年金時代

第7夜 第15回年金部会「社会保障審議会年金部会における議論の整理」を巡って その4

社会保障審議会年金部会は、2018(平成30)年4月から2019(令和元)年12月までの15回にわたって、年金制度改革に向けた検討を行ってきました。昨年12月15日に開催された第15回年金部会では、これまでの部会の議論を整理。同27日には「社会保障審議会年金部会における議論の整理」が公表されました。第7夜の「居酒屋ねんきん談義」では、この「議論の整理」をテーマに年金部会の委員でもある、出口治明さんをお招きして、居酒屋ねんきん談義の店主・権丈善一さんと常連客・坂本純一さんとで、大いに談義を交わしていただきました。(収録:2020年1月19日)

ねんきん談義を交わす左手前から、権丈氏、出口氏、坂本氏。

店主:権丈善一(けんじょう・よしかず)慶應義塾大学商学部教授。社会保障審議会年金部会委員。2013(平成25)年8月、財政検証において年金制度改正の課題の検討に資するオプション試算の実施を提言した社会保障制度改革国民会議の委員も歴任。

常連客:坂本純一(さかもと・じゅんいち)JSアクチュアリー事務所代表。厚生労働省年金局数理課長として、現在の公的年金制度の財政フレームを導入した2004(平成16)年改正を担当。

招待客:出口治明(でぐち・はるあき)立命館アジア太平洋大学(APU)学長。社会保障審議会年金部会委員。1948(昭和23)年三重県生まれ。京都大学法学部出身。1972年日本生命保険相互会社入社。2006(平成18)年同社退職。2008年ライフネット生命保険株式会社開業、社長に就任。2012年上場。2017年6月同社取締役を退任。2018年1月立命館アジア太平洋大学(APU)学長に就任。

店員:年金時代編集部

 

年金を取り巻く、いまの日本の状況をどうとらえるか?

権丈さて、ここで、またまた、大局的な視点でお話を伺いたいのですが、出口さんは、いまの日本が置かれた状況を、どうご覧になっていますか。

権丈善一氏。

出口歴史的に見たら、この国は、極論すれば存亡の危機に立っていると思うべきです。というのも、この30年間で、PPP(購買力平価)で見たGDP(国内総生産)の世界シェアは9%から4%にまで落ちているのです。スイスのIMD(国際経営開発研究所)による国際競争力では日本は30年前のトップから2019年には30位にまで落ち、1989年に時価総額トップ企業20社のなかに日本企業は14社もいたのが、いまはゼロでトヨタの35位が最高です。そこで、なんでこんなことになってしまったかと言うと、構造改革が行われず、新しいものが生み出されなかったからであって、そのことを直視することからしか、始まらないのではないですか。

出口治明氏。

権丈30年前のバブルやはり驚くべき時代でしたね。それと、日本が人口減少社会であることも考える必要があると思います。日本銀行総裁の白川方明さんは、出口さんの学長就任パーティの時に挨拶をされていましたけど、白川さんがよく使っていたグラフは、次ですね

日本銀行総裁の白川方明さんがよく使っていた先進国のGDPのグラフ

出所:日本銀行「物価安定のもとでの持続的成長に向けて――きさらぎ会における講演――」2012年11月12日 日本銀行総裁 白川方明[23頁]https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2012/data/ko121112a2.pdf

人口全員を対象とした実質GDPの伸びでは日本は他国と比べて見劣りするけど、生産年齢人口1 人当たり実質GDP で見れば、日本のパフォーマンスはよくがんばっているじゃないかという感じになる。2015年に大流行したピケティの『21世紀の資本』は200年間を対象としていますけど、出てくる図はすべて1人当たりGDPで、総GDPはないですね。人口が大きく変化する場合、総GDPでの時系列の比較はあまり意味がないですから。

出口いま1人当たりGDPは26番くらいじゃないですか。

権丈そのあたりはPPPでも換算面でなかなかむずかしいところがあって、国内の伸び率でずっと見ていくと、先ほどの白川さんのデータもそうですけど、他にもたとえばBIS(国際決済銀行)がつくったデータを見ると、日本の1人当たり実質GDPの伸びはかなり長い間、アメリカよりも良いです。昔、リフレ政策をせっせとやって日本の経済にカツを入れろっとかいろいろと言ってきたクルーグマンも、日本の人口が減っていることを視野に入れはじめて、彼が書いた2015 年の文章には,「日本の生産年齢人口1 人当たりの生産高(output per working-age adult)は、2000 年頃からアメリカよりも速く成長しており、過去25 年を見てもアメリカとほとんど同じである(日本はヨーロッパよりも良かった)」と書いて、方向転換してます。

