたしに仕事を引き継いで厚生労働省を退職し、闘病生活の末、昨年なくなられました。ご冥福をお祈りしたいと思います。

山崎氏。

 

権丈:詳しくは存じませんでした。

坂本:わたしも安部さんのことは大変残念に思っております。これからというときに闘志を燃やしておられたのですが、体力が持たないということでバトンタッチを申し出られました。その潔さと人選の的確さに敬意を表したいと思います。そして心から冥福をお祈りしたいと思います。

坂本氏。

 

権丈:わたしは民主党政権の時の年金部会にはいませんでしたので、安部さんがご苦労されている頃は報道を通じてしか様子を知りませんでした。わたしからもご冥福をお祈りさせていただければと存じます。ご説明、ありがとうございました。

それでは、今週月曜日に公表された財政検証の話に入りたいと思います。

まず、前回2014(平成26)年財政検証をご担当されたお立場から、山崎さんは、今回の財政検証をどうご覧になったのかということからお聞きしたいのですが。

山崎:基本的には前回の示し方の枠組みを踏襲している感じなのかなというふうに受け止めています。ただし、経済前提については、年金財政における経済前提に関する専門委員会などにおいてご議論いただき、いったい誰がこんなに読み込むのだろうというレベルまで精緻化していただいたという感想を持っています。

そこで、前回の財政検証結果のケースEという、マクロ経済スライドによる給付水準調整の終了年度である2043(平成55)年度以降に所得代替率50.6%が維持されるケースですね、それと今回の財政検証結果でおおむね見合いとなるケースⅢとを見比べてみると、全要素生産性(TFP)上昇率が、前回ケースEが1.0%だったものが、今回ケースⅢが0.9%で、0.1%ポイントだけ下がって、ちょっと固めに設定されていまして、それを反映して実質賃金上昇率が、前回は1.3%でしたが、今回はTFPを低く取っているので少し下がって1.1%と設定されています。このことは、既裁定年金の物価スライドの財政効果に影響して、財政的にはちょっと厳しく見る方向になります。物価上昇率もマクロ経済スライドの効きに影響するのですが、物価上昇率は1.2%と前回と同じになっています。また、運用の実質的な力を示す、いわゆるスプレッドですね、賃金上昇率に比べて運用利回りをどれだけ高く見込むかというものですが、スプレッドは1.7%と前回と同じなのですね。経済成長率も0.4%と前回と同じに見込まれているということで、総合的に見ると、経済前提が対応するケース同士を比べると、TFPを0.1%ポイント下げた分、若干厳しめに見ているのかなというのが、わたしが今回の長期の経済前提を見た印象です。

つぎに人口の前提を見ると、中位推計での合計特殊出生率は、前回は1.35(2060年)であったのが、今回は1.44(2065年)ということで、0.09のプラスとなっています。将来の労働力人口や被保険者数を見るとはっきり増えていて、年金財政上はプラスに作用するということですね。

一方で年金を受け取る期間に影響する平均寿命を見ると、死亡中位で、前回は男84.19歳(2060年)、女90.93歳(同)であるのに対して、今回は男84.95歳(2065年)、女91.35歳(同)となり、男で0.76年、女で0.42年延びています。1年にも満たないのですが、これが年金財政上はそれなりに効いてくるのです。

 

図表①2014(平成26)年財政検証の経済前提(2024(平成36)年度以降の長期の経済前提)

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政及び見通し―平成26年財政検証結果―」(平成26年6月3日)[「第21回社会保障審議会年金部会 平成26年6月3日 資料1-1」5頁]
https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/dl/h26_kensyo.pdf

 

図表②2019(令和元)年財政検証の経済前提(2029(令和11)年度以降の長期の経済前提)

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し―2019(令和元)年財政検証結果―」(2019年8月27日)[「第9回社会保障審議会年金部会 2019年8月27日 資料2-1」10頁]

https://www.mhlw.go.jp/content/000540199.pdf

 

権丈:足下の状況、つまり、2014(平成26)年財政検証での2019年度の見通しと比べて、実際の2019年度時点での状況をどうご覧になりましたか。

山崎:2019年度のスタートラインは所得代替率が2014(平成26)年財政検証の見通しほど下がっていなくて持ち上っています。これははっきりと年金財政上マイナスのはずなのですが、一方で、運用がかなりよかったので足下のところでの積立度合(前年度末積立金の当年度の支出合計に対する倍率)が、2014(平成26)年財政検証における2019年度の国民年金では2.5を見込んでいたのですが、2019(令和元)年財政検証結果では3.3となっています。厚生年金では前回は3.3を見込んでいたのですが、実際には4.0ということで、足下の積立度合が前回2014(平成26)年財政検証のときの2019年度の見通しよりかなり上がっています。これは主として運用が見込みよりよかったということだと思いますが、これで足下の所得代替率が上がってしまったことのマイナスを、ある程度カバーしているのかなと思うのです。実際、2019年度において、2014(平成26)年財政検証の見通しでは所得代替率は足下の62.7%から3.0%ポイント下がっているはずのところが、現実には1.0%ポイントしか下がっていません。このようにスタートラインが高くなったところからマクロ経済スライドによる給付調整が行われることになるので、給付調整が終わる時期も2014(平成26)年財政検証結果のケースEが2043年度であるのに対して、2019(令和元)年財政検証結果のケースⅢでは2047年度と4年延びる見通しになっています。

ということで、いろいろ諸要素はありますが、経済前提がほぼパラレルになるケースで比較すると、足下で、マクロ経済スライドが効ききれていない分を運用なり、あるいは被保険者が増えたりしたことでカバーし、将来の寿命の延びのところを出生率の改善でカバーして、前回の所得代替率50.6%が今回50.8%となっていますが、上がったというほどではありませんから、まあ前回とそれほど違わない結果になっているのかなというのが、公表されたばかりの今回の財政検証結果をざっくり見たところの感想ですね。

 

図表③厚生年金の財政見通し(平成26年財政検証)○人口:出生中位、死亡中位/経済:ケースE(変動なし)

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政及び見通し(詳細結果)―平成26年財政検証詳細結果(財政見通し等)―」(平成26年6月3日)[「第21回社会保障審議会年金部会 平成26年6月3日 資料1-2」16頁]

https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/dl/h26_kensyo_kekka.pdf

 

図表④国民年金の財政見通し(平成26年財政検証)○人口:出生中位、死亡中位/経済:ケースE(変動なし)

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政及び見通し(詳細結果)―平成26年財政検証詳細結果(財政見通し等)―」(平成26年6月3日)[「第21回社会保障審議会年金部会 平成26年6月3日 資料1-2」17頁]

https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/dl/h26_kensyo_kekka.pdf

 

図表⑤平成26年財政検証の結果について<経済:ケースE/人口:中位>

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政及び見通し―平成26年財政検証結果―」(平成26年6月3日)[「第21回社会保障審議会年金部会 平成26年6月3日 資料1-1」21頁]

https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/nenkin/nenkin/zaisei-kensyo/dl/h26_kensyo.pdf

 

図表⑥厚生年金の財政見通し(2019(令和元)年財政検証)○人口:出生中位、死亡中位/経済:ケースⅢ

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の状況及び見通し(詳細結果)―2019(令和元)年財政検証詳細結果(財政見通し等)―」(2019年8月27日)[「第9回社会保障審議会年金部会 2019年8月27日 資料2-2」10頁]

https://www.mhlw.go.jp/content/000540200.pdf

 

