年金時代

【対談】権丈善一氏・坂本純一氏「次期年金制度改正の課題を考える」その1

権丈善一(けんじょう・よしかず)慶應義塾大学商学部教授。社会保障審議会年金部会委員。平成25年8月社会保障制度改革国民会議委員として報告書の作成に関わった。
坂本純一(さかもと・じゅんいち)JSアクチュアリー事務所代表。厚生労働省年金局数理課長として平成16年の年金制度改正を担当した。
司会:年金時代編集部

4月4日、第1回社会保障審議会年金部会が平成31年財政検証に伴う制度改正の議論を開始した。民主党への政権交代を機に年金部会を去ったが、このたび同部会に復帰した権丈善一氏。そして、厚労省年金局数理課長として平成16年改正財政フレームの設計に関わった坂本純一氏のお二人に、次期年金制度改正を巡ってご対談いただいた。

キャリーオーバー方式導入の平成28年年金改革法の成立過程を振り返る意味

権丈:この対談を始める前に、年金時代編集部に確認しておきたいことがあります。本日の対談のテーマは「次期年金制度改正の課題」とうかがっています。しかも、前回平成26年財政検証結果のオプションⅠ、つまり「マクロ経済スライドの仕組みの見直し」を対談の中心テーマにしたいとのこと(資料①)。オプション試算にはⅠのほかに、Ⅱの「被用者保険の更なる適用拡大」、Ⅲの「保険料拠出期間と受給開始年齢の選択制」がありますが、マクロ経済スライドの仕組みの見直しについては、平成28年年金改革法(「公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律」)において、マクロ経済スライドによる調整にキャリーオーバー方式を導入し、また、賃金・物価スライドにおいて賃金変動を徹底させることになりました(資料②)。そうであれば、普通に考えれば、次回31年財政検証とそれに伴う制度改革のテーマはオプションⅡとⅢになる。それをあえて、オプションⅠを対談の中心テーマにしたいという編集部の意図を聞いておきたい。

 

資料①平成26年財政検証結果(オプション試算)


出所:第1回社会保障審議会年金部会2018年4月4日資料2-1「年金制度を巡るこれまでの経緯等について」厚生労働省年金局(以下、出所等の表記がない場合はこれと同様)

 

資料②公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律(平成28年法律第114号)の概要

 

坂本:確かに、この点は確認しておく必要がありますね。1990年代以降、わが国の人口の高齢化は非常な勢いで顕在化し、年金制度もその対応に追われてきましたが、「三党合意」の社会保障制度改革推進法により設置された社会保障制度改革国民会議の報告書により、その改革の方向性がしっかりと示されました。そして平成26年の財政検証のときにこれらの改革の方向の主な3つの項目について財政効果の試算が要請され、オプション試算が示されましたが、平成28年の改正はオプションⅠに取り組んだものであり、次回はオプションⅡとⅢに取り組むものと思っておられる方も多いのではないかと思います。

編集部:4月4日に開催された第1回社会保障審議会年金部会でも、みずほ信託銀行年金研究所主席研究員の小野正昭委員が、厚労省年金局が部会に示した資料(資料③)を取り上げて、「何となくこれを見ると、一段落という感じを受けてしまうような雰囲気がある」と発言しています。これに答えて、厚労省年金局の伊澤知法年金課長は、「フル適用の問題が検討課題から抜けたという認識はない」としながらも、平成30年4月施行のキャリーオーバー制度を踏まえた検証が必要であること、また、賃金徹底は3年後の平成33年4月施行であることから、「フル適用そのものを主要課題として議論するには時期尚早かなという感覚は持ちつつも……数字を見ながらの議論は引き続き必要だという認識を持っている」と答えています(資料④)
そこで、なぜ、「一段落」してしまったかのような雰囲気の「マクロ経済スライドの仕組みの見直し」をあえて、本日の対談の中心テーマにしたいのかということですが、一つには、マクロ経済スライドによる調整をできるだけ早く、そしてできるだけ大きく実行すれば、給付水準の調整期間は短期間で終了し、将来の受給世代の給付水準を高めに維持することが可能だということはこれまでの財政検証結果が示すところです。そのためにもできるだけ早くマクロ経済スライドがフル適用されるように法律改正をしておくことが必要であると考えるからです。そして、もう一つは、平成28年年金改革法では、なぜキャリーオーバー方式という、ある意味、マクロ経済スライドの機能から言えば、「不完全」な形を導入することになってしまったのかを考えてみたいのです(資料⑤)。どういう力が働いて、マクロ経済スライドをフル適用させないようにしたのか。そのことを確認しておくことが、オプションⅠに示されている、マクロ経済スライドをフル適用させる方向での「仕組みの見直し」に道筋をつける、つまり法制化させていくうえで抑えておかなければならないことだと考えたからです。