BIS(国際決済銀行)作成データで見る日本の1人当たり実質GDP

出所:東洋経済オンライン 権丈善一「日本経済はどんな病気にかかっているのか 政府の成長戦略は「やった振り」で終わる?」(2019年10月31日)https://toyokeizai.net/articles/-/311074

ところが、他の先進国は、1人あたり実質GDPの伸びと比較的パラレルに賃金も伸びていたのですけど、日本はそうではなく、賃金が伸びなかった。GDPという付加価値生産性、すなわち、営業余剰と雇用者所得の和の伸びは他国と比べて遜色のない伸びをしているのに、雇用者所得、賃金が伸びない。営業余剰として分配されて、内部留保として保蔵されすぎているわけですから、個人消費につながらないわけで、このあたりが非常にもったいない。もっと潜在的な成長力があるんですね、この国には。
内部留保に回る営業余剰から雇用者所得、つまり賃金に還元できれば、潜在的な購買力が顕在化して、いまでも他国と比べて遜色のない1人あたり実質生産性の伸びをいまよりも高めることができます。

出口そこは2つあって、労働生産性が上がっているのに賃金が上がらず内部留保を増やしているのだったら、権丈さんの言うとおりです。しかし、労働生産性が上がらないなかで賃金を上げれば、消費が増えてほんとうに景気が良くなるのかという問題があって、これはよく思うのですが、リフレ派の一番の問題はデフレをスタートのように考えているのですが、なぜデフレが起こるのかと言えば、新しいものを生み出せないからです。デフレは結果だと思うのです。だから、新しいものが生み出されたら刺激されて、どんどん活性化されて、基本的にはデフレが払しょくされると思うのです。この社会の一番の問題は改革が行われずに、閉塞感があって新しいものを生み出せないところがすべての諸悪の根源だと思うのです。それは競争がないからで、さきほどの中小企業への適用拡大を例に出せば、ぼくは、人間は怠け者だと思っているので、昨日と同じことをやっていて収入を得られたら、新しいことなどだれもやらないですよ。インセンティブがあって、初めて新しいことにチャレンジするのです。だから、適用拡大をやると言ったら、社会保険料を払えないと言って、中小企業が仰天するわけですよ。そのときに、初めてこれはなんとかせなあかんと思うのです。それを政治家の先生に頼めば、適用拡大をつぶしてくれるのだったら、だれも新しいことを考えはしません。だから、結局、既得権をそのまま守ってきたがゆえに、新しいものが生まれないというところに、この社会の諸悪の根源があるという気がするのですが。

権丈:BIS(国際決済銀行)が作った図を紹介しましたが、日本の1人当たりの実質GDPという労働の付加価値生産性の伸びは、アメリカよりも長い間よかった。だから、アメリカという国は、GAFA(Google・Apple・Facebook・Amazon)とかが、総取りしている、国民全員でならして平均化した1人当たりの実質生産性の伸びが日本よりも低くなっているわけですから。

出口GAFAは、総取りすることもあるのですが、実はGAFAとかユニコーン企業の成長の根源は、社員を大事にして、社員に徹底的にお金を使って、彼らを気持ち良くさせて、アイデアを出させて働かせているところにあるのです。だから、日本社会の一番の問題は社員を大事にすると言いながら、実は個人をまったく大事にしていないのです。こうした人の使い方は製造業の工場モデルで朝から晩まで働けといった労働の現場には合っているのですが、サービス産業というのはアイデア勝負で、個人が楽しんで、会社が自分を大事にしてくれていることがわかったら、人は勝手に働いて知恵を出すのです。だから、日本社会のこの閉塞感は、製造業の工場モデルである統制型社会に社会全体が過剰適応して、個人を大事にしない、人を大事にしないところに、すべて起因しているのです。

権丈いや、GAFAで働いている社員が総取りしていて、彼らの所得は伸びているんでしょうけど、アメリカの1人当たりの平均で見ると、伸び率は日本よりも劣る。アメリカの格差は大きくなっているのだと考えられます。

出口でも、彼らが総取りするのはイノベーションを起こして、新しいマーケットを作ったからで、そこは再分配の問題で、上手に税金を取って再分配すればいいわけです。

権丈 日米の国民全員でならした1人当たり実質GDPの伸び率で見ていくと、日本のほうが高かったんですね。僕は日本の経済はそんなに大病を患ってはいないと見ています。はたして、日本経済を大病とみたてて大手術が必要という政治の流れが正しかったのか。ただ、分配を改善すれば、日本はもっと潜在的な成長力を顕在化できるのではないかと考えていて、その分配問題改善の第一歩を、適用拡大で行いたいわけです。

出口分配の第一歩を適用拡大で行いたいというのは大賛成です。GAFAに限らず、アメリカの強みは、3%以上成長していることです。なぜ3%も成長しているのかと言えば、新しい産業がどんどん出てくるからです。ユニコーン企業のようにGAFAの予備軍がいることが、やっぱりアメリカの一番の強さではないでしょうか。社会全体が成長しないと、再分配する財源が得られない。

