2020/09/29掲載
On-line居酒屋ねんきんの店主が著者に聞く――原佳奈子・川端薫・望月厚子さん『社労士さんに聞いた年金と老後とお金の話』を語る
オンライン居酒屋ねんきんの店主の権丈善一さんが、今回は『社労士さんに聞いた年金と老後とお金の話』の編著者の原佳奈子さん、著者の川端薫さん・望月厚子さんの3人の女性社労士に、ZOOMを使って、お話を伺いました。 |
権丈善一さん
原佳奈子さん
川端薫さん
望月厚子さん
編著者:原 佳奈子(はら・かなこ)全国社会保険労務士会連合会社会保険労務士総合研究機構公的年金制度及び周辺知識に関する研修制度構築PTプロジェクトリーダー兼講師
東京都生まれ。大学卒業後、大手企業勤務。1998年社会保険労務士登録、その後開業。現在、講演・執筆業務のほか、幅広い業界で企業研修企画・教育体系構築などのコンサルティング業務に携わる。1級ファイナンシャル・プラニング技能士(CFP®)、1級DC(企業年金総合)プランナー。
著者:川端 薫(かわばた・かおる)全国社会保険労務士会連合会社会保険労務士総合研究機構公的年金制度及び周辺知識に関する研修講師
神奈川県生まれ。大学卒業後、大手生命保険会社で個人・法人向け生命保険募集、営業職員・新人社員教育、社内外向け各種セミナー講師。2009年川端薫社会保険労務士事務所開業。現在、社労士、FPとして企業・個人向け相談業務・コンサルティング業務・講演業務・執筆業務に従事。
著者:望月 厚子(もちづき・あつこ)全国社会保険労務士会連合会社会保険労務士総合研究機構公的年金制度及び周辺知識に関する研修講師
東京都生まれ。大学卒業後、2002年望月FP社会保険労務士事務所を開業。社会保険労務士、1級FP技能士、CEP®。個人および法人の相談業務、新聞雑誌等への執筆、各種セミナー講師を務めている。専門職後見人。
聞き手:権丈 善一(けんじょう・よしかず)慶應義塾大学商学部教授
1962年福岡県生まれ。2002年より現職。専門は社会保障・経済政策。『Web年金時代』での「居酒屋ねんきん」店主として、座談会をとりしきり、インタビュアーも担当する。『再分配政策の経済学』シリーズⅠ~Ⅶ巻、人気のへのへのもへじ本は、今年2月に『ちょっと気になる社会保障 V3』に成長。

『社労士さんに聞いた年金と老後とお金の話』
監修:全国社会保険労務士会連合会
編著者:原 佳奈子
定価:本体2,400円+税
発行書:㈱中央経済社
発行日:2019年12月10日
社労士会の研修は、公的年金は意義・役割を重視、周辺知識で私的年金とライフプランを
権丈:まずは、この本はどういった本なのか、編著者である原さん、存分にご紹介いただけますか。
原:全国社会保険労務士会連合会では、2015年度から、「公的年金制度及び周辺知識に関する研修」という、社労士が年金制度について必要となる知識を理論編と実践編とにわけて、それぞれ年1回ずつ、全国の社労士に向けて実施している研修があるのですが、公的年金についてはあらためてその意義や役割を中心に講義、また、公的年金制度の周辺知識ということでは企業年金、個人年金やライフプランについて研修をしています。特に、周辺知識では、社労士は公的年金制度を通じて顧客である個人や事業主・従業員の老後のライフプランに関わっているのですが、これまであまり企業年金や個人年金、さらには将来設計のことまで考える機会がなかったものですから、この研修内容をベースにオリジナルな書籍として、1冊にまとめました。
権丈:ぼくはこの研修の第1回から理論編の講師として、「公的年金制度への不信や誤解を解くために」をテーマに講義を担当しているんだけど、ぼくの講義は「公的年金制度及び周辺知識に関する研修」の「周辺知識」の部分だと思っていました。いまの原さんの話を聞いてわかったんだけど、「周辺知識」というのは、企業年金・個人年金、ライフプランなどのことで、ぼくの講義は、公的年金制度に関する内容だったんですね。周辺知識だから何話してもいいんだと思って、年金と関係ない話ばっかりしてたけど(笑)。