図表⑦国民年金の財政見通し(2019(令和元)年財政検証)○人口:出生中位、死亡中位/経済:ケースⅢ

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の状況及び見通し(詳細結果)―2019(令和元)年財政検証詳細結果(財政見通し等)―」(2019年8月27日)[「第9回社会保障審議会年金部会 2019年8月27日 資料2-2」11頁]

https://www.mhlw.go.jp/content/000540200.pdf

 

図表⑧2019(令和元)年財政検証の結果について<経済:ケースⅢ/人口:中位>

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し―2019(令和元)年財政検証結果―」(2019年8月27日)[「第9回社会保障審議会年金部会 2019年8月27日 資料2-1」16頁]

https://www.mhlw.go.jp/content/000540199.pdf

 

権丈:オプション試算についてはどうでしょうか。

山崎:そういう意味では、それほどびっくりしないような財政検証結果をベースとしていますので、オプション試算もこんな感じなのだろうなというものが示されていて、前回のインプリケーションと同様のインプリケーションが今回も当然示されていますね。

パート適用を進めていけば、国民年金の財政状況の改善を通じて基礎年金の水準改善にも役立つし、最終的な給付水準の確保にも役立つことがはっきり示されていますし、さらに、平均寿命が男0.76年、女0.42年延びているわけですから、それに合わせて支給開始年齢を引き上げたらどうかという人もいるのですが、現行制度では受給開始時期を自分で選べますから、そこはもう少し働くなりして受給開始時期を繰り下げれば、それだけ自分の力でより高い水準の年金を確保できると、そういうこともオプション試算で示されています。もちろん制度としては、年金の支給開始は65歳が標準年齢なのですが、適用のほうは基本60歳で、厚生年金ではその後も働いていればその分、給付に反映されますが、基礎年金は20歳から60歳までの40年間が保険料拠出期間となっているので、それを20歳から65歳までの45年間に延長して、納付年数が伸びた分、基礎年金を増額するという仕組みに変更することもオプションで示されています。まあ、この場合、延びた分の基礎年金の給付に対して、国庫負担の財源をどう確保していくかという問題はありますが。

権丈:では、坂本さんは、今回の財政検証結果をご覧になって、どういう感想を持たれましたか。

坂本:今回さらにまた財政検証結果を説明する資料に改良が加えられていると感じました。第9回年金部会に提出された資料で言いますと、資料4「2019(令和元)年財政検証関連資料」ですが、ここに「足下(2019年度)の所得代替率を確保するために必要な受給開始時期の選択」という資料がありまして、ここでは、どれくらい働く期間を延ばしたら、足下(2019年度)の所得代替率が確保できるかということが示されているのですが、すごくわかりやすくて、いい資料だと思いました。この資料を見て、こんなに長く働かなければならないのかという気持ちになる人もいるかもしれませんが、一方で、やはり平均寿命が長くなっているときには、長く働くことが、健全な社会のあり方だと思いますね。

では、寿命が延びたのに合わせて、高齢者が働ける雇用の場があるのかというと、これから心してそうした高齢世代を受け入れる労働市場を確保していかなければならないのですが、その意味では現在、非常にめぐまれた環境にありまして、いま高齢者の就業率が非常な勢いで上がっています。そうした上昇気流があるという意味での追い風も吹いていることだし、長く働くということを実現できる環境にあるのではないかと思います。

権丈:僕も今回、資料4の関連資料は、年金局、ひとつひとつよく考えてつくったなぁと感心しました。その中で、いま坂本さんが言われた資料は、スウェーデンの年金財政報告書である「Orange Report」の応用ですね。スウェーデンでは、65歳時点での平均寿命の伸び分を補って年金水準を維持するために必要な退職年齢を明記した資料が作成されます。こうした資料は、マクロ経済スライドを半わかりの人たちが、「将来、年金があるといっても、どうせ芥子粒のように小さくなるだけなんでしょ、ふんっ!」と信じ切っている人たちに、いやいやそんなことはないんだよということを伝えるために必要だったんですよね。
資料には、「現在 20 歳の世代は 66 歳 9 月まで就労し繰下げ受給を選択すれば、現在( 2019 年度) 65 歳の世代と同じ所得代替率を 確保できる見通し」と書かれています 。現行制度のままでも、今20歳の人たちで66歳9ヶ月ですからねぇ。もし被保険者期間を今の40年から45年にする改革を織り込んだりすれば65歳10ヶ月とも試算されています。いま20歳の人たちが長く働くことができる環境を整備していく時間も十分にあるわけですし。
これからは、ねんきん定期便にこの種の情報を記載しておくことも重要なのではないかと思っています。

 

図表⑨足下(2019年度)の所得代替率(61.7%)確保に必要な受給開始時期の選択(ケースⅢ)

出所:「2019(令和元)年財政検証関連資料―足下(2019年度)の所得代替率を確保するために必要な受給開始時期の選択」(2019年8月27日)[「第9回社会保障審議会年金部会 2019年8月27日 資料4」9-10頁]

https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000540589.pdf

 

山崎:オプション試算について言えば、前回2014(平成26)年の財政検証で初めて取り入れられたのですが、2004(平成16)年改正前の財政フレームであったときの財政再計算では、制度改正案がすでに示されていて、改正案に基づいて財政再計算が行われていました。改正前の制度のままだったらどうなるかというのは参考試算という位置づけだったのです。一方、2004(平成16)年改正による財政フレームになってからの財政検証では、現行制度のままでの財政の見通しを示します。

しかし、そこは徒手空拳で議論しようということではなくて、むしろ、財政再計算の時代にはもうすでに改正案ということで法文まで落とし込んだものがポンと出ていて、これによると財政の見通しはこうなりますよと再計算結果をお示ししていたものを、もっとオープンな姿で制度変更をこうやったら、ああやったらという案をオプション試算として、現行制度のままではこうですという財政検証の本体試算にくっつけて出すようにしています。そこで、よーいドンで議論して、改正案をつくって、それを国会でご審議いただこうという仕組みに変わったのです。

そのオプション試算が、今回は2回目になるのですが、すでに前回の財政検証において提示されたオプション試算によって、ある意味、今後の改正の方向性、どういうことをやっていけば、給付の十分性を確保していくことに道筋がつけられるかが示されています。そこで、財政検証というのは、概ね100年の期間をとって、給付と負担の均衡を保つことを目的に財政の見通しを確認するものです。しかし、財政が保てれば、それでいいのかというと、そうではなくて、生活の主柱となる給付水準が確保されているかが大事なので、そこに所得代替率50%というメルクマールが設けられているわけです。長期的にそれが確保されるかどうかも見通していかなければなりません。そこで、年金制度を取り巻く人口・労働力・経済の状況が悪ければ、50%の所得代替率が確保されないこともあり得るということが、幅広い経済や人口の見通しのなかで示されているわけで、そこで、そういうことも考慮しながら、社会がどういうふうに変わっていけば、あるいは年金制度をどういうふうに変えていけば給付水準を底上げしていけるのか、いろいろな方向性を示すのがオプション試算の意味だと思います。そこで前回、社会保障制度改革国民会議で検討課題をいただき、それに沿ったかたちで試算をしなさいというオーダーをいただき、オプション試算をお出ししました。今回はそのラインに載って、基本的には2014(平成26)年の財政検証で提示されたものと大枠は変わっていません。在職老齢年金をどうするかなどの議論がありまして、在職老齢年金の緩和や厚生年金の加入年齢の上限の引き上げなどは前回から追加となったオプション試算ではあるのですが、パート適用をもっと広げていったらどうかという試算、もっと長く働いて保険料を払い年金の受給を遅らせれば自分で年金の水準をかさ上げすることができるという試算など、おおむね前回と同様の試算が示されています。