 

高齢者の就業期間延長政策に水を差す個人差攻撃

権丈さて、「議論の整理」に示された制度改正の方向性に話を戻しましょう。「高齢期の就労と年金受給の在り方」ということでは、在職老齢年金制度の見直しということと、長く働くことに対応して繰下げ受給の選択肢の幅を広げることも議論のテーマとなりました。そうしたときに、高齢者の就労期間を延長するというときに必ず出てくる話が、高齢者の個人差です。

坂本高齢者には個人差があるということですね。

坂本純一氏。

権丈これまでもずっと言われ続けていることなのですが、高齢者には個人差があるから、雇用を一律には延長できないという論法です。長く働くようになったことに対応して、雇用の義務年齢を上げたり、被保険者期間を延長したりしようとすると、そうしたことによる負担は増えることを避けたいと考えているところから、必ず出てくる。

出口ぼくは定年制の廃止、あるいは75歳までの雇用延長を考えているのですが、個別論とか実態論を言う人がいるけれども、制度が実態をつくるのであって、実態をよく見ろとか、個別性があるとかという議論はもうやめましょうと申し上げたのですが、個別論や実態論が起こるのは一面では正しいのですけれど、それは結局ゆがんだ制度が生み出しているのです。それに、若い人にだって、個人差はあります。高齢者だけの話ではありません。

権丈年金部会で、ぼくが、バレーボールには時間差攻撃というのがあるけれど、就労の場合は個人差攻撃ですねっと、からかっていた話ですね。

編集部要は負担が増えると考える立場からは、排除の論理として使われるのですね。

坂本支給開始年齢を55歳から60歳に上げるときも、また60歳から65歳に上げるときも、個人差があるという議論が出てきていました。

編集部この場合は、義務や負担回避の理屈にもなるわけですね。

権丈アダム・スミスは『国富論』に「雇い主はいつでもどこでも、暗黙のうちではあるが必ず団結して、労働の賃金をあげないようにしている」と書いているのですけど、いまもむかしも、使用者というのはそういうもんだということを、世のなかの人たちはわかっておいたほうがいいでしょうね。ぼくは大学の講義や入門書の『ちょっと気になる社会保障』でも、ロビイングとか、レントシーキングという言葉を重要なワードとして説明しているんですね。

アダム・スミス著/山岡洋一訳『国富論』上巻[71頁]

出口全世界的にそういうものですよ。だって、既得権でおいしい汁を吸っている人は、それを放したくないに決まっている。それは理屈ではなくて、結局、自分たちの利益のために動いている利害集団なので、そういう人たちが考えを変えるということはあり得ません。

坂本権丈先生の『ちょっと気になる社会保障』にも、アメリカの業界がいかに多額のロビー活動費を使っているかの紹介がありますが、特に製薬業界や保険業界が著しいですね。日米金融協議のときも、アメリカは金融の自由化を言ってきているはずが、第三分野になるとアメリカの保険会社の既得権を守りましたね。

権丈これは社会保障制度改革国民会議に参加したときに実感したことなのですが、むかしのように、利害の異なる人たちの勢力が拮抗していたとき、経済界は、広い支持を得るために正義を唱える必要があったと思います。ところがバブル崩壊以降は、日本から出て行くぞと脅すことで、自分たちの意見が通るようになったから、企業側の論から正義も正論もなくなりましたね。

坂本雇用を守るために賃金を下げる、というのも同じ範疇の議論ですね。

 

政策とは——権丈氏「合成の誤謬を解く」、出口氏「部分最適を全体最適に変える」

権丈世界的な政策思想の潮流もあったのでしょうが、国内の制度がどんどん坂本さんのおっしゃる方向に変わっていった。
昨年12月25日の年金部会で、僕はそのあたり、つまりいまの経済団体は、ただ負担が嫌だと言っておいても自分たちの意見が通る時代になったから、広く国民から支持を得るために正義の論を考えることをしなくなったという話をしています。年金部会での発言ですが、2013年の社会保障制度改革国民会議に経済団体が呼ばれたとき、「医療関係者である大島伸一先生という人が、一体どんな医療を国民側あるいは保険者として受けたいのだと、どんな議論をしているのだ。お金がない、お金が足りないという話はもういいから、どんな医療を受けたいのだ」という話を尋ねたら、ある経済団体の方は、議論をしたことはございません、私どもはそこまで考えたことはありませんと。ほかの経済団体は、課題とさせていただければと存じます。ほかは、積極的に議論したことはございませんというような回答だったのですけれども、審議会というのは、こういう人たちが全員参加してきてほぼ拒否権を与えられるという制度なのですね。だから、年金局の人たちはここまでよく頑張ったよねというのが私の評価であります」と前置きをして、「公共政策というのは基本的に、ミクロとか短期的視野で見ると正しいことがマクロとか長期的視野で見ると間違ってしまうという合成の誤謬を解くために存在するのですね。だから、いろいろな意見があるというのはいつも当たり前のこと」と話しています。

