年金時代

【居酒屋ねんきん談義】第3回年金部会・第6回経済前提専門委員会の議論を巡って(その1)

店主:権丈善一(けんじょう・よしかず)慶應義塾大学商学部教授。現在、社会保障審議会年金部会および同部会年金財政における経済前提に関する専門委員会委員。社会保障制度改革国民会議委員など歴任。
常連客:坂本純一(さかもと・じゅんいち)JSアクチュアリー事務所代表。厚生労働省年金局数理課長として平成16年年金制度改正を担当。
新規来店客:玉木伸介(たまき・のぶすけ)大妻女子大学短期大学部教授。日本銀行勤務、年金積立金管理運用独立行政法人にも出向。経済前提専門委員会検討作業班座長に就任。
店員:年金時代編集部

第3回社会保障審議会年金部会が7月30日、また、7月12日には第6回社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員会が開かれた。「居酒屋ねんきん談義」では、同企画発案者の権丈善一氏、おなじみの坂本純一氏、そして、今回新たに玉木伸介氏にご参加いただき、9月7日に年金部会および経済前提専門委員会での審議を巡り、ご議論いただいた。なお、企画終了後、出席者一同、企画タイトルにたがわぬよう、居酒屋に場所を移し、「ねんきん談義」を交わしたことは言うまでもない。

居酒屋で談義する左から坂本氏、玉木氏、権丈氏(撮影協力:神田 まる豚)

 

日本経済と社会の変化を長年にわたり見てきたことで検討作業班に貢献したい

権丈:それでは「居酒屋ねんきん談義」を始めましょう。Web年金時代も、ようやく企画名を「居酒屋ねんきん談義」と正式に承認したようですね。編集部内には、そんなふざけた名前でよいのかと抵抗があったんでしょうけど、あきらめましたか(笑)。


編集部:
Web年金時代では、「居酒屋ねんきん談義」を連載企画と位置づけ、年金部会の開催や制度改正の動きに合わせて、年金制度改正についてご意見やお考えをお持ちの方々にお集まりいただき、ご議論の内容をWeb上に掲載していくこととしました。そこで、同企画の発案者である権丈さんには、タイトル名の「居酒屋」になぞらえて店主として、「ねんきん談義」を運営、仕切っていただくことにしました。


権丈:
説明が硬いよ(笑)。こんなに正確に年金を語っている場は、日本中どこを探してもないんだから、名前は取っつきやすいほうがいいと思いますよ。
では、始めましょう。

今回のテーマは「第3回年金部会・第6回経済前提専門委員会の議論を巡って」です。平成31年の財政検証に向けて、年金部会では2018年4月4日に第1回目が開催され、7月30日には第3回目が開催されています。また、経済前提専門委員会は年金部会の議論に先立ち、昨年2017年7月31日に第1回目が開催され、第6回目が2018年7月12日に開催されています。本日は、第6回経済前提専門委員会で、その専門委員会のもとに検討作業班が設置されることになったのですが、その座長に就任された玉木伸介さんにおいでいただいています。


玉木:
玉木です。よろしくお願いします。


権丈:
平成31年財政検証とそれに伴う年金制度改正を議論していく年金部会は、財政検証に用いる経済前提に依存し、さらにその経済前提の設定にあたっては、検討作業班において、「技術的な検討や具体的な作業を行う」とされています。そのような重要なポストに就任されることになった玉木さんのこれまでの経歴について、ご紹介いただきたいと思います。


玉木:
私の年金とのかかわりは、比較的最近でして、1999年、平成11年です。そのとき勤務していた日本銀行から総合研究開発機構(NIRA)という内閣府のシンクタンクに出向しました。そこで公的年金積立金の運用に関する組織論やガバナンス論を研究したのが、年金にかかわる始まりです。その後、日本銀行での最後の仕事が年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)への出向でした。そして、現職の大妻女子大学短期大学部に移ってからは、権丈さんや坂本さんにご薫陶いただき、今日に至っています。

こういう経緯を経て、今は経済前提専門委員会の委員として、また、このたびは検討作業班の座長として、公的年金にかかわるようになっています。

私にできることは何かということと関係するのですが、私が日本銀行に入ったのが、1979年、昭和54年でして、まだまだ高度成長期にありました。当時、大問題になっていたのはインフレーションや石油の確保で、国債の利回りは7%ぐらいがあたりまえという時代でした。そのあと、80年代後半にバブルになって、それが崩壊。金融システムがぐしゃぐしゃになって、人々が本当に不安な状態に置かれたわけです。そういった長い経済サイクルを見てきました。