また、参考試算として、2016(平成28)年年金改革法による年金額改定ルールの効果として、賃金の低下時に賃金変動に合わせて改定すること(=賃金徹底)による効果、そして、マクロ経済スライド調整の見直し(=キャリーオーバー)による効果も確認しています。そういう制度変更なども踏まえて、いずれもそういう方向に進めば、年金財政の安定性が増すとともに将来の給付水準が確保されるという道筋を示しています。

ただ、いかにオプション試算を現実の制度改正案に落とし込んで、政治プロセスのなかで一歩でも前進させていくかが、これからの課題になると思います。そういう議論を今後進めていくための土台となる、よーいドンの号砲が鳴ったという状況に、いま年金制度はあると認識しています。

坂本:その通りだと思いますね。前回2014(平成26)年財政検証では、2013(平成25)年8月にとりまとめられた社会保障制度改革国民会議の報告書を受けて、同年12月に成立・公布・施行された社会保障制度改革プログラム法に基づいてオプション試算を行いました。これは非常に画期的な財政検証の活用方法の進歩といいますか、改善点で、それを受けたかたちで、さらに今回の財政検証で、いろんな試算が示されたということは、改革をしながら進んでいくべき方向を明確にわかるかたちで提示してもらったという感じがします。

山崎:社会保障制度改革国民会議の提言が出される前の2009(平成21)年の財政検証では、当時の法制度の枠組みのなかで精いっぱいのことをしてきましたが、いまは諸情勢が変わったなかで、単に法定のことをやるだけではなくて、こういうプラスアルファのことをやる、まあ一回やってしまえばそれが慣例というか、デファクト・スタンダード(事実上の標準)になるわけですから、今回オプション試算をやらないという選択肢はもともとなかったと思います。

 

平成16年改正法附則第2条は義務規定であって制度改正を妨げるものではない

 

編集部:厚生労働省が公表したオプション試算結果(厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通しの関連試算―2019(令和元)年オプション試算結果―」(2019年8月27日)[「第9回社会保障審議会年金部会 2019年8月27日 資料3-1」]の1頁目には、「2014年財政検証では、法律で要請されている現行制度に基づく「財政の現況及び見通し」に加えて、一定の制度改正を仮定したオプション試算を実施した。2019年財政検証においても、年金部会での議論等を踏まえてオプション試算を実施し、本報告書において、「オプション試算」を公表するものである。」と書いてあるのですが、なんか控えめの表現だなという感じを受けるのです。どうしてだろうと考えたのですが、それは、2004(平成16)年改正法附則第2条において、「次期財政検証までの間に所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合には、給付水準調整を終了し、給付と費用負担の在り方について検討を行う」とありますが、5年後の2024年度の所得代替率は今回の財政検証結果で示されているようにケースⅠ~Ⅵにおいて60.9%~60.0%となり、いずれのケースにおいても、50%を下回る見込みにはなっていません。そうしたことが、制度改正に資するオプション試算の公表にも影響しているのかなと思ったのですが。

山崎:わたしはもう厚生労働省を退官して当局という立場ではないのですが、わたしの理解の限りで申し上げれば、平成16年改正法附則の規定で、次期財政検証までということですと、今後5年以内に50%を割り込む見通しになったら、マクロ経済スライドをいったん止めて、給付と負担の在り方を再検討して、法律で措置するということですが、その規定は、そうなったときには必ずそうしなければいけないという義務規定であって、そうじゃないときに制度改正することを妨げる規定ではないということです。

そのうえで、たとえばまだ5年は大丈夫だけど、10年後には50%を割りそうになったとします。そうした場合に、いまから手を打っておくことができないのかというと、改正案を出すという法律上の義務はないけれども、議論をしたうえで改正案を出すということを全く妨げるものではありません。

また、財政検証自体は5年ごとに行うことが義務としてあるので、それは必ず出さないといけないのですが、オプション試算はある意味やってもやらなくてもいいものです。やってもやらなくてもいいものであれば、どこからも要請がないのにやるとか、やりたくてやったというのでは心もとないので、しかるべきところから要請を受けて実施するほうがやりやすいわけです。特に、財政再計算は改正案が盛り込まれたかたちでやるので政策的には中立的な立場で行ってきました。その一方、財政検証は現行制度に基づいて行いますから、それはある意味、制度的にはフラットなのですが、こういう改正をやったらと言うと、普通は「やったら」の「たら」の部分に政策のにおいがぷんぷんしていることになるので、そこはあまり恣意的にやるわけにはいかないと思います。その意味では、前回の財政検証のときには社会保障制度改革国民会議という非常に大きな会議体からこんな方向で制度改正を検討せよという大きな位置づけがあり、そのうえでオプション試算を実施しました。そのようなある種、コンセンサスやオーソリゼーションがあったうえでの試算ということですから、そこは法律の要請ではないけれども、恣意的にやっているのでもないと言えるのです。

そうなればオプション試算は財政検証のプロセスにおける大事な部分ですから、1回やればそれは5年たったらどうなのかを確認しておきたいということになりますし、そこにプラスアルファなにか要請があってもいいので、そこはある意味、政策当局が恣意的にやっているのではなくて大所高所からの要請を受けてやっているのだというオーソリゼーションはほしいところなのですが、一方、法律でこれをぜひやりなさいと位置づけられているかというとそういうことではないし、そこまでの必要はたぶんないと思います。

そもそも将来、年金制度がうまく機能していくように、法律を運用していく責任は厚生労働省にあるわけですが、その意味では将来にわたって制度がうまくいくよう厚生労働省は常々考えていて、こうやればいいのではないかということを考えて提案し、それは2004(平成16)年年金制度改正以前の財政再計算のときには、改正案と一体となって財政再計算が行われ、審議会に諮問されて検討されていました。いまは、まず財政検証結果を法定のものとして出して、そのうえでいろいろ議論して見直すべきところは見直すというかたちになっています。そうした議論をする上で何らかの試算があると非常に議論しやすいわけです。そうであれば、そこは恣意的な試算ではなくて、年金部会等である程度のコンセンサスを得たうえで、試算結果をお示しする。その意味では年金部会で議論された現行の年金制度の変更などは、それに応じてオプション試算を実施することは当然あるだろうと思うので、必ずしも法律でオプション試算をしろという規定がないとできないというのではなく、そうした規定が必要だということでもないと思います。

平成16年改正法附則第2条は義務規定であって制度改正を妨げるものではない――山崎氏。

 

坂本:いまの山崎さんのお話に出た社会保障制度改革国民会議も、自民党・民主党・公明党の3党合意に基づく議員立法による社会保障制度改革推進法で、その設置が規定されていることの意味は非常に大きいですね。だから、そういうところからの要請もないのにオプション試算を出すのはむずかしかったでしょうし、一方、オプション試算を行うという規定を年金制度のなかに設けたとしても、あまり実効性はなかったであろうし、そもそも設けること自体がむずかしかったのでしょう。