2019年12月25日 第15回社会保障審議会年金部会議事録 https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000204770_00024.html

出口まったくそのとおりだと思います。政策というのは、部分最適を全体最適に変える行為だと思うのです。だから、全体最適を実現するのが政策であり、たとえば、それは適用拡大であり、それに対しては部分最適ではない部分がいっぱい出てくるわけです。その部分最適じゃない部分の最たるものが、中小企業がつぶれるとかいう話になるわけです。

出口氏(左)と坂本氏。

権丈反対するところが出てくるのは当たり前な話なんですよ。

出口部分最適を超えて全体最適を求めようとするのが政策なのです。それは当たり前の話なので、だから、そういう部分最適の人に納得してもらえるなんてことは、もともとあり得ないことだと考えるべきなのです。

権丈公共政策を議論する場で、全員一致はあり得ないし、そうでないと公共政策は実行できないというのは論理矛盾になる。

出口多数決で、なおかつ市民の力を借りて、政治家の意識をこちらについたほうが得だということをわからせるようにもっていく以外にはないですね。

権丈そう、それしかない。ケインズの、「既得権益の力は思想のもつじわじわとした浸透力に比べたらとてつもなく誇張されている」という言葉は、一般理論を書いた当時の彼の希望の表明ではあったのでしょうけど、その希望にかけるしかない。

ケインズ著/間宮陽介訳『雇用、利子および貨幣の一般理論』下巻[194頁]

ぼくが最初の本『再分配政策の政治経済学』を書いたのは30代のときですが、その本の第1頁目の1行目が、「政策は、所詮、力が作るのであって正しさが作るのではない」。それがぼくのデビューの言葉、研究者としての産声のようなものでした。そしてその頁に、「民主主義の性質とは、すなわち、民主主義というのは、われわれがしっかりと意識的に管理しなければ、組織化された利益集団が、未組織な有権者から思いのままに所得を奪うことができる政治システムであるという側面である」と書いているんですよね。2001年に出した本です。

出口政治に対する、そうしたリアリズムを若い人に理解してほしいですね。若い人が明日の政府をつくるわけですから。もう一つ気になるのが、日本では政府対市民という構図で、政府を無意識のうちにわたしたちの対立物であるかのように考えるでしょ。そうではなくて、政府はわれわれがつくるものであって、これもニコラス・バー教授が言っていますよ、分配が下手な政府であれば、みんなで、選挙で落として代えればいいと。そこのあたりも若い人たちには理解してもらいたいところです。はじめから政府は関係ないというのではなくて、政府は自分たちがつくるのだと。そのためには正しい知識を持たなければなりません。そして、権丈さんがおっしゃったように政治のリアリズムということを理解しなければいけません。そして、そこで、どういう手が打てるかですね。

坂本2009(平成21)年に政権交代があり、さらに2012(平成24)年に政権交代がありました。2009年のプロセスはマスコミに踊らされた面が多分にありますが、2012年は国民が選択した面があると言えるのでしょうね。その後は選択肢が無くて、ズルズルと長期政権が続いていますが、高齢者の貧困率がアメリカ並みに高くなっているとか、非正規雇用者の所得保障が十分でないという根本的な問題にメスが入っていないという課題が残っています。我々一人一人がこのような分配の問題を、外交・防衛・産業育成などの政策とバランスの取れた解決を図る政権を作っていかないといけないということですね。

権丈国民生活の基礎となる分配問題を解決することの優先順位を高める必要性があるからこそ、分配、再分配をめぐる政策形成の政治過程まで視野に入れた視界が必要で、それをぼくは「再分配政策の政治経済学」と呼んできました。経済を対象とする学問は、19世紀末のマーシャルの頃に、Political Economyから離れて、Economicsになり、20世紀に入ってしばらくすると、分配問題に付随する公平性という価値規準の多義性ゆえの煩わしさから、経済学は分配問題を捨象して効率性を追求すれば議論ができる資源配分問題に特化していってしまいました。それだけでなく、Economicsという政治を切り離した世界が作られたから、いまの経済学者は悲しいくらいに政治にウブでリアルな世の中を知らない。学問がそういう人たちを養成するようにできているんだから仕方ないわけで、ぼくの好きな経済学の古典の著者たちは、政治過程まで見ながら、明らかに世の中の勢力分布まで見ながら、世の中を変えようとしていました。

 