原:先生は、研修の中では、公的年金制度のほうに入るんですけど、先生のお話は、あの感じがいいんです。社労士試験では国民年金法、厚生年金保険法が試験科目ということもあって、社労士は、年金というと法律、条文を通じて制度に関わるようなところがあります。そうしますと、研修などでも、国民年金と厚生年金保険の給付のしくみが中心になってしまうのですが、この本では、公的年金については、「第Ⅰ部」にあるように、その意義や役割ということに重きを置いた構成になっています。権丈先生には、研修において、「公的年金制度及び周辺知識」のうちの「公的年金制度」のなかの意義・役割ということに関連して、「公的年金への不信や誤解を解く」というまさに中心部分の講義をご担当いただいてきました。
『社労士さんに聞いた年金と老後とお金の話』目次はじめに (原) 第Ⅰ部 公的年金―意義・役割を中心に 第Ⅱ部 私的年金―企業年金・個人年金 第Ⅲ部 ライフプラン―老後を考えるときはライフプランから 第Ⅳ部 老後に向けた必要知識とお金の話 あとがき (原) *( )は、本日のインタビューに出席された皆さんが執筆担当された箇所。 |
権丈:どうして、このような研修を開こうと思ったのですか。
原:日本年金学会など年金に関係する組織や関係団体にも関わらせていただいているのですが、そこでは、いろいろなお立場の方から、「なぜ年金が必要なのか」、「どうして年金がないといけないのか」ということをテーマに議論されているのを目の当たりにしました。
年金制度の財政方式(賦課方式)、年金制度の損得論、世代間不公平論などの議論もそうです。しかし、社労士は公的年金制度の実務には関わっているのですが、なかなかそうした制度論の議論には関わってこなかったのではないかと感じまして、これからの時代、社労士も公的年金に対して国民が抱いている不信感や誤解に対して、しっかり説明していかなければいけないと思ったんですね。
権丈:なるほど。異質な人たちとの出会いが生んだ新鮮な思い、ダイバーシティから、あの研修が生まれてくるわけか。
原:たしかに、そうですね。それから、公的年金は老後の生活設計の基本であり、柱でもあるのですが、それぞれが希望する老後を過ごすためには、公的年金プラスアルファが必要になってきます。そういった意味では、就労と組み合わせたり、企業年金や個人年金と組み合わせたりすることも必要になります。実際の相談現場からもプラスアルファの部分にどう対応したらいいのかといった相談も増えています。しかし、一方で、企業年金やiDeCoなどの個人年金には、なかなか対応できていないということも社労士の皆さんからは聞いていました。公的年金制度についての深掘りだけでなく、広がり、つまり公的年金制度の周辺知識についても知っておかないと、老後の所得確保という点については、事業主への相談もそうですし、個人への相談もこれからの時代は対応できないのではないかと感じまして、こうした研修の開催を全国社会保険労務士会連合会にご提案させていただきました。
権丈:ふ~ん、なるほど。望月さんは、どうですか。
望月:だいたい年間に400~500件くらい、年金の相談を受けているのですが、60歳で定年を迎えていた時代は、子育ても終わり、住宅ローンの返済も終わっている方が多かったのですが、しばらく前からは50代でも子育てをしている方がいたり、住宅ローンを返している方もすごく多く、そうした状況にあって、公的年金だけでどうやって生活していけばいいのかという質問が多くなってきました。たしかに、老後は、公的年金が収入のベースになりますが、公的年金だけで生活するわけではありません。そうした方には、本書を参考にご自身、あるいはご家族でキャッシュフローやライフプランを作ってみることをおすすめしています。実際に作ってみると、公的年金だけでは生活できそうもないと実感するかもしれませんが、そうした状況把握が大切なのです。そのうえで、どうしたらいいのかを考えるのがライフプランですから。当初、予定していた年齢よりも長期間働いたり、共働きの期間をつくったり、さらには、支出を見直して貯蓄を増やしたり、公的年金に上乗せする確定拠出年金など自助努力の方法を検討したり、自分に合った対策を立てればいいのです。また、さらに知っておきたい知識として、介護保険、成年後見制度などの情報についても、この本には盛り込んであるので、ぜひ、老後のライフプランづくりの参考にしていただきたいです。