 

資料③経済・財政再生計画 改革工程表[平成29年12月21日経済財政諮問会議資料]

注:厚労省年金局が経済財政諮問会議の資料を年金部会の資料として再使用したもの。

 

資料④2018年4月4日第1回社会保障審議会年金部会議事録(抜粋)(PDF形式:742KB)

 

資料⑤年金額の改定ルールの見直し

 

権丈:年金局も好き好んでキャリーオーバー方式を求めたわけではないと思いますよ。ただ、年金局は、政治が許容する範囲のなかで、制度改正の動きをとることになる。そうした問題意識から、このたびの対談のテーマを、オプションⅠを通して考えるというのであれば、それは現実の民主主義、つまり理念型ではなく現実に機能している民主主義の下での政策形成をどう考えるかということになる。
政策形成ということでは、年金局は、改革に向けてある方向性を持つとすると、政治家や関係諸団体を説得していくことになる。政治は民度を映した世論、さらに言えば国民の年金リテラシーに基づいて動かざるを得ませんから、昔からそうであったように、政治のところに説明に行っては打ち返され、妥協するという形をとりながら、その一方で、年金部会においてもアジェンダを設定していくことになる。僕は、平成28年の春、改革法案が国会に出された頃に書いた文章、これは坂本さんと年金時代編集部にも事前に送っていますね1、そこに、「厚労省は、そうした誰も味方がいない孤軍奮闘の環境の中で、なんとかキャリーオーバー方式をメインとする年金改革法案の提出にこぎ着けた2」と書いていますね。

1 :権丈(2016)「将来世代のために今やるべき公的年金の改革――キャリーオーバー方式が残す禍根を減らすための提案」『みずほ年金レポート』2016年春季号No.118。http://news.fbc.keio.ac.jp/~kenjoh/work/160427mizuhopensionreport.pdf
2 :権丈(2016)21頁。

