2022/04/08掲載
数理の目レトロスペクティブ|#11 最終給与比例給付
給付算定式のしめくくりとして、最終給与比例の算定式を取り上げてみたい。最終給与比例の算定式とは、退職直前の給与額、ないし退職直前の数年間の平均給与額に勤続年数により定められた乗率を乗じて年金額を計算する算定式である。
最終給与比例は職域年金、企業年金で使われる給付算定式で、公的年金で使われることはない。生涯の納付保険料が多いにもかかわらず、たまたま最終給与が低い人の給付が低くなることになり、世代内の公平性が保てないからである。
一方、企業年金の世界ではこの算定式が使われるケースが多かった。英・蘭・瑞・米等の多くの確定給付型の職域年金、企業年金では、最終給与比例の給付算定式が用いられていた。わが国の単独企業が実施する企業年金の多くも、以前は最終給与比例の算定式であった。
最終給与比例の給付算定式を用いる制度のもう一つのグループは公務員年金制度である。独・仏は現在もそうであるし、英国でも2007年7月30日前に採用された公務員の職域年金の給付は最終給与比例である。わが国の公務員共済年金も、昭和60年の年金改正までは最終給与比例であった。
公務員年金がなぜ最終給与比例なのか、という点については国により理由は異なるが、ドイツの官吏恩給制度はその経緯を忠実に表していて面白い。ドイツの官吏(Beamte)は「その人の一生を国が買った者」という位置づけが今でもなされている。そのため中途で民間に転職すると、それまでの官吏の身分すべてが剥奪され、すべての期間が恩給期間からはずされ、社会保障年金の適用であったとみなされる。一方、官吏の終身にわたる奉職の見返りに、肉体的衰えから第一線を退いても、国は給与を支払い続けなければならない。これは「静かなる給与(Ruhegehalt)」と呼ばれ、すなわち恩給である。従って恩給が第一線を退く時の給与と勤続年数に比例するのは自然と言える。また、官吏には老齢のための引退による所得喪失がないから公的年金の対象とされていないことも、論理的帰結である。
明治維新政府も恩給制度を導入するに当たり、このドイツの制度を参考にした面があることは、「官員は、元来、公衆の膏血を以て買はれたる物品の如し」(川路利良❝警察手眼❞ )という文章があることからもうかがえる。江戸時代の藩主と家臣の関係から、受け容れ易い考え方でもあったのであろう。
昭和60年の年金改正では、このような伝統的な公務員年金の給付算定式を修正し、厚生年金と同じ生涯平均給与比例の算定式に改められた。この改正により給付面での厚生年金と公務員共済年金との差異が大きく縮小し、わが国は独・仏のグループから公務員も民間被用者も同じ公的年金制度に加入する英・瑞のグループに移行し始めたと言える。この文章を書いた2008年当時、厚生年金と共済年金を完全に統合する法案が国会に提出されていたが、昭和60年の改正はこの公的年金制度一元化に向けた大きな一歩だったと言える。
[初出『月刊 年金時代』2008年4月号]
【今の著者・坂本純一さんが一言コメント】
最終給与比例の職域年金は今世紀初頭まで、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オランダ、スウェーデンなどの国々で、主に大企業において主力の給付設計であった。給付が退職時の所得水準にリンクするので、従業員にとっては退職後の生活設計が立てやすいというメリットがあった。
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