権丈:なるほど、望月さんが担当されたのは、「周辺知識」でも、企業年金とか私的年金に加えて、住宅ローンとか、教育ローンとかの支出項目との兼ね合いというところで、この研修に関わられているのですね。これ、すごく大事なポイントだと思うんだけど、人それぞれのライフイベントを実行するにしても、現在は以前に比べて後ろのほうに年齢がシフトしているわけだから、社労士にとっては目の前で相談を受けている人たちの相談内容が変わってきている。社労士の仕事の内容も、それに応じて、もっと厚みとか深さとか広がりを持ったかたちで対応できるようにしておかないことには、うまく相談対応ができなくなってきている。そうした変化に対応した研修内容が、この本にも盛り込まれているんですよね。
権丈:川端さんは、この本ではマネープランを担当されていますが。
川端:周辺知識についての研修で一番良いところは、自分らしく生きるためにはどうしたら良いのかをテーマにできることだと思っています。年金制度について社労士会が行う一般的な研修では、年金の手続はこうする、年金の質問にはこう答えるという実務や相談対応のノウハウについて、初級・中級・上級と難易度をつける内容になっています。そのような年金相談業務に対応したスキルは必要には違いありませんが、実は社労士が行う年金相談のスキルには、公的年金制度の知識や手続に精通しているだけでなく、周辺知識も含めて理解されているかということも大切なのではないかと考えています。
以前、わたしは年金事務所の窓口で相談対応をしていました。実は、わたしが開業している社労士事務所の地域で、月額約22万円のモデル年金額をもらえる人はどのくらいいるのだろうかということにすごく興味があり、実際に地域住民が年金の手続や相談に来る年金事務所の窓口に入って、現状を知りたかったのです。そうしたところ、その地域の年金事務所ではモデル年金を受けられるような方はたまにしか会えませんでした。しかし、それが現実なのだなあと実感しまして、そうであれば、モデル年金に足りない人、それどころか年金を全然受けられない人もいますが、さまざまな人たちが自分らしく生きていくためには、どのようなアドバイスをしたら良いのだろうと、そうしたことをテーマにしたのがマネープランなのです。
そこで、老後のマネープランと言っても60歳から考えれば良いということではなく、もっと幅広く20代、30代、40代と年齢層それぞれのライフステージがあり、自分らしさ実現のテーマがあると思いますので、それぞれの年齢でその時点から、自分らしく生きていくためには将来どうしたら良いのか考えていくことを、社労士は、年金制度だけでなく、ほかの社会保障制度、たとえば健康保険、雇用保険なども絡めながらアドバイスできるようになると、マネープランについてアドバイスするうえでは、パーフェクトな社労士になれるのではないかと思っています。
社労士には専門職として、年金の誤解を解くクオリティを高めてほしい
編集部:全国社会保険労務士会連合会では、2010年1月の日本年金機構設立時に年金相談センターの運営を年金機構から受託して、それ以降、連合会が「街角の年金相談センター」として運営し、社労士が窓口で年金相談にあたっています。一方で、雑誌やテレビなどに登場する社労士のなかには、依然として、「年金制度はつぶれる」といった不安をあおるようなコメントをする社労士が見受けられます。そうしたなか、連合会が年金制度の誤解を解き、意義や役割をしっかり理解してもらえるような研修を実施することは非常に意味のあることだと思います。
原:ほんとうにそうですね、わたしも2012年頃にあるシンポジウムで権丈先生のお話を聞いて、ぜひ社労士の皆さんにも聞いてほしいと思いました。
権丈:ああ、年金綜合研究所のオープニングセレモニーのときだね。あのときの懇親会で、原さんが話しかけてきたんだよね*。