権丈:当時を振り返ると、社会保障制度改革国民会議の報告書を受けて、2013(平成25)年12月に社会保障制度改革プログラム法が成立しています。そのプログラム法の中に、少子化、医療、介護、年金の社会保障4分野について、具体的にこういうことをやりましょうと書き込まれている。年金で進んでいく流れも、医療、介護で進んでいく流れも子育てのほうで進んでいく流れもできあがっていて、その延長線上にいまの年金制度もありましたね。そして、2013年8月の社会保障制度改革国民会議の報告書、それを受けて12月に国会で成立した社会保障制度改革プログラム法に沿ったかたちで、オプション試算は行われています。

そこで、オプション試算の重要性について申し上げれば、まず、2014(平成26)年財政検証で山崎さんたちが1回目のオプション試算を実施した。そして今回2019(令和元)年財政検証での2度目のオプション試算を行い、ほんとうに詰めなければならないところを詰めていっています。どんどん詰めていく過程で、社会保障制度改革国民会議から社会保障制度改革プログラム法で論じられてきた、将来の給付水準を高めるための、給付の十分性を高めるための政策がどんどん具体化されてきています。

山崎さんたちは、前回2014(平成26)年財政検証のオプションⅠ「マクロ経済スライドの仕組みの見直し」のところで一歩前進、二歩前進させた。オプションⅠというのは、物価・賃金の伸びが低い場合でもマクロ経済スライドによる調整がフルに発動されるような仕組みとした場合を試算したものですが、やはりそこは政治からの抵抗が強くあり、マクロ経済スライドによっては年金の名目額を下げないという要請が絶対だったと思います。その制約条件の下で、2014(平成26)年年金制度改正の議論では、名目下限を堅持しながらマクロ経済スライドの未調整分を、翌年度以降に繰り越すというキャリーオーバー方式の導入を実現されました。この時、キャリーオーバー方式とともに、マクロ経済スライドとは別に年金額改定ルールの見直しとして提案されたのが、賃金変動に合わせて改定する考え方を徹底するという「賃金徹底」のルールでしたね。たとえば2004(平成16)年改正翌年の2005(平成17)年度から2018(平成30)年度まで、賃金変動率が物価変動率を上回ったのは2005(平成17)年度の一度しかない。2016(平成28)年改正で賃金徹底を導入することができたというのは、すごい改革だと思います。ただ、賃金徹底は2021(令和3)年度からということであり、次の年金改正法案が出されるのは2020(令和2)年。動き出してもいない賃金徹底を横目にマクロ経済スライドのフル適用を議論することもできないということから、今回の財政検証では、前回の財政検証のオプションⅡ「被用者保険の更なる適用拡大」とオプションⅢ「保険料拠出期間と受給開始年齢の選択制」に焦点を当てていきましょうということになっているんでしょうね。

 

年金制度を動かすための仕組みが進化している

 

権丈:坂本さんが数理課長として担当されていた時代は財政再計算で、改正案を先に考えて、それをメイン試算として、一方、現行制度に基づくものは参考試算という位置づけでした。つまり、現行制度のままでは参考試算のような未来になってしまいますから、メイン試算で示された見通しにあるような制度に改正しますという考え方でした。しかし、5年に一度の財政再計算の度に保険料を上げていくことは、2000年ころからきつい状況だということで、2004(平成16)年年金制度改正において、保険料固定方式により保険料率の上限を決め、その一方でマクロ経済スライドを導入して給付水準を調整していく仕組みに切り替えられる。そのあと、それを引き継いでいく山崎さんのときに第1回目の財政検証が2009(平成21)年に行われたのですが、そのときは財政検証結果が年金部会で報告されたときに、年金部会の役割は終わっていたんですよね。その後、開催されていません。

しかし、その5年後の2014(平成26)年に第2回目の財政検証結果が出たときには、僕は、直後に開催された財政検証のシンポジウムで「年金部会の人たちはこれから仕事がありますから、ガンバってくださいね」と話をしていました。というのも、すでにここでは年金制度を動かす仕組みが大きく変わっていて、今回の財政検証でも、年金部会はこれから9月以降、オプション試算つまり制度改正案について検討していくことになっています。

つまり、2009(平成21)年の第1回目の財政検証のときには本体試算しかなかった。しかしそれではダメだということで、次の2014(平成26)年財政検証までの間に社会保障制度改革国民会議があって、そこで、年金制度をPDCAサイクル(計画Plan‐実施Do‐検証Check‐改革Action)に切り替えていく大きな転換があったわけです。2004(平成16)年に坂本さんたちがつくられた平成16年年金改正法のもとでは、「次期財政検証までの間に所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合には、給付水準調整を終了し、給付と費用負担の在り方について検討を行う」(2004(平成16)年改正法附則第2条)という規定でしたから、今回、はじめて作られていた、5年後の所得代替率と、調整終了時がまとめられた次の資料一枚ですむわけですね。僕はけっこう、この図、気に入ってるんですよね。

 

図表⑩2019年(令和元)年財政検証結果の概略

出所:厚生労働省「国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し―2019(令和元)年財政検証結果―」(2019年8月27日)[「第9回社会保障審議会年金部会 2019年8月27日 資料2-1」12頁

https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000540584.pdf

 

権丈:2009(平成21)年財政検証のときも5年先の所得代替率を見る限り、制度改正を議論する必要はなかったのだけれども、いまテコ入れしておけば将来、年金給付を充実させることができるということは、財政検証で100年先まで先読みされて可視化されているわけですから、将来目指されるべき給付水準に到達するように、今なすべきことをやるという、バックキャスティングな観点から年金行政を展開していくというのは当然です。そこで、社会保障制度改革国民会議が報告書を出して、社会保障制度改革プログラム法という法律にして、その法律にもとづいて、山崎さんたちが第2回目となる2014(平成26)年財政検証でオプション試算を出していくことになる。

かつては2004(平成16)年までは、さきに法律案が作られて、それに基づく試算がメイン試算だったわけです。そこが変わって、2014(平成26)年からはオプション試算というかたちで、改革のだいたいの方向性がわかるものを出しています。けれども何を具体的にやっていくかは年金部会を始めみんなで議論していきましょうという方向に年金制度を動かす仕組みが変わってきている、あるいは進化してきている。こういうことをまず理解しておかないと、これから始まる年金制度改正の議論に関わっていくことはむずかしいのかなと思いますし、また、財政検証結果の何を報道しなければいけないか、何が重要なのかということも見失ってしまうのではないかという気がしています。

*「年金制度を見直す仕組みの歴史を知ってますか」『東洋経済オンライン』(2019年9月14日)参照。

 

年金制度を動かすための仕組みが進化している――権丈氏。

 

山崎:2009(平成21)年のときのことをいまから振り返ってみますと、まさに政権交代前夜の状況で、いわゆる年金記録問題が盛んに取り上げられていたころです。その意味では制度の抜本改革という民主党案があたかもバラ色の夢であるかのような思いをマスコミにも持っている方がいたし、そういう時代だったので、そのころにオプション試算と言っても取り上げられることもなく、いわゆる民主党案が究極のオプションであったわけです。

そういう政治状況だったのですが、あのときは国庫負担2分の1を前提とした財政検証だったのですが、何年に2分の1にするという、ある意味、訓示規定みたいなものがあるだけで、税制の抜本改革をやって、税財源を確保していこうということでした。