国庫負担に絡む基礎年金問題は税を動かす流れをどうつくるかまで考えるべし

権丈今回の年金改革論議の過程について少し触れておきたいのですが、年金の論者のなかには、基礎年金額こそが大切というグループがいます。むかしの民主党政権と一緒だった最低保障年金グループや、2004(平成16)年改革と2013年の社会保障制度改革国民会議、この会議の報告書を引き継いだオプション試算を認めたくない人たち、僕らは長くアンシャンレジームと呼んできましたが、そうした人たちと相当部分重なります。困ったことに、平成16年改革の前の世代の古い世代の人たち、たとえば年金綜合研究所の上の方、厚労省OBの人たちにそういう人たちがいたりする。彼らは支給開始年齢の引上げが大好きで、財政検証では、現行制度を外挿しただけの本体試算について語るのが好きなんですよね、オプション試算は見たくないようで。

基礎年金グループは、とにかく基礎年金が劣化した、財政検証では、30%減が明らかになったというのですが、それは財政検証における本体試算の所得代替率の話で、さすがに年金局も、昨年の2000万円騒動をみながら、国民の間に誤解があることを強く認識したようで、8月の財政検証の結果のなかでは、「マクロ経済スライドによる調整期間において、新規裁定時の年金額は、賃金の上昇によってモデル年金ベースでは物価上昇分を割り引いても増加」ということを強調するようになりました。「強調」というのは、将来の年金額が物価上昇分を割り引いても増加するという話は、以前から財政検証のなかで書かれていたからです。

坂本平成26年財政検証のときも、「物価で平成26年度に割り戻した額」が示されていて、その給付額は、8つのケースのうち、50%を将来的にも維持できる5つのケースでは基礎年金額は増えていましたね。

権丈そう、むかしからそうで、平成21年財政検証のときも、「物価で現在価値に割り戻した額」と書いてあって、マクロ経済スライド後の基礎年金額も、ちゃんと増えてました。そうなのになんとしてもいまの年金は終わっていると言いたい人たちが、3割減だといって火をつけて回ったわけですね。
その人たちは基礎年金グループの人たちであったりするわけですけど、今回も彼らに改正議論がかく乱されました。彼らは、国民年金と厚生年金の積立金を統合すれば、基礎年金が増えるという話を持ち出してきたりしたんですね。メカニズム的にはそうです。そうした話は、2013年の社会保障制度改革国民会議のときに、当面やらなければならない適用拡大や被保険者期間の延長の次の段階、2段階目に考えようとまとめられていたのですけど、今回、彼らは言うことがないから、棚卸ししてきた。
まず、労働市場で厚生年金の適用除外になっている人たちの基礎年金の所得代替率が数ポイント上がるよりも、適用拡大によって2階の厚生年金が上乗せされるほうが重要なんだけど、彼らは、生涯、基礎年金だけの人たちにとって…という言葉を使いますね。データで得ることができるのは、第6回年金部会資料になります。基礎年金のみの人は11%で、一番若い65歳の人のみでは4.4%。多くの人が1号、2号、そして3号の間を移動しているわけですが、それぞれの期間の分布までは分からないのでしょうね。厚生年金はお金を拠出したのに、なぜ報酬比例と基礎年金を足した厚生年金の給付が上がるかと言うと、基礎年金への国庫負担が増えるからなんですけどね。

各被保険者期間ごとの老齢基礎基礎年金受給権者の割合

出所:第6回社会保険審議会年金部会 2018年11月2日 資料1「雇用に変容と年金(高齢期の長期化、就労の拡大・多様化と年金制度)厚生労働省年金局 2018年11月2日[40頁]https://www.mhlw.go.jp/content/12601000/000405077.pdf

坂本でも、厚生年金自体、つまりは、報酬比例部分は下がりますよね。所得再分配機能は守られるということになりますね。

権丈適用拡大でもそうですが、基礎年金が上がれば、再分配機能は強化されますね。基礎年金を通じた再分配機能の強化を重視するのはわれわれと同じなのですけど、ここで言いたいのは、基礎年金が上がるということは必ず国庫負担が増えるということです。基礎年金グループが言う、統合による基礎年金の上昇は国庫負担が増えるからでもある。しかもこの場合は、適用拡大のときのような国民健康保険との国庫の増減による相殺がなく、国庫負担の純増となります。そうなると、被保険者期間の延長同様に、暗礁にのりあげる。そのことに気づいていないのかどうか分かりませんけど、彼らは触れない。だから政治ウケしたりもする。
たとえば国庫負担として1兆円の財源があったとすれば、その1兆円の財源は被保険者期間の延長に使いたいです。
基礎年金に国庫負担が2分の1入っているために、税を動かす気のない政権の下では、国保との財源相殺効果を持つ適用拡大以外、年金は一歩も動けないんです。基礎年金グループの話は必ず国庫負担の問題が関係してくるのですから、国庫負担、つまり税を動かす流れを自分たちでどのようにつくっていくかということまで責任をもって考えないとですね。彼らはむかしから、論にそうした厳しさがない。