*講演録は権丈善一著『年金、民主主義、経済学――再分配政策の政治経済学』第1講「年金、民主主義、経済学Ⅰ」に所収。
原:思い切って話しかけてよかったです(笑)。
これまでわたしたちは年金相談の現場で、年金に対する風当たりが強かったときなど、年金制度の説明はできても、制度への誤解を解き、不信感を払しょくするような説明は十分できていなかったのではなかったかと感じていましたから、年金学会や年金のシンポジウムなどで権丈先生のお話を聞いているうちに、こういう話は、たしかに社労士試験では出題されないなあということにも気がついたんですね。
そうしたことも関係しているのかもしれませんが、年金の専門家とはいえ、年金制度の意義や役割の部分は、社労士のなかでも共通認識を持ち得ていなかったのかもしれません。他業種の方もそうかと思いますが。だから、マスコミなどから年金の専門家としてコメントを求められたときも、なかには誤った認識を持って伝えてしまう人もいるのではないかと思います。
権丈先生には、研修の第1日目に「公的年金制度への不信や誤解を解く」というテーマの講義をご担当いただき、それがもう見事に参加するの社労士の皆様の心にヒットしまして…。それまで年金制度の給付のしくみなどはよくご存じの社労士の方々も、年金制度の意義や役割について知識補給されて、自信を得るとともに、そのことを社労士仲間と共有できたという実感をお持ちになって、皆さん目が輝くんです。
権丈:ぼくが年に一度、SMAPや嵐を超える日だね。受講者のちょっと年上の女性たちから、握手やサインを求められる(笑)。
ぼくは川端さんが所属する東京都社会保険労務士会からも研修の講師依頼があったりして年に一度6時間ほどの講義を受け持っているんだけど、社労士会には、どうにかして社労士のクオリティをしっかりコントロールしてもらいたいという想いはある。自発的に質を高めていく努力をしていくのが専門職なんだけど、なかには公的年金についてとんでもないことを言う社労士がいるのも事実。年金ひろしとかね。
まぁ、読み方はどうでもいいけど、社労士会にはクオリティコントロールしてもらいたいと思うよ。
今日のお三方には、将来的にはもっと偉くなって、この本の第Ⅰ部「公的年金制度の意義・役割」に書かれているような話を、社労士試験の問題に入れることができるようになってもらいたい。ぼくはよく、いざというときと言うけど、いざ、制度改正を行うときが来たら、社労士の皆さんにはぜひともよき理解者であってもらいたいと思ってるんだよね。
編集部:社労士会では、社労士の品位保持に向けた取り組みということで、全会員を対象に5年に一度は必修の倫理研修を実施しています。そのなかには、「不適切な広告や情報発信」をテーマとされた研修も実施しています。原先生が社労士の皆さんに公的年金制度及び周辺知識の研修を通じて伝えたいこと、また権丈先生が社労士に求める年金制度についての知識のクオリティの担保ということ、そうしたことも倫理研修のテーマとして盛り込むことで、社労士試験に合格して新たに社労士となられる方だけでなく、すでに社労士としてご活躍されている方にも、公的年金の意義や役割ということもお伝えでき、身になっていくのではないでしょうか。
社労士は中小企業に適用拡大のメリットを伝える活動も担っている
権丈:社労士はとりわけ中小企業が顧客だったりするわけだけど、社労士さんは、顧客が中小企業の事業主と、老後のライフプランを相談に来た従業員である労働者の場合とでは、適用拡大についてどんなスタンスでいるんですか。
川端:基本的に、被用者であれば被用者保険に入るべきとの認識は多くの社労士が共有しているはずです。ただ、個々の保険料負担のこととなると事業主及び労働者の事情が前面に出てしまうのだろうと思うのですが、ただ、最近、社会保険に入りたくないという従業員がいるので、社会保険に加入するメリットについて研修してほしいという事業主さんが少しずつですが出てきています。わたしも何回かお話をさせていただいています。
