年金時代

【対談】権丈善一氏・坂本純一氏「次期年金制度改正の課題を考える」その2

権丈善一(けんじょう・よしかず)慶應義塾大学商学部教授。社会保障審議会年金部会委員。平成25年8月社会保障制度改革国民会議委員として報告書の作成に関わった。
坂本純一(さかもと・じゅんいち)JSアクチュアリー事務所代表。厚生労働省年金局数理課長として平成16年の年金制度改正を担当した。
司会:年金時代編集部

権丈善一氏と坂本純一氏による、平成31年財政検証に伴う次期年金制度改正を巡る対談。第2回目はマクロ経済スライドの優れた機能とその政策実現に向けて、ご議論いただきました。

マクロ経済スライドの優れた機能を再認識する

編集部:権丈さんからは、民主主義における政策形成には、国民に正しく制度改正の内容を理解してもらうことが重要で、国民の正しい理解とそれに基づく支持がなければ、政治は動けないし、制度改正もできないとのご指摘がありました。一方、マクロ経済スライドは政治が関与しない、つまり法律改正なしに、給付水準を自動調整するしくみであるわけですが、あらためて坂本さんにお伺いしますが、そもそも、平成16年改正のとき、マクロ経済スライドはどういった考え方から導入が検討されたのでしょうか。

坂本:あの当時、一番の問題となっていたのは、少子高齢化は与党の政策ミスだという議論が出始めていたことです。しかし、少子高齢化は社会の与件ですから、それは受け入れざるを得ないものなのです。ところが、野党は政策ミスとまで言い出したものですから、従来の法律改正のプロセスを踏んでいたら、制度改正の議論が前に進まなくなってしまうという危機感もあって、少子高齢化のようなある意味、自然現象的なものに直面したときに、それ自体として対応できるメカニズムを作ろうということで、マクロ経済スライドが発想されていったのです。

編集部:一方、その当時、スウェーデンの年金改革では、年金を政争の具にしないということを政権与野党が合意して年金改革を進めるという動きがありました。そして、日本でもスウェーデン方式が紹介されています。

坂本:スウェーデン方式で学んだことは、将来にわたって保険料水準を固定し、その後、人口構造や経済情勢の変化等の外生的な社会経済情勢が想定を超えて変動する場合には、給付水準を自動的に調整するという考え方です。そうした発想からマクロ経済スライドという考え方が出てきたと言えるかと思います。
当時、少子高齢化にはどの先進国も悩んでいて、そのような国は、政治状況も悪くなっていました。それで、政治家としては、なるべく給付は下げないで済ませたいと考えていたのですが、いっこうに年金改革の議論が進まない状況に陥っていたのです。そこで、どういうふうに議論を前に進めていくのだろうと見ていたのですが、最初に動きがあったのがイタリアで、GDPの成長率で年金額をスライドさせる方法を考え出したのです。そうすると、そこには人口減少の動きも織り込まれてきますから、人口減が吸収されるような形で財政のバランスが図られることになっていくのです。政治が関与しなくても、人口の減少を織り込んだ形で年金額を改定できるということで導入が図られていきました。
一方で、スウェーデンもイタリアの年金改革を研究していたようで、イタリア方式をスウェーデンでも採用しようと検討するのですが、イタリアと違い、スウェーデンではまだ人口が増加していたので、出生率も比較的高い状態でした。そういう事情もあり、イタリア方式をそのまま当てはめると給付水準がかえって引き上げられたりしてしまうことがわかり、それではうまくいかないと判断し、スウェーデン独自のやり方を開発していくことになるのです。
そして、スウェーデンには年金改革の大きなうねりというものがありました。1990年ごろに財政危機があり、年金負担をどんどん高くするのはやめてくれという声が事業主から強くなり、財政危機を受けてマネタリストの声が大きくなっていた社会情勢から、チリと同様の個人勘定の積立方式に替えようという流れがそこにはありました。
また、スウェーデンには、もうひとつ、制度改革をやらざるを得ない要因がありました。スウェーデンの旧制度はホワイトカラーに有利で、ブルーカラーに不利という特徴があったのです。そのことに労働組合が気付き始めて、年金制度を変えろという動きが強力に打ち出されていくのが、1990年前後でした。そのことと政府の財政危機が重なったことが、抜本的な改革につながり、大きなパラダイムシフトとなったと言えるのではないかと思います。ある意味で、年金を取り巻く環境にも大きく影響を受けたと言えるでしょう。当初は完全な個人勘定に代えようとしていたようですが、二重の負担の問題が起き、あのような概念上の拠出建て制度にしたということのようですね。
しかし、完全所得比例方式のスウェーデンの年金制度は、日本のお手本にはなりません。日本は2階部分においてスウェーデン同様に報酬比例年金ですが、1階部分の定額部分は所得再分配機能を併せ持っています。日本の年金制度をスウェーデンのように報酬比例年金だけに一本化することは、当時の民主党案のような制度体系にするということですから、所得再分配機能を失うことになってしまい、それはかえって制度改悪ということになります。また、スウェーデンの財政調整の方法は、急激な少子高齢化が進む日本には向いていません。調整の仕方が緩慢過ぎて、日本の少子高齢化の進み具合に追いつかなくなり、永久に給付調整をやり続けることになってしまいますし、長い給付調整期間を必要としますので、将来の受給世代の給付水準が低くなってしまい、問題が多いのです。このため、結局、マクロ経済スライドという方法に行き着いたのです。

権丈:日本のマクロ経済スライドはイタリアのGDPの変動によるスライドの考え方がヒントにはなっていますよね。2002年、平成14年12月に坂本さん達がまとめられた「方向性と論点7」では、寿命の伸びの要因0.3%は入っていなかったですし。

7: 通称「方向性と論点」と呼ばれた、2002年12月の「年金改革の骨格に関する方向性と論点」は、2004年の年金改革に向けて、厚生労働省がまとめたもの。「方向性と論点」において、保険料上限固定方式とマクロ経済スライドが示される。

坂本:はい。一人当たりGDPに人口を乗じるとGDPになりますから、GDPの変動率に人口の変動率を乗じた率でスライドを行うことになります。一人当たりGDPの変動率はほぼ一人当たり賃金変動率に等しくなると考えられますので、GDP変動率でスライドを行うことは、通常の賃金スライドを行うことになります。当初のマクロ経済スライドはこの線に沿って、調整係数は被保険者の減少分だけでした。そこに年金財政の支える力を弱める要素として受給者の平均余命の伸長もあるという意見が年金部会で出され、今の形に落ち着いたわけです。この意味で、イタリアの考え方が参考になったと言えるでしょう。また、面白いことに、ドイツも、イタリアとスウェーデンの方式を研究し、結局持続可能係数というスライド調整措置を編み出したのですが、これはどちらかというとイタリアの考え方に影響を受けていると言えるかと思います。そして結果はわが国のマクロ経済スライドに酷似している。導入がわが国と同じ2004年というのも、グレートコインシデンスですね。

権丈:GDPのところを総賃金にして、年金改定のインデックスはそれまでは一人当たりだったけれども、労働力を掛け合わせて総報酬とした。だからイタリアのGDPというマクロの概念に由来することから、マクロ経済スライドという名称も来ているのではないですか。

坂本:そうですね。当時の検討段階で、マクロ経済の指標を使うと人口減少が反映されて、財政の自動均衡が得られる枠組をつくれるのではないかという発想がありました。発想としてはイタリアのGDPの変動率を参考に検討していましたからね。

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