それでも、そのなかで少しでも2分の1に近づいていこうということで、毎年毎年汗をかいて、いわゆる年金課税を強化した分をまわしてもらったり、臨時財源を確保したりして、ちょっとずつ2分の1に近づけていったのですが、いったいいつになったら2分の1になるのだという状況だったのです。そのためには抜本的な税制改正、つまり消費税率の引き上げとセットでないと実現できなかったのです。しかし、それにはかなりの政治的なエネルギーが必要で、結局、政権交代の大波を経て、民主党案を検討してはみたものの、やはり早期の実現は厳しそうだということが、民主党内部からも出てきて、そのうえであの3党合意による社会保障制度改革推進法、社会保障・税一体改革関連法が成立したのです。

だから、ある意味、超党派でないとできない話だったと思うのです。それによって消費税率の引き上げが成就し、国庫負担の2分の1ができるようになりました。そこまでやって、いまは保険料も最終の保険料(率)になりました。そういうことを踏まえてオプション試算が出せるような環境になったのだと思います。ある意味、基本的にいまのしくみをベースとしつつ、どこをどう直していけばよりよい制度になるのか、落ち着いて議論できるような環境になってきたのが2014(平成26)年の第2回目の財政検証のときで、そのときにオプション試算が実施できるようになったのです。そこで、今回の財政検証はそのラインの上にのって5年経ってどうですかということを改めて議論しています。まあ、段々と落ち着いた議論ができる環境になってきたということでしょう。

 

2人の数理担当者が改めて2004年(平成16)年年金制度改正を振り返る

 

権丈:そこで、年金制度そのものではなくて、そのまわりの年金制度を動かすシステムが大きく、坂本さんたちの時代と山崎さんたちの時代とで変化していく。山崎さんのなかでも2009(平成21)年と2014(平成26)年とではフェーズが全然違う。

それで、そのあたりのところを理解するうえで、坂本さんから、なぜ保険料固定方式が生まれてくることになったのか、そしてその保険料固定方式のなかで年金制度を改善していくためにどのようなことを考えられていたのか、簡単にご説明いただければ思います。そして、その保険料固定方式という仕組みを託された山崎さんたちは、その後どう給付水準を上げていけばいいのかということで、どのような議論をされていたのか、教えていただければと思います。

坂本:保険料固定方式というのは、その前の制度改正から絡んでくるのですが、2004(平成16)年改正の前は2000(平成12)年改正でしたが、その改正において、わたしたちは給付の十分性を確保しながら財政の均衡を達成できたものと思っていたのです。ところが2002(平成14)年の新人口推計が公表されると、また出生率が落ち、寿命が延びて死亡率が改善されるということが示されました。そうなると年金財政の均衡が崩れてしまうことにまたしても直面することになってしまったのです。

これをまた立て直すのにどうしたらいいかということで、年金課長が中心になって、国会議員の先生方のところを回っていたのですが、「あなたたち役人はこの前の改正でいちおう改正はできたと言ったではないか。ところが、選挙区に帰れば、若い世代の保険料はどんどん上がっていき、際限なく上がるのではないかとみんな不安を持っている。こんなことをやっていては、次の選挙に勝てない」と言われたりして、とにかくこれまでと同じように、給付水準を下げて、一方でその給付設計に基づいて保険料(率)を上げるということでは、制度改正を完結させることはできなくなってきたと感じたのです。

そうしたことから、負担はある一定限度で固定するというかたちをとらざるを得ないのではないか、その負担に応じて給付を変えていくメカニズムをつくれないかと、当時、辻哲夫さんが年金局長だったときに、そういう命題を具体化できないか宿題が出ました。そこで、いろいろ議論して、これには山崎さんの力が非常に大きかったのですが、実は山崎さんは2004(平成16)年改正のとき数理調整管理官でして、マクロ経済スライドのメカニズムも山崎さんが中心になって定式化してくれたのです。それで、保険料の上限を固定したうえで、そのなかで給付を均衡させるメカニズムを、スウェーデンの事例やイタリアの事例などを調べながら作っていったのです。それが2002(平成14)年12月にまとめた「年金改革の骨格に関する方向性と論点」という報告書につながっていったのです。

それにもう一つ付け加えておきますと、これは財政的な要因ではないのですが、保険料固定方式に傾いていった一つの要素として、前世紀の終わりごろ、官僚のスキャンダルがありました。それで政治家がなかなか役人の議論に載ってくれない、お前らの言うことは信用できないという関係になっていまして、だからある意味自然現象にちかい、社会の変化に対して、自動的に対応できるようなメカニズムが必要だと感じていました。そこで政争の具にされないで、対応できるような仕組みをつくろうということも動機の一つであったと言えるかと思います。

給付設計に基づいて保険料(率)を上げるということでは、制度改正を完結させることはできなくなってきたと感じたのです――坂本氏。

 

権丈:2000(平成12)年改正では保険料の引き上げが凍結されたのですよね。

坂本:最初から釘をさされていまして、あのときは、バブル崩壊後の不況がずっと続いていました。しかも、1997(平成11)年にアジア通貨危機などが起こって、ここで消費を下支えする意味でも減税をやらなければいけない、そういう状況のなかで、保険料を上げるなんてもってのほかだと、宮下創平厚生大臣のときに保険料を上げることは絶対にやめろと条件が出まして、それで断念せざるを得なかったということがありました。1998年の秋のことでした。

権丈:旧来型の財政再計算で段階的に保険料を上げていくフレームをそこで断念することになるわけですね。そこから次のステップを考えていこうということになったわけですか。

坂本:実際に動き始めたのは2002(平成14)年の新人口推計が出た後です。

権丈:それを受けて保険料固定方式で負担を固定して、給付水準をマクロ経済スライドで調整していく方法が考えだされていくわけですが、そこから先どういう問題が起こることになりましたか。

山崎:まず、2004(平成16)年改正ですが、まさにいま話にあったように、2000(平成12)年改正で最初に決まったのが保険料の凍結で、いったん凍結された保険料の引き上げを再開させることは非常にエネルギーのいる話なのです。一方で、2002(平成14)年に1.39ショックと呼ばれた出生率による将来人口推計が出たということで、従来、1994(平成6)年改正のときにずいぶんいろいろと給付と負担に関してはほとんどやりつくすくらいの改正だったのですが、このときに前提とした出生率の見通しは1.8でした。2000(平成12)年改正のときに、出生率の見通しが1.6に悪化したので、報酬比例部分の給付乗率を5%落とし、既裁定年金の改定を物価スライドのみにし、支給開始年齢の引き上げについては前回の1994(平成6)年改正で老齢厚生年金の定額部分、そして2000(平成12)年改正では報酬比例部分を65歳まで引き上げることでいちおう65歳支給開始を完成するかたちにしたのです。いろいろやってようやく数字をおさめたかっこうになっていたのですが、人口の前提が悪化すると、もうこまごました改正項目を積み上げてもむずかしいと感じましたね。要するに凍結された保険料を上げていくときに、とりあえずここまでが見通しだけども、これは単なる見通しであって将来もっと上がるかもしれませんよと言いつつ上げてもらうことはできないと感じました。だから、保険料を上げますが、ここが限度であとは一定で固定しますと将来のことまで法律に書ききってしまうということをやらないと無理だと思いましたね。