坂本アメリカの公的年金制度はその点よく練られていて、国庫負担が入っていないのですね。国庫負担が入ると、社会保険の制度に余計な要素が入り込み、制度運営に政治的夾雑物が入り込み、議論が複雑化するという見通しを、ルーズベルト政権がこの制度の準備段階から持っていました。わが国ではそういう議論はなく、最初から国庫負担が入っていましたので、国庫負担があることを前提に議論を進める必要があるでしょう。その意味でも、基礎年金の給付水準を十分なものにし、高齢者の貧困率を下げるためには、一般財源の確保から議論する必要があると思います。

権丈全くもっておっしゃるとおりで、税というのはトロイの木馬のような、入ってくるとなかで暴れて危害を加えるリスクをもっています。日本の社会保障論者はむかしからそのあたりウブすぎるところがあって、なんでも税で税でと嘆願してきた。そしてこの国では基礎年金に税が入ってしまっている。そのこと自体は悪くはないのですが、いまの制度の下で、自分は財政のことは分からないけどという年金論者が、年金改革の議論に参加してくると話がおかしくなるんですね。
さて、このまま税をまったく動かしませんというのはこの国の選択肢として、どうなのでしょうか、出口さん。

『ちょっと気になる社会保障 V3』58頁の「図表23 社会保障制度設計における社会保険と租税の選択」参照

出口選択肢としてはないですよ。教育に関わっていると、特に思うのですが、いちばんシンプルな例を挙げれば、OECDのなかで、教育投資がいちばん低い国は日本なのです。いつもビリか、ブービーなのです。こういう議論をやると、ほとんどの識者が、文部科学省が弱腰で、いつも財務省に負けているというような言い方をするのですが、それは根底からまちがっていると、ぼくはいつも言っているのです。これは簡単に言えば、日本の国民負担率はいまOECDのなかで下から7番目くらいですが、40%くらいで、四公六民の世界なのです。だから、給付も下から7番目か8番目だったら納得がいくのですが、給付はというと、その多くを占めるのが社会保障支出ですが、これはOECD37ヵ国中17番目か18番目なのです。だから、ちょっとしか負担していないのに、それに見合わないたくさんの給付を受けているのです。そうすると、どうなるかと言えば、お金がないから借金するしかないという構造になってしまうわけです。だから、教育投資だけではなくて、防衛費とか公共事業費とか政策投資の実額が国の予算を見ると、平成の30年間ほとんど変わっていないのです。これはどうしてかと言えば、新規投資ができない構造になっているからです。だから、文部科学省が弱腰でも、財務省が強腰でもないのです。この国の選択は税金を上げて、教育投資を増やす以外の解はないのです。こういう当たり前のことも知らないで、表面的な議論をするから、税源のことも考えずに無責任な主張をするのでしょうね。

編集部:さて、今回の年金部会を取材させていただいた感想なのですが、毎回、部会での議論が終わりに差しかかると、その都度、権丈さんが、議論を整理されたり、言い放たれたままの発言をまとめたり、制度を理解していない委員のトンデモ論をいさめたり、方向性をつけたり、対立する意見を調整されたりする場面が多々あったように見受けられました。そうした結果、今回の「議論の整理」では、両論併記のような意見はなく、年金部会としての改革議論の到達点が明確に示されたかたちになっています。

出口そのとおりで、前の部会と今回の部会の大きな違いは、権丈委員がいたか、いなかったかということです。権丈委員がいなかった部会では、全体の議論をまとめる人がいませんでした。加えて、権丈委員は議論のディテールまで全部ご存じのうえで、議論をまとめられるので、説得力が違うのです。やはり、「いい審議会」にしようと思ったら、これもニコラス・バー教授の「いい政府」と同じで、「いい人」を委員に選ばなければ、審議会の議論もよくなりません。権丈委員のように、ビジョンも過去の経緯も全部ご存じの方が年金部会の委員としておられて初めてまとまったペーパーになったという気がします。

坂本事務局としての役人のまとめる報告書草稿は、玉石両方の議論が出ている際には、その両方を載せざるを得ないところがあります。そうなりますと、報告書は何を書いてあるのか方向性が不明な質の低いものになってしまいます。ところが、高い見識を備えた委員の先生がこの点に決着をつけてくださると、方向性のある、質の高い報告書がまとまることになります。今回の年金部会の「議論の整理」は、将来の議論にもつながる優れたものになっていますね。