編集部:どうして、年金局は孤軍奮闘するような状況の中で、制度改正の議論を進めていかなければならなかったのでしょうか。

権丈:この論文には、オプションⅠについて私が考えていることを書ききっているので、お二人に事前に送っていました。その序文には「今、国会に提出されている年金改革法案(「平成28年年金改革法」案のこと――編集部)では、マクロ経済スライドの見直しに関してキャリーオーバー方式が提案されている。この方式には、フル適用と比べていくつかの欠陥を指摘することができる」と書いていて、これから国会で年金の論戦がはじまるぞ、っという時にまとめたわけですけど、そこから引用すると、「世の中というのは、年金財政の投影(プロジェクション)を行って、なにもしなければこうなるがそうならないように改革を行うべしというメッセージを理解するのはよほど難しいようで、年金の専門家もそうでない人も一緒になって、なにもしなければこうなるという財政検証の本体試算の論評で盛り上がっては、時間を無為に費やしていた。そしてあろうことか、平成26年財政検証の歴史的分脈の中での意味は大方の年金論者には理解されず、いつの間にかオプション試算という名の政策提言に関する議論は世間では聞かれなくなってしまった3」。
この対談をやっている2018年という今という時代からみれば、読むに堪えない年金論を過去に展開してきた人たちは、平成26年財政検証時に示されたオプション試算の価値を正しく理解できなかった。いや、したくなかったんだと思いますよ。
平成26年財政検証を「単に財政の現況と見通しを示すだけでなく、課題の検討に資するような検討作業を行い、その結果を踏まえ、遅滞なくその後の制度改正につなげていくべき」と位置づけたのが平成25年の社会保障制度改革国民会議の報告書です。先ほども坂本さんが言及された、あの国民会議報告書で、年金の受給年齢の議論のあり方に道筋をつけるとともに、積立方式にすれば少子化の影響を受けないとか、年金の最大の問題は給付負担倍率でみた世代間での格差だと言ったり、スプレッドのことを知らなかった経済学者や、フィンランド方式だ、民主党と一緒に最低保障年金だ、年金の抜本改革だとお騒がせしていた人たちの年金論が鎮められました。そういうことを言っていた人たちは、普通に考えれば、2013年の国民会議、それを受けて平成26年財政検証のオプション試算を政策として具体化していく動きは、触れたくなくなるものでしょう。この10年以上、年金は政争の具とされてきたわけですけど、政治家が年金を政争の具とする際には、やはり一応は学者のお墨付きが必要なんですよね。その根本が、2011年にはじまる「社会保障改革に関する集中検討会議」から2013年の「社会保障制度改革国民会議」の中で鎮められた。
先ほどの論文にも書いていますように、「今(2016年)の年金部会委員は民主党政権下の2011年8月に決められ、その後5年近く経って今に至っている4」。香取さんが年金局長になって、数名を新しく任命していますけどね5。まあ、とにかく平成26年財政検証後の年金部会の議事録とかを読むとおもしろいですよ。僕の本『年金、民主主義、経済学』にはいろいろと紹介していますけど、なんとかして、国民会議の報告書に書かれていることに反論しようとするのだけど、事務局から理路整然と論駁される。その繰り返しを、議事録で読むことができます。
ではなぜ、キャリーオーバーだったのか。
年金局がオプションⅠに基づく改革が必要ですと、政治家に説明に行っても、与党側から「名目が下がるようなことはしないでくれ」という条件が出されたんでしょう。そのなかで、オプションⅠを求めるプログラム法と整合性を持つ政治的妥協策としてぎりぎりの線で考え出されたのがキャリーオーバー方式だったのではないでしょうか。
この点、政治家を責めるのも難しい。政治家は、地元に帰ったときに、デフレ、インフレ、名目、実質という概念とほとんど無縁で生活している人たちを相手として、これまでは、「新しい制度で、あなたの年金は下がることはありません。私にお任せください」というぎりぎりのところで説得してきたんだと思います。彼ら政治家は、そうしたぎりぎりの説得をしながら、国民年金、厚生年金の保険料については平成29年まで引き上げていくことに理解を求めてきてくれたんですね。これまでも、物価と賃金の変動率が両方マイナスの時は、年金額の改定率はマイナス、つまり名目額が下がっていたのですが、マクロ経済スライドをフル適用していくことになれば、今の経済状況下では、毎年、名目額が下がることになる。この壁を乗り越えるのはきついでしょう。地元の年金受給者に、「デフレの時には名目額は下がりますけど、実質価値はインフレの時と同じですよ」と言っても通じるわけがない。
しかし、キャリーオーバー方式では、将来に禍根を残すことになる。そうした中、平成28年の年金改革時に期待されたのが、国民に正確な情報を発信することができる絶好の機会である国会での論戦だったわけです。
ところが、野党は、与党が提案したキャリーオーバー方式という不完全な仕組みを批判するどころか、提出された法案の中にあった物価上昇率よりも賃金上昇率が小さいときは賃金準拠を徹底するという案に対して、「年金カット法案」という言い方しかしませんでした。世の中にマクロ経済スライドのフル適用の意義や賃金徹底の意義を知らしめるための最大の機会をつぶしてしまったんですね。だから、国民がキャリーオーバー方式など知るわけがありません。平成26年改革については「年金カット」としか、国民には聞こえてなかったのでしょうから。

3 :権丈(2016)21頁。
4 :権丈(2016)16頁。
5 :権丈(2016)16頁。

坂本:野党にしても、キャリーオーバーではなく、フル適用にされることを恐れていたんですかね。

権丈:フル適用を恐れるというか、国民が正確な情報を持っていないことを知っている野党は、年金カットの側面を強調するほうが、政局にしやすいと思ったんでしょう。彼らの手にかかると、政治が情弱ビジネス(情報弱者を対象としたビジネス)と化してしまうわけで。

坂本:あー、そっちのほうですか。

権丈:民進党は、衆議院で年金カット法案というキャンペーンを張っていたのですけど、参議院では、厚生労働委員会で足立信也さんが「これを我が党は、年金カット法案、衆議院で言っていたわけですが、御案内のように参議院は、私含めて五人おりますが、年金カット法案と一言も言っていません」と発言されているように、年金カット法案という言い方はしていません。衆院の民進党国会対策委員長、山井和則さんの個性が反映されたキャンペーンだったのでしょう。キャリーオーバー方式ではダメなんだということを国民に知らしめる、つまり、国会で議論すればメディアが報道してくれるわけだから、そのように国民に幅広く知ってもらうための最大の機会を民進党の国対委員長がつぶした。
とは言え、法律を作るのは国会で、政治は世論と切り離すことはできないわけですから、やはり、国民に制度改正の中身を正しく理解してもらうしか方法はない。これまでうまくいかなかったことを動かすためには、これまで政治に参加していなかった人たちにも正確な情報を伝え、理解してもらって参加してもらうようにしていくしかないと思います。
またその一方、平成26年財政検証の年の10月に開催された年金学会に目をやると、そこでは、26年財政検証のオプション試算ではなく、むしろ本体試算のほうを一所懸命に議論していました。こんなに給付水準が下がることが明らかになったと。そうした中、財政検証において「スプレッド」の重要性を指摘していたのは坂本さんだけでしたね。