そうなると給付水準の議論はできなくなってしまうのです。要するに、保険料を引き上げていくことで年金財政を将来にわたって持続可能な制度としていくことができないとなると、一定の給付水準を確保しますと言っても絵に描いた餅になってしまうのです。

したがって、いま現に年金を受けている人の生活が激変しないように、給付水準を徐々に下げていくしかないわけですから、そこで、固定された負担の範囲内で負担と給付が均衡するよう徐々に給付水準を引き下げていくにはどうしたらいいかを考えなければなりません。そうであれば、スライド率でちょっとずつ調整していくしかないでしょうということになります。ということで、マクロ経済スライドによるスライド調整率で徐々に引き下げていくことにしたのです。

ただ、2004(平成16)年改正の議論をしていた当時はまだデフレの時代が続くという認識ではなかったので、物価変動率はプラスで、その上にちょっとは賃金上昇率が乗っかっているような正常な経済環境に速やかに戻ることが念頭にありましたから、マクロ経済スライドがちゃんと機能していくものと思っていたのです。

ところが、マクロ経済スライドを導入した後にもデフレが続き、マクロ経済スライドがなかなか発動できないことになってしまいました。しかし、デフレ時代が始まったときには、一時的な現象だと思っていたので、マイナスの物価スライドを実施すると高齢者が財布のひもを締めて、むしろデフレを加速させることになってしまうということで、国会ではほとんど全会一致で、物価が下落したにもかかわらず年金額は引き下げずに据え置くという特例法を成立させているのです。それにより、平成11年から13年にかけては物価が下落したにもかかわらず、本来の年金額よりも2.5%高い特例水準の年金額が支払われていたのですが、平成24年11月に成立した法律によって、特例水準を計画的に解消していくことが定められ、これによってようやくマクロ経済スライドが発動できる状況になったのです。

しかし、そのあともデフレが続き、年金額の名目下限維持という改定ルールにあっては、なかなかマクロ経済スライドを機能させることができませんでした。そうしたことから前回までの財政検証結果でも示されているように、5年間で本来下がっていたはずの水準まで所得代替率は下がっていなくて、逆に上がってしまっていたのです。

いまもそういう状況がある程度続いていて、前回の2016(平成28)年改正ではキャリーオーバーを導入し、多少成果は出ていますが、それでも前回の財政検証のときには、ケースEでは2014(平成26)年度に62.7%であった所得代替率が次の財政検証となる2019年度では59.7%となることが見込まれ、5年間で3ポイント分調整されているはずだったのが、2019年度の実績値をみると所得代替率は61.7%ですから、それより2ポイント分高いところから今回は給付水準の調整がスタートしているのです。

さきほども触れましたが、幸いにもこの5年間で運用の実績が見込みよりかなりよかったということと、もう一つは国民年金の1・3号から2号へ移動する人が見込みよりも多かったこと、また、厚生年金自体の被保険者が見込みより増えているという雇用のほうでのプラスの面があって、足下でマクロ経済スライドが予定ほど発動されなかった分をある程度カバーをして、今回の財政検証のスタートラインになっているのかなと思います。そういう意味では経済のほうでのデフレ脱却、景気はそれなりですし、雇用のほうもいいのですけど、どうしても名目での物価上昇のプラスがもうちょっと定着してこないとなかなか厳しいのかなという感じではありますね。とはいえ、その一方で、世界経済の先行きがいま不透明になってきていていることが懸念されます。

権丈:さきほどの話にありましたが、1度凍結された保険料の引き上げを始動させるときのエネルギーをどういうふうにつくるかというところで、保険料の上限を決めるというかたちで動かしていったということですね。

山崎:あと積立金ですね、こんな巨額の積立金はいらないのではないかという議論があって、それを踏まえて、おおむね100年後には1年分くらいにするように計画するとしました。ただ、すぐ取り崩すのものではなくて、人口の厳しい時期、つまり団塊ジュニア世代が受給者になっている時期を乗り切るためのものとして、有限均衡方式を導入したのが2004(平成16)年の財政再計算のときです。保険料固定方式と有限均衡方式の導入が一つのセットになって、保険料引き上げ凍結解除の動因になっていたのです。

権丈:いまお二人から、極めて緊迫感のある話をうかがいました。1997年のアジア金融危機、2000年の保険料引き上げの凍結から、パラダイムシフトと呼ぶにふさわしい2004年改革までの緊張感のある年金局数理課を経験されたお二人と、それ以前の人たちの間では、年金観に違いがあるのを感じてきたのですけど、それはその間の、経済、政治が突きつけた四面楚歌の下での厳しい年金行政の体験からくるのでしょうね。パラダイムシフトというのは、シフト以前の人たちは絶対に受け入れないということを、これを唱えたトーマス・クーンが量子論の創始者マックス・プランクの言葉「むしろ反対者が死に絶えて新しい世代が成長し、彼らにはあたりまえになってしまう時にはじめて勝利する」と論じていますけど、なるほどなっという感じです。

編集部:前回(第5夜)の居酒屋ねんきん談義で小野正昭さんが、保険料固定方式が導入されたことで制度改正のテーマが財政問題から分配問題に代わったというご指摘がありました。年金額改定ルールの見直しということで言えば、マクロ経済スライドが十分にできるだけ早期に機能することで、将来の給付水準を高く維持することができるようになります。つまり、現在の受給者と将来の受給者の分配の在り方をどうするかということが制度改正のテーマとなったという言い方もできます。

権丈:保険料が固定されたということは、向こう100年間というか、年金が存続している限り、収入が固定されているということですから、その収入を1本の羊羹に例えて、これを世代間でどう分けていくか、あるいは世代内の高所得・中所得・低所得者にどう分けていくかという分配の問題になります。また、プラスアルファとして小さな羊羹を加えることもできます。年金財政に小さな羊羹を持ってくることが被保険者期間の延長であり、そのメカニズムを理解するのが少し難しいのですけど、適用拡大も基礎年金に国庫負担という小さな羊羹を付け加えてくれます。今回のオプション試算は2つのかたちで分配問題に回答を用意しているんですね。一つはオプションA(被用者保険の更なる適用拡大)、もう一つがオプションB(保険料拠出期間の延長と受給開始時期の選択)です。

ここで、一つわたくしのほうで伺いたいのは、高齢者と女性の就業が進みました、就業が進んだがゆえにマクロ経済スライドのスライド調整率が小さくなりました。しかし生産年齢人口は将来的にもさらに低下していくから、就業率をどう上げたとしても、いずれは就業者数は減る。そのときに生産年齢人口の大幅な減少ということが、坂本さんたちがスライド調整率を置いたとき以上に大きくなったりしないのか、つまり、マクロ経済スライドが先送りされるような状態にならないのかということです。給付総額が大きいときに大きなスライド調整率をかけておいた方が、将来の給付水準は上がるわけですよね。

坂本:それはありえるでしょうね。つまり、言い換えますと20歳から70歳の人口がいずれ急激に減る時期が来るということですね。そのような事態が生じると、マクロ経済スライドのスライド調整率が大きくなり、本来的なマクロ経済スライドの急激な変化を避けるという条件を満たさなくなってしまうでしょう。