権丈「居酒屋ねんきん談義」の最終回らしく、店長へのお別れの祝辞、おふたりに深く感謝いしたします、ありがとうございます(笑)。坂本さんは、1999年8月から2004年7月まで、年金局数理課長を務められて、まさに、世界の年金史に残る平成16年改革を、設計者として成し遂げられました。政策面でああいう大きな前進があったおかげで、年金トンデモ論というものを、その後みんなで沈静化することができ、前回の居酒屋ねんきん談義にいらっしゃった、坂本さんの後任の数理課長であった山崎さんの言葉、「落ち着いて議論できるような環境になってきた」のだと思います。
2012年末に年金局長になった香取さんが、そのときの年金部会の状況を見て、これじゃあいかんと思って、出口さんに入ってもらったわけです。ぼくも昔の年金部会の議事録を読んでいて、「何だ、これは」という驚きを隠せませんでしたから。香取さんは、大局的な視野が必要だと、出口さんに頼んだんですよね。

出口政策論は全体最適ですから、部分最適に詳しい先生ばかり入れてもしょうがないのですね。部分最適の集合の持つゆがみを全体最適にコンバージョン(転化)するのが政策なのですから。

権丈だから、反対者がいるのが当たり前。そういう、子どものころには教わらないリアルな大人の世界の民主主義をみんな学ぶ必要があるんですよね。そうした政策形成過程を組み込んだ学問として、ぼくは、20年以上前に、「再分配政策の政治経済学」というものをつくろうとしたことを、きょうは改めて思い出しました。研究者としてさほど残りの時間はありませんけど、本日は、ぼくが目指してきた学問の方向性はやはりまちがえていなかったんだと確信を得ることができ、少しやる気がでてきました。出口さん、きょうはほんとうにありがとうございました。
そして坂本さん、この企画は、『月刊年金時代』が廃刊、あっ、まちがえた休刊になって落ち込んでいた編集長たちの励まし企画として、2018年6月に坂本さんとぼくとの対談から始まり、それがお客さんを招いて鼎談をする「居酒屋ねんきん談義」に発展していったんですけど、毎回、ありがとうございました。このシリーズでの坂本さんとの対談は今日で7回目になります。2004年の年金改革を構想された当時の数理課長の坂本さんと、これほど繰り返し勉強させていただきましたこと、厚く御礼を申し上げます。

坂本こちらこそ、先生とこのような対談をさせていただく機会を得て、ほんとうに光栄でした。そもそもわたしが『月刊年金時代』の2005年1月号に書きました「イチロー」という随想に先生が着目くださり、それがご縁で親しくお話をさせていただきましたことを神様に感謝いたしております。もともと、先生が何度か引用されておられます著書『年金改革と積極的社会保障政策~再分配政策の政治経済学Ⅱ~』(慶應義塾大学出版会)を2004年改正の終わりころに数理課の後輩に紹介されて読み、感銘を受けておりましたので、先生とのこのような出会いには舞い上がるものがありました。吸収力の弱い出来の悪い生徒でしたが、経済学的視野から、年金政策がどのように位置づけられるのかを学んだように思っております。これからも勉強を続けたいと思います。ほんとうにありがとうございました。

「イチロー」『年金時代』2005年1月号 http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/0501nenkinjidai.pdf

権丈思い出しました。坂本さんの随想を読んで、こういうピュアな人が年金数理を担当されて平成16年改革がなされたんだと感動したんです。当時ぼくは、年金関係の人を知らずに、勝手に、平成16年年金改革は世間が言うほど悪くないっと、好きなことを書いていまして、四方八方敵だらけだったんですよね(笑)。坂本さんとはじめてあったのは、「イチロー」を読んでしばらくしてで、それから長いこと、ぼくは坂本さんしか厚労省関係の人は知らず、僕と連絡をとりたい厚労省の人たちは、坂本さんに連絡をしていたんですよね(笑)。大塚さんも、退職された後に年金局に、誰か権丈というのを知らないかと尋ねたら、坂本さんなら連絡がとれると思いますとなって、2006年に坂本さんも一緒に会ったんですよね。懐かしいですねぇ。あれから15年ほど経って、もう、ぼくは年金はおなかいっぱいかなという感じです(笑)。官僚のみなさんは異動があるのに、ぼくはずーっと年金の世界に居続けましたから。

大塚義治さんは、平成16年年金改革時の厚生労働事務次官で、現・日本赤十字社社長。大塚氏による『ちょっと気になる政策思想』の書評が『社会保険旬報』2018年12月11日号に所収。http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/181212review.pdf

まぁ、これからはあまり年金の話をしなくてもすむように、最後に3つほど言っておきたいと思います。
其の壱は被保険者期間の延長です。基礎年金の被保険者期間を40年から45年に延長するのに要する税は2019年価格で1.2兆円程度です。しかし、それがフルに必要になるのは40年後で、それまでは徐々に増え続けていくことになります。