坂本:公的年金財政において、財政均衡を考えるとき、賃金上昇率と運用利回りが重要になります。物価上昇率も影響を与えますが、マクロの給付総額は賃金上昇率に沿って変動しますので、トータルな財政均衡という意味では賃金上昇率が重要になります。そして、運用利回りがこの賃金上昇率をどれくらい上回っているか、これがスプレッドですが、年金財政には賃金上昇率や運用利回りの実績の名目値が異なってもスプレッドが財政検証時の前提と同じであれば、財政均衡は保たれるという側面があります。換言しますと、名目下限を設けるようなことをしますと、どうしてもこのスプレッドの実績が小さくなります。そうなりますと財政均衡を得るまでにより長い調整期間が必要になりますので、将来世代の給付水準を低くする方向に働きます。人口高齢化の環境が厳しくなっているときに避けるべき措置だと思います。
この意味では、スライドの原則について、平成28年の改正で賃金変動率が物価変動率よりも低い場合に、すべて賃金変動率に合わせてスライドを行うことにしたことは、大きな意味があると思います。デフレはほとんど起こらないという前提で考えた配慮措置がマイナス効果を持つことがスライドの原則面では防げたわけですから。

権丈:年金学会も、オプション試算の重要性に触れていなかった状況を僕は雑誌で読んで、こりゃダメだと思って年金学会に入会することにしました。考えれば当然で、過去に言ってきたことが国民会議の報告書により論駁された年金論者たちが、国民会議の報告書に基づいて動いている財政検証のオプション試算あたりの動きをこころよく思うはずがない。年金って、おもしろいのは、過去15年ほどの年金論議の歴史的経緯を語ることができる人が、ほとんどいないんですよね。みんな、論を変えて生き延びていった、隠したい過去に触れざるを得ませんから。
こうして、年金局が孤立無援となっていった中、年金局としては、改正案に賃金徹底を入れておくことが精いっぱいの踏ん張りどころだったのだと思います(「資料⑤年金額の改定ルールの見直し」の「②賃金・物価スライドの見直し」参照)

編集部:なぜ、賃金徹底の施行は平成33年度になっているのでしょうか。

権丈:公式な説明では、年金改定の際に用いられる名目手取り賃金変動率は、次式で決められるので、

名目手取り賃金変動率=前年の物価変動率×2~4年度前の実質賃金変動率(3年平均)×可処分所得変化率

このうち、可処分所得割合変化率は保険料率の上昇の影響を受け、保険料率は平成29年に上限に達したのですけど、この可処分所得変化率は3年前のデータを引きずるため、平成29年の保険料引き上げの影響がなくなるのは平成33年からだということになっていますね。
さらには、消費税の引き上げを行って低年金高齢者に給付される年金生活者支援金が平成31年10月からだからという説明が加えられることもあります。でも技術的には、キャリーオーバーと同じように今年4月から施行することもできたはず。しかし、キャリーオーバーと比べて賃金徹底は起こり得る。こう考えていくと、去年の解散総選挙がなければ、今年平成30年は衆議院議員任期満了、総選挙の年になっていたことや、来年31年の統一地方選と参院選が意識されていたのではないかと見ることができます。
年金局にしても、33年度実施というタイムスケジュールを立てているから、4月4日の年金部会での年金課長の説明にあるように、今回の年金部会ではフル適用までの射程を立てられないのだと思います。31年財政検証では、その後半から32年にかけて法案を出し、法律を通すことになりますから、33年度前のことは議論できません。その制約条件のなかで、どうするかということだと思います。
つまり、この対談に課せられたオプションⅠを議論してくれというのは、33年度から動く法律に抵触しないという制約条件をスタート地点として、次期制度改正を考えていくことになる。僕は、先ほどから紹介している2016年春に書いた論文に、当時国会に提出されていた法案について「成立が必ずしも望ましいとは限らないこともある6」と書いていますが、今日の政策選択の自由度を2年前に成立した平成28年年金改革が狭める可能性があることは、あの頃から見通せたことでもありました。

6 権丈(2016)12頁。

(つづく)

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