パートの従業員が多い事業所なのですが、事業主さんは社会保険に加入させたいと思っているが、従業員は第3号被保険者のままで良いと言う。そこで、たとえば、健康保険であれば傷病手当金や出産手当金とか、本人が被保険者であれば支給される給付金もあること、また、厚生年金に加入すれば、基礎年金に加え、報酬比例の厚生年金も受けられることなど、そういうメリットについても話をしてあげると、パート労働者の理解を得やすいようで、少しずつですがそういう動きも出てきています。また、わたしたちも顧問先の中小企業に社会保険に加入することのメリットを従業員の皆さんにお伝えする研修をやりませんかと積極的にPRしています。
権丈:社会保障審議会の年金部会では、中小企業の事業者団体から適用拡大には断固反対の主張ばかり聞かされていましたから、川端さんの話はすごく新鮮です。
川端:反対する事業主はコスト意識だけをすごく持っているのでしょうが、コスト意識だけではなく、社会保険制度を適用することによって、質の高い従業員も採用できるというメリットにも目を向けてほしいですね。いまは、すごく人手不足で、特に中小企業でより良い人材を確保したいのであれば、会社は適用拡大に取り組まなければならないと思っています。
権丈:適用拡大で企業規模要件を51人以上とするのは令和6年10月ですが、それまでの間でも、任意適用で適用拡大ができるんですよね。平成29年4月から労使合意があれば企業規模にかかわらず任意適用ができることになっている。だから、社労士の皆さんには、任意適用をぜひ顧問先などの中小企業に勧めてもらいたいと思う。
権力には、3つのパターンがあって、1つが報奨権力というもので、これやってくれたらご褒美あげますよというもの。2つ目が威嚇権力と言って、これをやらないと痛い目にあわせますよという権力。そして3つ目が条件付け権力(conditioned power)で、相手に納得してもらう権力で、皆さん社労士は、労使双方に説明して意義をわかってもらう条件付け権力を持っているんで、よろしく期待したいところだね。
原:わたしは企業で実施するライフプランセミナーのときには、ご夫婦で参加されている方に対して、たとえば、以前ですと、夫だけでなく妻にも20年以上の厚生年金の加入期間があると加給年金額が受けられなくなるという表現で話していたものですが、最近では、自分自身の年金額を増やすという観点で、夫婦それぞれが働いて、厚生年金に長く加入するようアドバイスはしています。適用拡大においても、ご夫婦それぞれが厚生年金に入って、自分自身の年金を増やしていく、そういう考え方をきちんと説明すれば、厚生年金に加入することの理解を得られると思っています。
「公的年金は保険である」との認識が年金制度への誤解と不信に打ち克つ
権丈:この本は、「第Ⅰ部 公的年金―意義・役割を中心に」のいちばん始めに「Ⅰ 公的年金は保険であるということ」から始まっていますね。このことが、公的年金制度の本質であり、まず理解しておかなければならないところで、年金が保険であることを理解すれば、その後は、実はなんてことない話なんだよね。
原:公的年金は保険であるということを、研修の始めにまずご理解いただき、年金相談や年金業務全般においても、さらに受給世代だけでなく若い世代にもしっかり伝えていきましょうというコンセプトが、これまでの研修になかった新しい発想でもあるんです。
権丈:なるほど。実にいいですね。では、最後にご自身が担当された箇所に関連して、セールスポイントや特に言いたかったことをお願いします。
原:権丈先生のご指摘にもありましたが、「公的年金は保険であるということ」から始めて、公的年金の理念や意義など、そもそもどういう制度なのかというところをあらためて再認識していただくということ、そして、これはもちろん社労士を対象にした研修内容をまとめたものではあるんですが、社労士だけではなく、一般の方にも読んでいただけるようにわかりやすく書いています。