山崎:そもそもマクロ経済スライドは、給付水準を調整していくとき、そのことを納得してもらうために納得性の高い指標を作っているだけのことなので、ある意味、いま足下のところで高齢者雇用が増えたことで、被保険者が実はあまり減少しません。それによりマクロ経済スライドのスライド調整率は小さくなっていて、ほんとうはもっと事前に調整しておきたいと思っても、そこはある意味、自縄自縛で、もともと制度を導入したときに、いまの人たちが雇用をがんばれば、スライド調整率は小さくすることができると言って導入してもらっているので、それが効かないからと言って、もっと調整するのであれば、将来を見込んで、毎年定率で調整したほうがいいのではないかという議論が年金部会でもあったのですが、そこはやっぱり努力してがんばればスライド調整率を小さくできる実績反映型のほうがいいという議論を経て、こういうふうになっているのです。

権丈:なるほど。

山崎:そもそもマクロ経済スライドを既裁定年金の改定にも及ぼして、既裁定年金の水準を下げるということはなかなかの決断であったと思います。そして、日本の高齢者は、そのことを理解してくれているわけです。将来の自分の孫の世代の給付を確保するためには自分たちもそれなりに辛抱しなければならないということで、それなりに納得いただいている話なので、あんまりそこをもうひと声とか言わないほうがいいのではないかという気はするのですけどね。

権丈:これは正しい制度というか、制度が正義であれば、時間をかけて説得していけばわかってくれるという話なのだと思いますね。マクロ経済スライドを高齢者団体も理解してくれているんですよ。これは正しい制度、後ろめたくない制度をつくっておくことの強みですね。

坂本:そうですね。支給開始年齢の引き上げが言われたときには、それでは逃げ切りの世代が出ると、それで受給者もそれなりに痛みを分かち合うシステムをつくれという命題にもマクロ経済スライドは対応しているのです。

 

モデル年金で所得代替率を考えることはおかしいという議論について

 

権丈:今回、特におもしろかったの資料4の「2019(令和元)年財政検証関連資料」でした。そこに「多様な世帯類型における所得代替率」というのがあり、この資料は、世間で未だに言われる、専業主婦世帯の年金をモデル年金というのはおかしいという批判を、これでもかというくらいに潰していますね。財政検証後の世間の出方を見越して、そのために準備した資料として僕はとても高く評価しています。このあたり、みなさんがいくら説明しても理解してもらえないところなのですけど、なぜ世の中、この手の議論が盛り上がってしまうのでしょうか。これから先も出てくる話だとは思いますが。

坂本:いくつか要因があると思うのです。ひとつは素朴に、いまの日本の典型世帯は変わっていますよ、という認識で、モデル年金だけで見るのでは不十分だということだと思います。そういう意見に対する厚生労働省の説明が、第9回年金部会に提出した資料4の16頁に示されています。モデル年金というよりも目安としている世帯の世帯の年金と言ったほうがいいかもしれません。

もうひとつは、よこしまな意図を持った意見ですね。要するに財政検証結果の有効性にケチをつけようというものです。そうは言っても、時系列において年金制度の給付水準を比較するうえでは、これまでずっとモデル年金の世帯類型で年金額の給付水準を見てきたのですから、これからもこの世帯類型で見ていくしかないのです。

 

図表⑪賃金水準(1人あたり)に応じた年金月額、所得代替率と世帯構成(2016年)

出所:「2019(令和元)年財政検証関連資料―足下(2019年度)の所得代替率を確保するために必要な受給開始時期の選択」(2019年8月27日)[「第9回社会保障審議会年金部会 2019年8月27日 資料4」16頁]

https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000540589.pdf

 

権丈:そうですね。財政検証のモデル年金で自分の年金が将来いくらになるのかということを見ようとすること自体が間違いなんですよね。

坂本:ええ、年金制度の給付水準を示しているだけなのですからね。

権丈:ですね。モデル年金という政策指標を計算するための基準世帯が、40年加入の専業主婦世帯とされているだけですから。「所得代替率や年金額の違いは世帯類型ではなく賃金水準の相違から生じているものであり、賃金水準に着目することが重要」ということを勉強して理解してもらい、あとは自分であてはめてもらうしかないですね。でもこの話題だけで新聞の特集記事が書かれていたり、なんか底なしですね。

編集部:財政検証結果をある意味ダイレクトにあなたの年金はこうなる的な伝え方だと、いまの若い人が将来65歳になったときには、マクロ経済スライドにより、当然、現在の給付水準より引き下げられた年金を受けることになるから、わたしの年金、こうなっちゃうんだ、どうしようと、財政検証結果が自分の年金の話にすりかわっちゃうじゃないかということを危惧します。そうした伝え方では、「なぜ年金の給付水準を引き下げなければならないのか」という財政検証の目的や役割が伝わりません。制度の将来見通しの話とそれを受ける個々の被保険者・受給者に向けたメッセージのあり方については、注意を払わなければいけないと思いますね。

権丈:わたしの年金はどうなるのかということでは、財政検証の本体試算は使えないでしょう。本体試算はオプション試算における改革効果を見るためのベンチマークとなる参照試算のようなものですから。随分と前から言っているように、オプション試算を反映しない未来はないんです。オプション試算で示された改革を実行すると、所得代替率で見ても、今よりは高くなったりする。本体試算を予測だと勘違いしていたのが、6月の金融庁の報告ですね。市場ワーキンググループに厚生労働省が平成26年財政検証の本体試算ケースEが提出され、これに基づいて、「月々の赤字は5.5万円ではなくて、団塊ジュニアから先の世代は10万円ぐらいになってくるのではないか」との発言が、年金部会の委員からも出ていたりする。

どうしても自分の将来の年金が知りたければ、公的年金を取り巻くこうした事情を理解してくれているファイナンシャルプランナーや社会保険労務士が最近は多くなって、彼らが仲介してくれていますし、日本年金機構からは「ねんきん定期便」とか、インターネットによる「ねんきんネット」を通じて、あなた自身の年金についての情報提供をしています。

山崎:なぜ、モデル年金額が必要かというと、マクロ経済スライドで給付水準を下げていくときにどの程度まで下がると、生活が厳しいのではないかという、制度改正の議論をするときのメルクマールとして50%という所得代替率を設けています。その50%という割合を何で見るのか定義が必要なので、モデル年金額というものがあるわけです。ひとつわかりやすい指標として、40年無業の妻と、平均的な賃金の夫という世帯類型を置いたのですが、これがオールドファッションじゃないか、そんな世帯はどこにいるのだという話になっているのだけど、これは単なるひとつの目安なのです。そういう世帯類型を設定して、その世帯が受ける年金額の所得代替率50%をメルクマールにしましょうというだけの話で、一つの物差しなのです。年金制度では、世帯で見ての負担が同じであれば、給付も同じになるので、夫が40年まるまる入っていて妻は0年という人はそれほどいないかもしれないけれど、例えば夫が35年、妻が5年という人あたりなら結構いるのではないでしょうか。

 

図表⑫賃金水準(1人あたり)が同じ世帯における公的年金の負担と給付の構造

出所:「2019(令和元)年財政検証関連資料―多様な世帯類型における所得代替率」(2019年8月27日)[「第9回社会保障審議会年金部会 2019年8月27日 資料4」13頁]

https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000540589.pdf

 

第3号問題は第3号分割の仕組みによって概念上は解決した

 