玉木氏

一方、現在40歳の方は、物価が上昇するという経験は私の世代よりも乏しいのではないでしょうか。そして、経済成長も体験していないということになるので、物価上昇や経済成長というものの理解については不足しているものと思います。人間のイマジネーションというものには、どうしたって限界があります。

人間は、経験に学ぶ、あるいは経験にしか学ばない生き物です。また、その時々の経済思想というか風潮というか空気というか、そういうものが非常に大きな影響力を持ち、多くの人はその時点の経済思想などが唯一のものと思って行動しがちです。しかし、たかだか半世紀かそこらの間でも、多くのものが大きく変わっているのです。

公的年金制度は、それができた時代の経済思想や政策思想の影響を強く受けているはずです。できてからも、時とともに変化する思想や風潮、空気に動かされます。しかし、大事なことは、短期的に揺れ動く一時的な思想の変化や風潮や空気にはあまり左右されることなく、どっしりとした理念に基づく制度を構築し、広く国民に安心感と信頼感を提供することです。そのためには、年金の議論に加わる人々が、自分もまた時代の子であること、自分が生きた時代の風潮や空気という一時的なもの、普遍的ではないものに大きく影響されている可能性を意識していることが必要です。その一助として、私のわずかな経験の中で、広く世の中に広まっている考え方や感覚、常識が、実は一時的なものであった事例をご紹介しましょう。

私が日本銀行に入ったときには、世界中でインフレが問題でした。こういうとき、デフレーションはまったくイメージできません。また、長期金利が3%、4%を下回るということもとても考えられないことでした。

経済思想という点についてはどうでしょうか。第二次大戦前は、ケインズ革命前の状態でした。金融の面でも、今のような預金保険制度はなく、金融システムが動揺した際に中央銀行が大胆に流動性を供給すべきという認識も、今のようにはありませんでした。第二次大戦後は、ケインズ政策によって有効需要をコントロールできる、インフレと雇用・景気のトレード・オフの中で最適なところを選べばいいのだ、という考え方が広がりました。しかし、当時の高度成長あるいはベトナム戦争などの環境下、米国のインフレ率が他国より高いということと固定相場制の不整合が明らかになって、1970年代にはレジームが変わります。

並行して、たとえばフリードマンが「垂直な長期フィリップス曲線」というのを持ち出してきました。人々は将来のインフレをすぐに予見してしまうから、インフレと雇用・景気の間のトレード・オフ(右下がりのフィリップス曲線)なるものは実は、ごく短期的にしか存在しない、両者の間の関係を示すフィリップス曲線は垂直なのだ、つまり、インフレをがまんして雇用・景気を得ることはできない、という主張をしました。私が学生時代、金融論の授業で舘龍一郎先生がこの長期フィリップス曲線の話をしてくださいました。その際、先生は、「インフレを予見するということについてある仮定を置けば確かにこういうことになりますが、まあ、いきなり決めつけなくても……」というような調子でした。「経済思想はあっちこっちと振れがちだが、いちいちつきあうことはない、どこかに中庸を得た、というか現実とより整合した思想があるんだから、君たちは落ち着いて考えなさい」というようなご薫陶をいただいた、と私は勝手に思っています。

1970年代当時の東京大学経済学部は、なにしろ半分がマルクス経済学の講義です。他の半分はいわゆる「近代経済学」でしたが、1980年代になると、「合理的期待形成」という理論が一世をふうびし、それまでのマクロ経済学の教科書が書き換えられます。私は、1982~84年にLSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)に留学しましたが、そこでの授業は日本の学部で学んだことの否定の繰り返しでした。

また、バブル崩壊までは、日本の金融システムの安定性については、私自身、露ほども疑っていませんでした。しかし、90年代になって、日銀の考査局というところで個別金融機関の内情をつぶさに見る機会を得て、金融というものがどこまで崩れることができるのか、いかに危険なものであるのか、ということについても、認識を新たにしました。だんだん、大抵のことには驚かない面の皮の厚さを獲得してきたように思います。

このように、長い(と言っても数十年)スパンにおける思想の栄枯盛衰というのを経験しているので、また、インフレ・デフレ、金利水準等の具体的な経済現象について、いくつかのフェーズを経験しているので、10年、20年をあまり長期とは思わないようになっています。こういうところが、年金制度改正のように長期的な視点に立って議論をする場合、一つの取り柄になるのではないかと思っています。そして、年金を議論するときには、80年代とか90年代前半の、まだまだ生産年齢人口が増えている状態と今のように生産年齢人口が減っている状態とを比較できる感覚を持ち合わせていることも、非常に大事だと思います。

その意味では、まあ年の功で検討作業班を仰せつかったのではないかと思います。

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