そして、保険であるということに続いて、公的年金は終身年金であることにも触れています。今後、働く期間も長くなり、それに合わせて年金の受け取り方も60歳から70歳、今後の改正で75歳までの間で、後ろのほうへと受け始める年齢の選択肢が広がります。自分自身の生き方に応じてプランニングする必要性も高まっていることから、これまでとは違う新しい将来の生活設計を考えていかなければならないと思っています。ライフスタイルも多様化するなかで多様な選択肢を組み合わせることが必要になってくるかと思いますが、まずは、公的年金制度というものを軸に、その意義・理念をしっかりと把握したうえで、将来への生活設計を考えていただきたいと思っています。
川端:わたしはキャッシュフロー(CF)表によるマネープランのところを担当しましたが、自分のいま、過去、そして将来における収入と支出とを表にしたものがキャッシュフロー表です。この本を読んでいただいた読者の皆さんが、自分はいままでどういう生活をすごしてきたのか、そしてこれまでどれだけのお金が要したかをご確認いただき、それに基づきこれから必要になるであろう生活費をどうやって作ったら良いのか、考えていただく。そうしたキャッシュフロー表を作り、マネープランを考えるきっかけに、この本がなれば良いなと思っています。
望月:わたしは人生における三大支出のうち、「教育資金」、「住宅資金」と、老後に向けた必要知識のところを担当しています。老後の生活設計を考えるとき、「なんで教育資金や住宅資金の話をするの?」と聞かれることがあります。教育資金や住宅資金は数百万円~数千万円単位での支出になります。この部分をどうプランニングするかによって、老後の生活設計が大きく違ってきます。たとえば、住宅ローンを100万円減らすことができれば、老後の生活資金に100万円のゆとりが生まれてきます。日々生活する中で、貯蓄を100万円増やしたり、生活費を100万円減らすことはとても大変なことです。本書では、基本的なプランニングの方法だけでなく、具体的な見直し方法もご紹介しています。これから老後を迎える年代の方だけでなく、幅広い年代の方にも活用していただける内容になっていると思います。
権丈:では、最後に少しお時間をいただいて、公的年金は保険であるということに関連してちょっと雑談しておきますね。
もう8年以上前の2012年1月に、内閣府経済社会総合研究所が「Discussion Paper NO.281」として「社会保障を通じた世代別の受益と負担」という給付負担倍率を出して払い損だぁとキャンペーンを張るのですが、これが報道番組なんかでえらいウケたわけです。またまた年金が大変になった、さぁ視聴率稼げるぞぉと繰り返し報道されていました。世の中の人は、報道が市場にのっていることの弊害をもう少し考えたほうがいいと思うんだけどね。
当時、ぼくは厚生労働省の「社会保障の教育推進に関する検討会」の座長で、そのとき事務局から連絡がきて、2012年2月(22日)の教育推進検討会で内閣府の試算に反論を出したいと言う。その反論というのは、過去に厚労省が計算した世代会計の試算で、たとえば1985年生まれの人を例にとると、保険料負担額に対する年金給付額は2.3倍になるというもの。つまり、内閣府の試算のような負担超過にはなっていないという反論をしたかったようなんだね。
そこでぼくは、座長権限を使って(笑)、ちょっと待ってくれと話して、内閣府に対する反論は1ヵ月後の検討会で出すことにして、年金数理の人たちにもちょいと遊ぼうと連絡して、社会保障の教育推進検討会で資料を作っていきました。その資料が、A4で27頁の「社会保障の正確な理解についての1つのケーススタディ~社会保障制度の“世代間格差”に関する論点~」で、2012年3月(23日)の教育推進検討会で報告されることになります。
この資料の最初に、内閣府ペーパーの技術的問題として、公的年金は保険であり、保険によるリスクヘッジ機能が、公的年金の存在意義だということがわかってないと書かれています。これが、公的年金は保険であるという話を前面に出した最初ですね。
*出所:第4回社会保障の教育推進に関する検討会「資料2-1 社会保障の正確な理解のについてのケーススタディ~社会保障制度の“世代間格差”に関する論点~」2-3頁。