権丈:世帯類型に関連して出てくる話として、昔から第3号被保険者があり、これが「問題」だという話が未だにあるのですが、そのあたりはいかがでしょうか。

山崎:そもそも、片働き世帯の外で働く人の賃金と共働きによる2人分の賃金とが同じであれば、世帯として受ける年金額は同じなわけです。それをご理解いただいていれば、第3号問題は、2004(平成16)年改正のときに、第3号被保険者期間についての厚生年金の分割が可能となる、いわゆる第3号分割の仕組みが設けられたことで、概念上は解決した問題だと思っています。要するに、夫が払った保険料というのは夫婦2人で払ったものだと考えるという宣言規定が法律に明記され、3号期間分の夫の厚生年金は離婚するときにはその半分が無条件に妻の持ち分ということになりました。払った保険料は夫婦2人で半々払ったものであると基本的に認識するということですから、これはある意味、うちで内助の功をして、それはもちろん奥さんではなくて旦那さんでもいいのですが、2人セットで、1人が働きに出て給料を稼いできて、もう1人がうちのなかのことをやっているという世帯類型であっても、2人で半々ずつ稼いできたものとみなします。そして、離婚したときにはそれを無条件に半分ずつ分けることになりましたから、第3号問題はわたしの理解としては、もう過去の話なのです。

権丈:年金局が作っている図でも、夫の厚生年金のところに破線を引いて分割しているんですよね。そうした手が込んでるところ、僕は好きですね(笑)。

1994(平成6)年が、第3号被保険者が数の上ではピークだったでしょうか。そのころは1,200万人を超えていましたが、現在は890万人ほどになっていて、毎年15万人から20万人のペースで減っているんですね。

山崎:パート適用を伸ばしていけば、厚生年金に入っていくだろうし、実際、財政検証の見込みと比べても1号もそうですが、3号の減少は、この5年間大きいのです。

権丈:むかしは女性が働ける職場が少なかったから、3号制度は必要だったけど、いまの若い人は共働きを選択するようになっています。

坂本:3号の減少の主な要因は、被用者になったということなのでしょうか。

山崎:そういうことだと思います。

権丈:いまNHKで「なつぞら」というテレビドラマを放送していますが、そのなかで1960年代末から70年代はドラマで描かれているように、社会の体制が整備されていなかったから、女性が働くことは一大覚悟が必要だった。だけどいまはそうではなくなってきています。

僕はいたるところで話しているのですけど、次の図に見るように第3号被保険者の減少は、若い世代が3号にならないから起こっているんですね。

 

図表⑬第3号被保険者の被保険者数及び年齢構成の推移

注:自由民主党厚生労働部会全世代型社会保障改革ビジョン検討PT(2019年2月21日)での報告「勤労者皆社会保険制度Work Longer 社会に向けた平成16年フレームの進化」で用いた資料。

 

権丈:今回の財政検証でもそうしたコーホート効果考慮しています。適用拡大の度合いによって幅がでますが、2030年には400万から500万、その後もずっと減っていって100年後には、適用拡大があまり進まなくても200万を切る数字が前提とされていますね。今なら、そうした未来は、これから女性も生き生きと活躍できる社会になるっていいんじゃないっと受け入れられますけど、「なつぞら」のドラマの1960-70年代だったら、それはないだろうぉっと、驚かれたでしょうね。時代でしょうね。

 

年金制度改正が合成の誤謬を解決する

 

権丈:さて、これから先の制度改革、財政検証結果で言えば、オプション試算に関わることで、まず適用拡大ですね。この点、世の中、そこまでバカかと思うことがあって、適用拡大が進むと給付水準が上がるということが大手メディアも理解できないようで、年金財政が厳しくなってきたから、中低所得者まで適用することによって、財政の支え手になってもらうというような語り口で適用拡大が説明されているんですね。

なぜ、中低所得者が厚生年金に加入をすることによって、給付水準が上がるのかというところは、ひとつの説明のヤマ場なのですが、報道する側もよくわからないまま、最終的には彼らの理解が行き着く先が、財政が厳しいなか支え手が増えるからということなのでしょう。

だから、僕は、年金に関しては支え手を増やすという表現は使わないでくれと前から言っているんですね。介護は支え手を増やすという表現はあり得ます。介護保険では40歳からの加入を20歳からにすることで、財政に余裕が生まれます。しかし、年金の場合は支え手を増やしましょうと言って、加入して保険料を払ったら、支払った分に応じた給付が発生することになりますから、財政が健全化するという話ではない。だから、財政が苦しくなったからパートの人たちにまで保険料を払わせようとしているという報道には、オプションAの目的がまったく理解できていないと言わざるを得ませんね。

山崎:実際にパートの人たちにとっては、自分で国民年金の保険料を払うよりも、適用されて厚生年金の保険料を払い、なおかつ事業主負担があるほうがいいわけですよね。しかし、いままで自分で保険料を負担してこなかった3号の人にとっては、厚生年金に適用されて増える給付に比べて、新たに生じる保険料負担をどう考えるかということなのでしょうが、そこは、働いてそれなりに所得があるのに3号ですというのはちょっと肩身が狭いでしょうということで、気持ちを切り替えて加入してもらうということだと思いますよ。

権丈:年金って長生きリスクに対する保険なんですよね。平均年齢まで生きた場合の損得計算って意味がないですよ。どうしてもやりたいなら、世界の人類史上の最高齢まで長生きした人の年齢まで生きた場合の損得計算をすればいいんですよ。

その一方で、僕たちから見ると、1号の人が2号になるということは自分が負担する保険料は少なくなっているのに給付が大幅に増えることになるから、あなたたちのためですと言おうとしているのに、報道が支え手を増やすというようなところで適用拡大を理解しているから、この人たちからも保険料を取る政策が進められているというような伝わり方になってしまっているのはほんとうにバカげてます。

山崎:ここでもう一つ指摘しておきたいのは、年金保障をしっかり確保しておくには、1号だとなかには保険料を払い損ねる人がいるかもしれないけれど、厚生年金では普通、払い損ねるということはありませんから、そういう意味では将来の年金権が確実に保障されるということになるわけです。

権丈:最後に、オプションB(保険料拠出期間の延長と受給開始時期の選択)に関連して、昔から言っていることを言っておきますと、今は、65歳を所得代替率50%を診断する基準年齢としています。だけど今の政治の繰下げ推奨の勢いが功を奏して繰下げが進み、平均受給開始年齢が上がっていったら、その年齢で所得代替率50%が確保されているかどうかを診る制度に切り替えたらいいと思う。同時に、50%を下回ることが見込まれたら保険料を引き上げるよう法律改正をしておく。

そうすると経済界は雇用を延長するか、保険料を引き上げるかの選択を迫られることになります。個々の企業から見れば雇用延長はしないと判断をするかもしれませんが、経済界全体としては、個々の企業が雇用延長を拒むことによって、経済界全体の保険料負担が増えてしまうという合成の誤謬に陥ってしまう。この合成の誤謬の解決を、経団連や同友会が図っていく。

業種によっては65歳以上の雇用はムリというのであれば、つなぎ年金としての企業年金、さらには私的年金の準備を、経団連や同友会などの経済界が促していく。民間の金融機関も繰下げ受給までの商品開発に全力投球!

とにかく、年金は保険なんだという理解が広まることが大切ですね。繰下げを進めるためには、年金が長生きをすればするほど給付金の必要性が高まる保険であることの理解が必須です。

編集部:きょうはどうもありがとうございました。それではみなさん、ほんとうの居酒屋に場所を移すことにしましょう。

ほんとうの居酒屋に場所を移してもねんきん談義は続きます(撮影協力:神田司町・小鉢料理 そらみち)
年金時代