出所:令和元年財政検証資料より権丈作成。

8月27日の財政検証が発表された第9回年金部会で、ぼくは「被保険者期間の延長のところで、今回は国庫負担がいつの時代に幾ら必要だというのを計算してくれておりまして、1.2兆円ぐらい必要になるというのが40年先ですね。10年先まで増税は一切しないという総理大臣が何人か登場してきても間に合うのではないかと思うのですけれども、将来世代の老後の生活を我々が今の時点で縛ることはなかなかつらい話だと思います」と話しています。
こういう徐々に増えていく支出を税で設計するのはとても難しいとは思うのですが、いまを生きているぼくたちの世代が税を触るのは一切嫌だという判断をしているために、将来の高齢者の貧困を醸成するようなことをしていいのかと、ほんとうに思います。
年金局の人たちには、被保険者期間の延長をはかり、それに要する財源の確保を七転八倒しながらでも進めていってもらいたいと思います。かつて、基礎年金の国庫負担を2分の1に引き上げるとき、年金局は、とにかく財源をかき集めて、少しずつ上積みし続けて、なんとしても国庫負担2分の1を確保するんだという姿勢を示し続けました。財源確保という極めてタフな仕事ですけど、がんばってもらいたいと思います。
其の弐はやっぱり適用拡大です。かつては適用拡大に猛反対していた経営者たちのスーパーマーケットなどが、いまはせっせと適用拡大を図って、労働者の確保に乗り出そうとしてきていて、現場では10年前とは随分と様変わりしてきました。そのくらいに、労働市場が逼迫しているとも言えるのだと思います。

出所:第2回ユース年金学会権丈研究会発表資料(2017年12月2日)より

今回、51人以上しか義務的な適用対象になりませんでしたけど、2017年4月施行の法律で、「民間企業は、労使合意に基づき、適用拡大を可能」となっています。
日商というような団体としては適用拡大断固反対と決めざるを得ないでしょうけど、個々の企業では、少々の労務費増があっても労働力の確保を図りたいと考えている企業は、潜在的には相当あると思います。是非これから、年金局の人たちには、積極的に適用拡大の意義に関する情報発信を行って、労働力が希少化してきたいまの時代には、適用拡大は、労使双方にとってWin-Winであることを説いていってもらいたいと思います。就業調整する人たちには、社会保険の適用拡大に関して正確な知識が欠けている人たちが多いようですので。
そして最後に其の参は様々な意見の見分け方についてです。今回年金部会がまとめた「議論の整理」の最後の文章は、「公的年金制度の在り方については、様々な意見があるが、国民全体の幸福、我が国全体の発展に資するような改革が何かを十分に検討し、今後も、 将来世代のための改革の議論を続けていくことが重要である」でしめられています。言うまでもなく、立場によって意見は変わり、意見というのは様々です。しかし、公的年金制度の在り方について考える人たちには、自分が目にし手にする様々な人たちの意見が、「国民全体の幸福、我が国全体の発展に資する」ことを考えている立場からの意見であるのかどうかをしっかりと見極めてもらいたいと思います。そしてわたしはよく言うのですが、「年金改革は数十年後にしか成果がでない植樹のようなもの」ですから、公的年金保険については、「議論の整理」に書かれているように「今後も、将来世代のための改革の議論を続けていくことが重要」であるということは、最後の最後に強調しておきたいと思います。

本日は、午後3時に集合して、もう午後8時40分ですから、「いく代寿司」の時間まで入れれば5時間40分、存分に年金論議を愉しむことができました。これをもって、「居酒屋ねんきん談義」、閉店とさせていただきます。
読者のみなさんも、長い間、ご贔屓ありがとうございました!

編集部:いえいえ、年金部会の議論はとりあえず一段落しましたが、まだ年金改革は終わっていません。「居酒屋ねんきん談義」は、これからも機会があれば店開きします。
とりあえず、本日のところはみなさん、ありがとうございました。

権丈えっ、そうなの!? (いく代寿司の)おじさん、まだまだ、「居酒屋ねんきん談義」は開店することもあるということですから、また来るかもしれないんで、よろしく。きょうは日曜日のところわざわざお店を開けてもらってありがとうございました、きょうもとても美味しかったです! それでは、元気でいてくださいね!!

(後日)2020年1月19日の居酒屋ねんきん談義の後、居酒屋ねんきんの店主(権丈さん)は、出口さんとの民主主義の話に触発されて次を書いたということです。
「子供の頃教わらなかった大人の世界の民主主義――多数決を機能させる「多様な意見の仕分け方」」(2020年2月9日)『東洋経済オンライン』https://toyokeizai.net/articles/-/327607?utm_source=author-mail&utm_medium=email&utm_campaign=2020-02-10

 

神田の名店・いく代寿司のご主人を囲んで(撮影:年金時代編集部)
年金時代