この資料6頁の次の図表なんか、厚労省による過去の試算までも否定してます。あのときは、むかしの試算をやった人たち、OBもいましたけど、彼らに連絡をして、方針転換をしますからよろしくっと説明をしたりしてました(笑)。だって、厚労省もやりたくてやったわけではなく、世論の圧力に押されてしぶしぶやらされただけなんですよね。
*出所:第4回社会保障の教育推進に関する検討会「資料2-1 社会保障の正確な理解のについてのケーススタディ~社会保障制度の“世代間格差”に関する論点~」6頁。
たとえばアメリカのメディケアとかメディケードという医療保険を作った場合には、どういうふうにその存在意義、価値を計算するかというと、普通の経済学者であれば、リスクが緩和されることによる「期待効用の増加」も加えて試算する。ところが内閣府の試算では、あたかも金融商品のように計算しているだけ。貯蓄性の金融商品と保険の期待値を並べて比較したって別物なんだから意味ないんだよね。Apple to orange、まったく異質のモノを比べても意味がない。だから、内閣府の試算は2流、3流の者たちが計算しているだけで、そんなのまともに相手にしなくていいだろうっと論じた資料を作ったわけです。保険だと、民間保険には付加保険料があるから、期待値を計算して、貯蓄性の金融商品と同じように解釈すると払い損になるように見える。でも保険の役割はリスクヘッジ機能で、その機能を無視した議論はあり得ないんだよね。それに、そこで計算した期待値を世代間で見る場合には、歴史や制度の知識が必要になるんだけど、彼らは歴史・制度の怖さや重要性をたぶん教わったことがないんだと思う。そしてその責任は、彼らの指導教授や彼らが学んだ大学のカリキュラムにあると思うんだよね。
あたかも貯蓄性の金融商品のように公的年金を論じる誤解に対して、公的年金は保険であるということを前面に出して反論していく方針に切り替えていったのが2012年3月。それまで厚労省は、「年金は損得で論じるべきものではない」と言っていたんだけど、いや、「損得で論じてもいいんだけど、リスクヘッジによる効用の増加を加味した損得を計算しないとダメだろう」という話に替えたわけで…。
さっきも言ったけど、年金って、保険であることを理解すれば、あとはなんてことはない。自動車保険のときは、対人無制限とか対物いくらとか言いますよね。あれに相当する年金保険の話は、いまは福岡に住まわれているおばあちゃんが117歳で世界最高齢だから、もしそこまで長生きしたら、年金はいくら受け取れますという話になる。もしあなたが平均寿命まで生きたらという話をしても、ひとりひとりには関係ないよ。そんなアドバイスは、それより長生きした人たちから恨まれるだけ。老後の生活に対しては、もし長生きしても後悔することがないアドバイスをしないと。10月の社労士会の研修のときに、皆さんは繰下げはいくつまでもらえば元取れるって話をすぐにするけど、なんの意味があるんだ?っと話して、笑いをとるところですね(笑)。ぼくの本の『ちょっと気になる社会保障』では、「もし、余命幾ばくと宣告されていない人が、当面の生活費を工面する方法があるのならば、可能な限り遅く受け取り始めることをお勧めします。70歳で受給しはじめる年金は、60歳で受給できる年金額の約2倍になり、それを亡くなるまで受け取ることができるわけです」(V3では205頁)と書いている話ですね。あの文章は2014年に書いているけど、繰下げの合理性はだいぶ理解されてきたと思う。この合理性を理解するための大前提は、公的年金は終身(死亡するまで)給付される保険であることを理解することなんだよね。終身保障の保険であることが理解できてなかったら繰下げの合理性も理解できない。これはセット。
ということで、また、10月には全国社会保険労務士会連合会の「公的年金制度及び周辺知識に関する研修」に、そして、来年1月には東京都社会保険労務士会にも研修の講師としてお伺いしますので、よろしく。それでは、皆さん、きょうはオンライン居酒屋ねんきんにお集まりいただき、ありがとうございました。
一同:ありがとうございました。